はじまりはいつも唐突で(4)


「ねえ、おじさん達って悪い人なの?」

 この期に及んで、少女は今更な疑問を口にした。

「何言ってんだこのガキは、今までり合っておいて言う台詞がそれか?」

 思わず眼帯が、もっともらしいツッコミを入れる。

「だってほら、悪者だったら思いっきりやっつけ放題じゃん!」

 更にとんでもないことを口走る少女。

「舐めてんのかコラ、犯すぞクソガキ!」

「あ、ぜーったい悪人だ。ブチ切れた時に下品なこと言う奴は十割悪人だって、母さんも言ってたし」

「ちょっ、十割って……その言い分だと下品な奴は皆悪人みてぇじゃねーか!」

「違うの?」

「当たり前だ、それを言ったら男は皆悪人ってことになっちまうぞ!」

「うっそ、マジでぇ!? 男って、みんなケダモノ?」

「なんか嫌だこいつ……………………」

 眼帯がぼやく。傷顔の方は銃を構えつつも、割って入るタイミングが掴めないでいた。

 一方で、肌の浅黒い咥え煙草の男は既に二発目の弾込めを終えて撃つ体制に入っていた。よくは判らないが、何やら話し込んでいるこの好機を逃す手はないと、男は静かに照準を合わせる。

 狙いは、またしても眉間。多少ズレたとしても確実に仕留められる部位だ。

 あるいは、死よりもずっと悲惨な生を送ることになるかもしれないが。

 煙草の先で火縄に点火し、引鉄に当てた人差し指へ力を込めようとしたまさにその時、少女が俄かに反応した。


 こっちを向いた? まさか、気づかれたか!


 胸中で呟きながら、しかし男はこの一瞬で避けられるハズがないと踏んで引鉄を引いた。

 空気を裂き、音を置き去りに少女の額へと真っ直ぐ向かう弾丸。

 少女は避けなかった。避けられなかったのではなく、避ける素振りを一切見せなかった。

 ただ、手に持った長剣の鞘でだけ。

 たったそれだけの挙動で銃弾をなしたのだ。

「なんだ……いま、こいつ何をした?」

 遠くから見ている咥え煙草はもちろんのこと、すぐ近くで駄弁っていた眼帯や傷顔までもが、少女の動きをまるで理解出来なかった。

 ただ、鞘ごと剣を振って「何かを弾いた」という漠然とした認識以外は。

 その弾かれた銃弾が近くの岩を掠めた時、男たちは慌てて左右を見渡す。

 少し離れた所で、仲間の咥え煙草が銃口をこちら……より正確には少女の方に向けていた。

 少女の持つ長剣の鞘、その少し煤けた跡から微かに消え残る煙の余韻。

 そして先刻の跳弾の音。

 そこから導き出される答えが視えてきた時、彼らの中に初めて恐怖が生れた。


 いま、こいつ何をした?


 再びその疑問が、頭をもたげる。

 いや、すでに答えは出ていた。

 理解が追いついてなお、彼らは


 こいつは、この小娘は…………何かがやばい!


