はじまりはいつも唐突で(5)


「終わったか」

 スキンヘッドの口を覆っていた赤いスカーフを剥ぎ取ってその左脚に巻き付けてから、サシムは肩の荷が下りたといった表情で呟いた。

「しっかし、あの嬢ちゃん一体何モンだ? あっという間に大の男を四人もしちまいやがるとはなぁ……」

 見れば、馬車の近くに三人、少し離れた場所に一人、皆各々に銃器や刃物、更には超科学の産物までも持ち出している者までいた。

 しかも彼らを倒したのは、まだ垢抜あどけなさの残る少女一人。素っ呆けたような顔をしてはいるが、中々どうして恐ろしいほどの身体能力と戦闘センスを持っている。


 もし彼女と組むことが出来るなら…………ひょっとすると、あの化物どもの首ミリオンバウンティすら狙えるかもしれねえ!


 一瞬、そんな野心を抱きつつも、彼はすぐさま自分に言い聞かせる。


 欲を掻くなよ俺。んなことで命落としたりでもしたら、元も子もねぇからな。

 結局、世の中最後まで生き残ったモン勝ちだ。特にこの業界ではな。


 深呼吸をしながら、サシムは眼を閉じる。そして懐に隠している拳大のメダルに手を当てる。

『ギルド』の賞金稼ぎハンターの証――六芒星の上に交差する剣と銃の紋章――が刻まれた銀のメダルだ。

 銀は、彼がこれまでに金貨千枚以上の賞金首を討った実績を表していた。

『ギルド』に登録して最初に与えられるのが、同じ紋章が彫られた銅のメダル。

 金貨千枚以上の首を獲ると、それが銀になる。

 そして、高額賞金首ミリオンバウンティと呼ばれる金貨百万枚以上の首を一人でも捕らえた者には、金のメダルが与えられるというシステムだ。

 だが、その額が示す通り高額賞金首ミリオンバウンティと呼ばれる者たちの殆どが「一人で国家を敵に回せるレベルの化物」との噂で「生きた都市伝説」とまで言われている。

 そもそも、金貨百万など法外どころか下手すると小さな都市なら買えてしまうくらいの額だ。余程のビタ銭か、あるいはゴールドラッシュでも起こらない限りとても支払えるものではない。

 つまり、それはであることを意味する。

 それ故に、「夢を見せる」という意味では打って付けの標的とも言える。

願望ゆめ」を「幻想ゆめ」と諦めて妥協する境界ラインとしては。

 奴隷や貧民が「一国の王になりたい」と願ったり、王侯貴族が「世界を征服したい」だの「神になりたい」などと不遜な野心を抱くのと同じレベル。

 存在すら怪しいが、存在していればしているで達人だろうと何だろうと個人が相対するには余りにも無謀な標的。

 それが『ギルド』の定めた高額賞金首ミリオンバウンティの基準だった。

 それでも、一度は夢を見てしまうのが男という生き物。まして、賞金稼ぎなどという危険な仕事を好んでするような冒険心バイタリティ溢れる猛者ともなれば、その首を一度は狙ってみたいと思うものだ。

 だが、この男は麻薬じみた誘惑に魅了されながらも、寸での所で断ち切った。

「そんな無謀な夢を見るほど若くねえんだよな、俺も」

 吐き捨てるようにそう呟くと、彼は頭を掻きながら少女の方へと足を向けた。

「よう嬢ちゃん、怪我はないかい?」

 サシムが少女に向かって声を張り上げる。

「へーきへーきっ!」と、手を振りながら大声で返す彼女。

「なら上々だ」

 聞こえるか聞こえないかという微妙なトーンで呟きつつ苦笑するサシム。

 少女の方に歩み寄りながら、ふと近くに転がっている男に眼を留める。

 つい今し方、少女に伸された右眼に眼帯をした男だ。痙攣しながらうずくまる彼のすぐ近くには片手猟銃プリムケットが落ちていた。おもむろに拾い上げると、彼はそれを軽く振ってみた。ずっしりとした重みが手に伝わる。

「お、一発弾丸おまけ付きか。こいつは女神ラックが俺に微笑んでやがるな」

 サシムは檄鉄が下がっていないのを確認してから、拾った銃を腰から下げた空のホルダーに仕舞い込む。つい先刻まで開拓者の短剣メルケニーダガーの鞘に使っていたものだ。

 さらに彼は男の前でしゃがむと、まるでハイエナのように身体を弄り始める。

「他に目ぼしい物は……と、こいつはまぁいいや」

 物色しながら、男の腰から抜いた短剣を一目見て放り投げるサシム。

「流石にさっきみたいな『技術チート』は一品だけか……まあ、一つ持っているだけで最低でも小隊パーティ程度は全滅させれる代物ばっかだしな」

 ぼやきながらサシムは立ち上がると、うつ伏せになっている眼帯男の手首を後ろ手に交差させ、それから外套に隠れた腰の辺りから縄を引っ張り出す。賞金稼ぎという職業柄、普段から腰のベルトに括りつけているらしい。適度な長さまで伸ばしたそれを、鞘から抜いた短剣で切る。刃先に鋸のようなギザギザの付いたやつだ。サシムは切り取ったそれで眼帯の身体を縛り上げた。交差させた手首の辺りで縄を強く留める。

