終幕はつぎの旅立ちへ……(4)
朝焼けの光にさらされて、酒場宿から少女が一人顔を出した。
外はとても静かで、つい三日前にこの辺りで大勢の男の死体が転がっていたことなどまるで嘘であったかのように、非常に穏やかで気持ちの良い早朝だった。
少女は十四、五歳くらいで短い栗色のポニーテールを三つ編みにした一風変わった髪型をしている。茶色い牛革のジャケットの下に半袖の赤いシャツを着こみ、蒼いニームのズボンを履き、首に黄色いスカーフを巻いていた。茶革のブーツは厚底で、強度の高い鉛のスパイクを入れていた。両手には指の空いたグローブをはめている。
背中に一本、その身の丈ほどの剣を差していて、右手でその柄を握りしめ、上空を見上げていた。
その見上げる先に、何かが迫って来る気配を感じ取り。
「出てきやしたぜ、旦那」
窓辺から下を覗き込んでいたポットが、ベッドに寝転がっているウィスターに呼びかける。
「お、小娘一人か?」
ウィスターが疑問の声を上げる。
「そうみたいですね」
「良しポット、あのロリを起こして来い」
「畏まりました」
「しくじるなよ」
「へいっ!」と頭を下げると、ポットは駆け足で隣部屋のロゼリッタを起こしに行った。
「さて、俺も行くか」
などと独りごち、ウィスターは襟シャツと蝶ネクタイ、ニームの上下をベッドの上にあけて着替え始めた。
「お嬢、お嬢!」とポットがロゼリッタをゆすり起こす。すると、
「うっさいねぇ、もう朝かい?」
眠気眼をこすりながら、ロゼリッタが機嫌悪そうに起き上がる。
「おはようございます、お嬢。サシムの所の小娘が外に出てきやしたぜ」
「一人でかい?」
「へいっ!」
「そうかい、一人で……」
口端に笑みを浮かべ、悪魔のような琥珀の瞳で窓辺を見下ろす。
すると、確かに栗髪の少女が一人、店先で何やら体を解していた。
「何やってんだいありゃ?」
「準備体操ですかねぇ……」
「フン、まあ良いさ。せっかく一人で出てくれたんだ。好都合じゃないか」
「それじゃあ」
「ああ、あの小娘を人質にしてサシム様を誘い出すんだ。そして仲間に迎えちまうのさ」
「それでこちらの要求に応じますかねぇ」
「誘い出す口実には十分だろ。それじゃ、さっさと取り掛かるよ!」
「へい!」
ポットが部屋を出るとロゼリッタは急いで深紅の
右の掌からは、その床に付きそうな長い髪と同じ紅蓮の炎を生み出して。
真下では、件の少女が背負った剣の柄に手を掛けて何かを待ち構えているようだった。
不意に空を黒い影が覆った。
「なんだ?」とロゼリッタが見上げると、それは――
漆黒の鱗に覆われた一匹の
凶悪な角と牙と爪を光らせて、それは獲物を探していた。
その邪悪な黄色い眼が真下にいるポニーテールを三つ編みにした栗髪の少女ルーシア・レアノードに照準を定める。
悪魔のような巨大な口を開き、それは真っ逆さまに降下した。
少女は静かに目を閉じる。そして――
「はっ!」という気合と共に彼女は剣を引き抜いた。
刹那、
「ひやぁぁぁぁぁ!?」
目の前で漆黒の塊が落下したことに驚いてか、ロゼリッタが思わず悲鳴を上げて尻餅を突く。
ちょうど店の出入口付近にいたウィスターやポットも、それを目の当たりにしていた。
地響きと共に真っ二つになった
「ひっ!」とポットが腰を抜かす。
隣でウィスターも口をあんぐりと開けたまま呆然と突っ立っている。
「おっし、今日も絶好調……って、ほぇ?」
剣を収めてから、ルーシアは入り口にいるウィスターに気付く。
「えっと、おはようございます!」
「あ、はは……お、おはよう……ははは」
元気よく声をかける少女に、ウィスターは半ば呆けたまま挨拶を返した。
一方、ロゼリッタはというと――部屋で炎ではなく泡を吹いて卒倒していた。
「なんか外が騒がしかったが、一体何の音だ?」
先の振動に目が覚めて、サシム・エミュールが二階から降りて来た。
既に着替え終えているようで、黒革のジャケットと
外に出ると、ルーシアが
「おっちゃん、おはよう」
「おう、おはよう……て、なんだそりゃ!?」
「
事も無げに答える少女に、しかし中年男は驚きの余り慌てて駆け寄って来た。
「遭遇って、襲われたのか!? 怪我は?」
「大丈夫だよ。ちゃんと返り討ちにして仕留めたから」
「し、仕留めたって、
余裕の表情を浮かべるルーシアに、サシムは呆れ顔でぼやく。
「そうだ、おっちゃん!」
「うん、なんだ?」
「ボク決めたよ」
「ん?」
唐突に振られて怪訝に眉をひそめるサシム。
ルーシアは「へへへ」と笑いながら、真正面からサシムを見つめる。
一瞬、そっぽを向きそうになるが、少女の真剣な眼を見て思い留まった。
「決めたって何をだ?」
問われて、ルーシアは深呼吸をするように大きく息を吸う。
そして、吐き出すような勢いで少女はその決意を口にした。
「ボク、おっちゃんと一緒に
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