終幕はつぎの旅立ちへ……(5)


「おはようございます」

 ゆったりとした足取りで階段を降りて来たジーナが、近くのテーブルに座るサシムとルーシアを見つけて会釈する。

 サシムはナイフで器用に爪を研いでいた。隣で茶をすするルーシアの手前には、既に空いた皿がまばらに置かれていた。

「ああ、おはよう」

「おはよー」

「お食事は、もうお済みでしたか」

 ジーナの質問に、サシムはしかし首を横に振った。

「俺はな」

「?」

「……今は追加の注文を待っているところだ。ルーシアがな……」

「はあ、そうでございますか……」

「うん、さっき軽く運動してったからね」

「それはまた健康的でございますね」

「まぁねぇー」とウィンクしながら、ルーシアは茶をまた一口飲んでから続ける。

「でまぁお腹も空いたんで、今ちょうど闇猪肉オークボアのステーキと魔牛ミノスの骨ガラスープパスタに龍魚シードラゴンのムニエルを食べたとこだよ」

「えっと、まぁ運動すればそれだけ燃料マナの消費も激しくなりますからね」

 頭に疑問符を浮かべながらジーナが納得したようにそう言うと、少女の代わりとばかりにサシムが口を挟む。

「ま、燃費の良ししにも寄るがな。ただ俺の知る限り、二十皿を平らげて更に十皿追加するようなヤツは燃費が良いとは思えんな」

「に、二十皿!?」

「うっそ、もうそんな食べたっけ!?」

 サシムの告げたその数にジーナはもちろん、それを平らげたルーシア自身も驚愕の声を上げる。

「ああ、少なくとも俺が数えてからは、そこにある奴でちょうど二十皿だ」

「数えてからは……」

 呆然とつぶやくジーナは、サシムの指差す皿をまじまじと眺める。

 疎らに置かれたそれらは、それぞれ一皿五人前くらいの大きさで、育ち盛りと言えども一人で食べきれるとは到底思えなかった。

「昨夜はせいぜい、この一皿分しか食べてなかったような……」

「昔、母さんに言われてね。夜は大して動かないから少なめにしとけって」

「す、少なめ……アレで……?」

「うーん、やっぱ昨日の戦いで体力使ったからかな?」

「にしたって食い過ぎだろ、これは……」

 頬を掻きながら嘆息交じりにつぶやくサシム。だが、

「あっ」と何かに思い当たり、確かめる様に眼前の腹ペコ少女へ問いかける。

「ルーシア、お前もしや今まで遠慮してたんじゃないのか?」

 そう、これまでの旅費や食事代は全てサシムの取り分から支払っていた。

 だが、と言って良い。サシム自身は、最後の最後にとどめを刺したに過ぎない。

 しかし、ルーシアは肩をすくめながら、

「さあね、ボクには何のことかよく解んないよ。ただ今朝はちょっとお腹が空いただけさ」

「ガキんちょのクセして、変なところで格好付けやがって……」

 うそぶくルーシアに、サシムは呆れたようにつぶやいく。と、そこへ――

「お待たせしました。翼竜鳥ワイバーンの照り焼きです!」

 料理と伴にやって来たのは、

「あら、メイリアさん」

「あ、その節はどうも……」

 軽く会釈して、少女は照り焼きの乗った皿をテーブルに置く。

「お具合は、もう大丈夫なのでございますの?」

「具合……ですか?」

 質問の意図が解らず、メイリアはきょとんとした顔で聞き返す。

「あ、いえ、お元気でしたらそれでよろしいかと想いますわ」

「あ……ご存知でしたか……」

 ジーナの言葉をどう捉えたのか、少女は少し曇り顔で俯いてしまう。が、すぐ顔を上げると、昼間の太陽のように微笑んで返す。

「大丈夫ですよ。確かに、彼の事を思うと今でも辛いですけど、わたしはまだ生きているんです。いつまでも立ち止まってたら、彼に申し訳が立ちませんから。だから、わたしは次こそ幸せを掴んで見せます!」

 そう宣うと、彼女は胸の前で強く拳を握った。その瞳に迷いの色は欠片も無い。

「……そ、そうでございますか……頑張ってください……」

「はいっ!」

「たくましいな、女って……」

 少女を傍目にサシムが小さくぼやいた。

「もちろん、彼と過ごした日々は一生忘れませんよ。月命日と誕生日には必ずお花を替えに行くんですから!」

「姉ちゃんは、きっと良い女になるぜ」

「ありがとうございます!」

 ウィンクとサムズアップで合図を送る四十男に、栗髪の給女は嬉しそうに頭を下げた。

「では、ごゆっくりどうぞ」と立ち去ろうとしたメイリアに、もう一人の栗髪の少女が声をかける。

「メイリアさん」

「はい」

「ボク、必ずまた会いに行くよ。だから、約束!」

 そう言って立ち上がると、ルーシアは屈託のない笑顔で右手を差し出した。

 メイリアは自然とその手を握り返すと、なぜか目頭が熱くなっていくのを覚える。眼から熱い体液が零れそうになるのを堪えながら、少女は震えるような声で応えた。

「ありがとう」と。

 少女は会釈すると、逃げる様に店の裏方へと去って行く。

 そして、薄暗い休憩所で独り静かに泣いた。

 溢れる雫は止め処なく、波打つ鼓動が治まるまで流れ続けた。



 開拓の都コルビア――逢魔が扉を閉じた時、希望への道が開かれるだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ばうんてぃくえすと~えふぇす~ さる☆たま @sarutama2003

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