「おっちゃん、こいつも縛るんでしょ?」

 いつの間にか初老の男を引きずりながら、少女が屈託の無い笑顔のままサシムの方へとやってきた。

「お、悪いな頼んでも無いのに」

「まあ、ついでだからね」

「すまない、そこに置いといてくれ」

 まるで荷物でも扱うような言い方だ。

 少女は少女で、気軽にその初老にもつを足元に転がす。

「ありがとう、えっと……そういえば嬢ちゃん、名前は?」

 何気なく、サシムがそう訊ねた。だが、少女は眉をひそめながら口を少し尖らせて言う。

「人に名前をく時はまず自分から名乗るものだって、母さんも言ってたよ?」

「そいつは失礼した。俺はサシム、サシム・エミュールってモンだ」

 中年男が少し苦笑しながら答えると、少女は真っ直ぐな眼差しを向けた。

 改めて、その円らな翠眼すいがんを眺めるサシム。エメラルドのような輝きが、少女の純粋な瞳に宿っていた。

「ボクは……」と少女が口を開いた瞬間、短い三つ編みが大きく跳ねた。

 振り返る少女の視線には、横転した馬車の手前で立ち上がった黒頭巾。

 頭巾の下に隠れた眼差しに凍りつくような殺意を宿し、男は右手を向けた。

 鉄の籠手先に仕込んだ銃口を。

「あぶねー!」

 叫ぶが早いか、サシムがとっさに少女を突き飛ばすように押し除けて前に出る。

 刹那、鉄の口が火を噴いた。

 空を裂く凶弾。その先端に仕込まれている毒針が、少女を庇った四十男の胸を貫いた。




「蠍の毒は直ぐに回るぞ。一度でも刺されたら最後、死ぬまで激痛が神経を蹂躙する。さあ、苦痛に顔を歪ませろ。この俺に見せてみろ。貴様は死ぬ前にどんな表情を浮かべるのか、その醜悪な本性をなぁ!」

 サシムの身体が浮く。胸の中心を撃たれ、大地から両足が離れた。そのまま真っ直ぐ後方へ仰向けになり、背中が大地に叩きつけられる。

「がはっ!」

「おっちゃん!」

 慌ててサシムの傍に駆け寄る少女。

「しっかりして!」

 少女が介抱しながら、男の手を握る。その手は大きくて、とても暖かかった。

 ぴくりと三つ編みが揺れ、少女が再び黒尽くめの男の方を向く。


 毒蠍アンタレス――猛毒の右手を持つ漆黒の暗殺者。


 少女は、左手に持っていた長剣をベルトで挟むように腰に差す。

 そして構える。

 左手の親指を鍔に当て、右手を柄に添えながら、少女は男を見据える。

 男の右腕は、少女の額に照準を定めていた。

 勝負はおそらく、この一瞬で決まる。双方共に、そう確信していた。

 先に動いたのは、どちらだったか。

 火蓋が切られ、銃弾が飛ぶ。その先端に猛毒の針を仕込んで。

 少女は親指を弾いて一閃、刹那の間に剣を抜き放った。

 正面にいてなお、男には太刀筋すら見えなかった。

 くうを裂き、刃の通った痕をなぞる様に熱を帯びた波が生れる。

 迫り来る音速の弾丸をその波が飲み込んで、瞬く間に焼き尽くす。

「なっ…………!?」

 衝撃波はそのまま避ける男の右腕を護る籠手を掠り、背後に倒れたままの車台すら縦に両断。

 そして虚空へと消えた。

「ば、馬鹿な……なんだ今のは……まさかその剣、アマタニアの!?」

 まるで悪夢でも見ていたかのような顔で、暗殺者が問う。

「なワケ無いじゃん、これは元々ボクの家にあったモンだよ」

「じゃあ、なんだというんだ。まさか魔法だとか、ほざく気じゃあるまいな?」

 訝しげに問う男に対し、少女は単純明快な真理こたえを示す。

じゃん。今時、そんなの子供だって知ってるよ」

「だ、黙れ小娘!」

 毒蠍が再び右手を向けた。というのに。

 カチッカチッと、引金を引く音だけが虚しく伝わる。

「どういうことだ、俺の鉄砲籠手スコルピオが作動しない!? まさか、先刻さっきの光の刃が……」

 そのまさかで、少女の放った空裂く光刃ソニックブームが掠った瞬間、その衝撃で内部の銃身が捻じ曲がり、幸か不幸か引金も利かなくなっていた。

 そんなことなど露知らず、暗殺者は自分の得物が使えなくなっていることに苛立ちを覚える。

「くそったれがぁぁぁぁぁ!!」

 自棄を起こしたか、毒蠍が右腕を振り上げながら少女に迫る。籠手で直接殴り掛かろうとしたのだ。だが、


 突然、空気が破裂し、何も無いところで暗殺者の身体が吹っ飛んだ。

 ワケも解らず、後方へと舞う毒蠍。そして、重力に遵い背中を大地に強く打ちつけた。

 今度こそ、暗殺者の意識は完全に途切れた。

「たくっ、手間かけさせやがって」

 ぼやきながら立ち上がった中年男の右手には、いつの間にか銀の手甲の付いたグローブがはめられていた。その手甲に刻まれているのは、六芒星と徒手空爆エクスプロージョンの文字。

「おっちゃん!」と少女が嬉しそうに、男に駆け寄る。

「サシムだ。さっき教えたろ?」

「んじゃ、サシムのおっちゃん」

「結局『おっちゃん』かよ」

 いいながらも、まんざらでもない様子でサシムが笑う。

「ま、よろしくな嬢ちゃん」

 サシムが左手を差し出した。そこで、


「ルーシア」と、少女が告げた。


「ん?」

「ルーシア・レアノード、それがボクの名前だよ。ヨロシクね、サシムのおっちゃん」

 そう名乗ると、彼女は屈託の無い笑顔でサシムの手を握り返した。

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