終幕はつぎの旅立ちへ……(3)
「確か、ウェスティールって言ったか。俺らに何のようだ?」
宿の一階にある酒場の一席。
そこへ見覚えのある若い男が一人、テーブルの前にやってきた。
いつもの青い制服ではなく、白い襟付のシャツの上に
「随分と嫌われたもんだ」
「当前だ。こっちはこの前、四六時中取調に付き合わされたんだぜ。おまけに今は機嫌が悪い」
「なるほど」
嘆息交じりに返してから、彼はちらりと同席している少女の顔を見る。その向かいには蒼い法衣を来た女が一人、やはり不機嫌そうに彼を見ていた。
「ほぇ?」
なぜこっちを見ているのか解らず、瞬きをしている少女。そして、
「この前はすまなかった」
ダッディ・ウェスティールはそう言って頭を下げた。
「確たる証拠もなく
「償いって言われてもねぇ、ボク別に償われるようなことされてないけど?」
「いや、私がそうしたいんだ。気にしないでくれ」
「ふーん……じゃあ、おっちゃんとジーナさんに償ってくれるかな?」
「いや、君には特に迷惑をかけた。何しろ、私は君を犯人と決めつけていたワケだからな」
「だから、ボクは良いよ。全然気にしてないし」
「そういう事だ。俺らは正直迷惑してたんだが、今もな」
「そうでございますわね」
そこで、それまで黙ってみていたジーナが会話に加わる。
「わたくし達としては、あまりこれ以上関わりたくないというのが本音でございますわね。ただ、償いとおっしゃるのなら話は別でございますわ」
おっとりとした口調で微笑みながら、しかしその言葉にはどこかトゲがあった。
「そう言われると少し怖いな……」
「そんな脅えることはございませんわよ。ただ、少しばかし厄介事をお願いするだけでございますわ」
「厄介事?」
「ええ、折角のお申し出ですから無下に断るくらいなら、お互いが満足のいく選択をするのが理に適ってますわ。ね、おじさま」
そう言ってジーナはサシムの方を見る。
「ま、そうだな。なら、俺の腹の虫を収めるためにもお願いするか。取り敢えず、掛けな」
そう促され、向かいの椅子に腰を掛けるダッディ。
サシムは懐から布袋を取り出すと、紐をほどいて中身をぶち撒ける。
中から出てきたのは、いくつかの白い破片。
それを組み合わせると、それは左右の円にそれぞれ五芒星と逆五芒星の刻まれた仮面だった。
「これは……まさか、『
「その破片だ」
「これを一体どこで?」
「色々あってな、成り行きでそいつと戦う羽目になった。そして何とか倒した」
「殺したのか?」
「良く解らん。ルーシア……そこの栗髪の嬢ちゃんはいなくなったと言ってる」
「どういうことだ?」とダッディ、狐につままれたような顔でルーシアの方に向き直る。
「うーん、なんて言ったらいいかなぁ……まぁ簡単に言うと、この仮面がそのペルなんとかって賞金首そのもので、この仮面を被った人間に取り憑いて悪さしてたっていうこと」
「バカな、これが呪いの仮面だったとでも言うのか?」
「どう思うかはその人の勝手だけどさ、少なくともこの仮面を被ってた人は声も人格も全くの別人になってたよ」
「それこそ信じ難いな……」
「だよねぇ~」とルーシア。端っから結果が見えてたように返す。が、
「だが、それを信じるしか無さそうだ……」
「ほぇ?」
「
「おい、まさかそれで償いは済んだなんて思ってねえよな」
「心配しなくても、もちろん詫びはきっちり入れる
「なら話を続けるが、お前さんにお願いしたいのは……こいつを賞金首として処理して欲しい」
サシムの無茶な依頼にダッディ・ウェスティールは眉を内に寄せた。
「やはりそう来たか……」
「その顔は、やっぱ無理っぽいな」
「いや、何とかしよう」
「本当か?」と、サシムはじっと向かいの男の眼を見据えて問う。
その視線をまっすぐ受け止め、ダッディは無言で頷いた。
「良し、決まりだ。頼んだぜ」
急に陽気な笑みを浮かべると、サシムは左手をダッディに差しだした。
「ああ」と応答し、ダッディはその手を握り返した。
一夜が明け、窓辺から薄っすらと光が差し込む。
栗色の髪を振り乱しながら、少女は一人シーツを剥いで上体を起こす。
「うーん」と伸びをして、ルーシア・レアノードが
ベッドから足を出し、そのまま腰を上げて身を起こす。
徐々に明るくなっていく窓辺に近寄り、そこに置いてある紐を二本掴んで口で咥える。
肩の辺りまで伸びた栗髪は寝癖どころか枝毛一つ無く、少女は軽く手櫛で撫でてから手慣れた手付きで後ろに束ねて先に掴んだ紐で結わく。それから、短めのポニーテールを三本束にして三つ編み結ぶと、もう一本の紐で先っぽを結わいた。
「今日でこの
窓を開けて頬杖を突きながら独りごちるルーシア。
朝の冷たい風が白いネグリジェの襟元から入り込み、わずかに身震いする。
咄嗟に胸元を押さえてから、少女はふと昨日のことを思い出す。
掌で波打つ鼓動の速さが増していくのが伝わり、首筋から顔面、耳の先まで体温が急速に上昇していくのを覚える。
「……おっちゃんのせいだ……バカ……」
胸の中のその音は、止むることなく鳴り続けていた。
いつまでも、いつまでも。
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