 傷顔はとっさに銃を捨て、腰から短剣を抜いた。

 二度も狙撃をかわした彼女を前に、至近距離から撃つのは無意味と判断したのだろう。ある意味で、彼は賢明ではあった。

 だが、得物を換えれば済むような生ぬるい相手でもない。だからこそ――

 彼は、少女に向けて足元の土砂を蹴り上げた。

 「うわっ!」と、慌てて両腕で顔を塞ぎ叫ぶ彼女。そこに隙が生れるのを見逃さず、眼帯が迫る。だが、片手猟銃プリケットを向けたその時、

「あ? どこへ行きや…………がっ!」

 眼帯の台詞がそこで止まる。鳩尾への重い衝撃が、彼の言葉を遮ったのだ。

 うずくまる様に垂れ下がるその顎を、固い金属が突き上げる。

 少女の持つ剣の柄、それが勢いに任せて容赦なく顎の骨を砕く。

 直後、鮮やかなあかと共に黄ばんだ欠片が飛んだ。

「…………………………………………っ!」

 声にならない悲鳴を上げ、眼帯の男が横倒しに転げ廻る。

 その隣で眼をこする少女へ、傷顔の凶刃が迫った。そして、


 少女は眼を閉じたまま、剣の鞘でその手を払い除けた。


 その手から勢いよく弾かれた短剣が回転しながら弧を描き、転げ廻る眼帯の男の眼前で地面に突き刺さる。

 咽ぶ男の隻眼から、一滴の涙が零れ落ちた。

 打たれた右手を押さえながら初老の男スカーフェイスが後ろに跳ぶ。

 片眼を開け、少女が腰をわずかに沈めて剣の柄に右手をかける。左の親指でつばを押し上げて。

 そして渇いた音を鳴らし、三発目の凶弾が少女の眉間へと放たれた。

 同時に少女は剣を抜いた。


 ギン!


 固い鉛と鋼の弾く音だけが微かに響く。

 それから、浅黒い咥え煙草の頭上を黒い何かが掠めた。

 その痕に小さな火傷を遺して。

 狙撃手の口から煙草が零れ落ち……そして、白目をむいて仰向けに倒れた。

「くそっ!」

 毒づいてから、初老の傷顔がヤケクソ気味に地を蹴った。

 銃も剣も無く、残された武器はただ己のこぶしのみ。そのグローブを嵌めた拳が唸る。少女からで。

「ほぇ?」と少女は眉をひそめ、迷わず後ろに跳んだ。

 直後に爆発が起こった。

「おわっ!」

 風圧で更に後ろに飛ばされる少女。だが、そのまま回転して勢いを殺しつつ、つま先で大地を滑るように着地する。

 前かがみになりながら、見上げる少女。その先で嗤う傷顔。

 手に嵌めたグローブの手甲プレートには、六芒星とグローブの銘が彫られてあった。


 徒手空爆エクスプロージョンと――――


「はっはぁー、こいつを使う羽目になるとはな!」

「おい、ありゃまさか…………アマタニアの『技術』か!?」

 爆音に驚いて振り向いたサシムが、思わず口ずさんだ。

 足元に、縄で胴体を縛り付けた濁声ボスを転がして。

「ただのガキと侮っていたが、徒手空爆こいつを使わせる貴様はまごうこと無き俺の『敵』だ。覚悟しろよ、小娘!」

 傷顔が吼える。グローブをした拳を握りしめ、そこに意識を集中させる。何かの思念を込めるように。

 すると、銀の手甲プレートに彫られた六芒星が熱を帯びたようにあかく光った。

 大気が振るえ、熱が収束していき拳の先に空気圧のようなものが生れる。

「ありゃ、熱力学を応用した空気爆弾ってトコかな。強く握ることで拳に帯びる熱から電磁波を発生させ、窒素と分解した酸素を密封圧縮させて拳大の空気圧を生み出してやがるのか。後はそいつを殴ると前方向へ爆発が起こる。てめー自身は、殴った時に生じる『空気抵抗の壁』に護られるって寸法か」

 サシムが右眼にはめた片眼鏡モノクルを弄りながら、何やら解析をしていた。

 そんなことなどは露知らず、傷顔はやはり大きく間合いを開けたまま、少女へと拳を向ける。

 より正確には、空気の塊を。

 だが、少女は勢い良く走った。

「血迷ったか、わざわざ自ら死地に赴くとはな!」

 そして男は、少女に向かって空気の塊を殴りつけた。

 刹那、少女が高く前に飛んだ。

 足元で爆発が起る。が、

「とうっ!」と声を上げながら、少女はそのまま

 まるで、踏み台にでもするような気安さで。

「な、なんだとぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 年甲斐もなく傷顔が叫ぶ。

 爆風に乗り、少女は剣を持ったまま腕をバツの字に交差させ、初老の男スカーフェイス目掛けてダイブする。

「ぐぇっ!」

 顎の下に少女のクロスチョップが突き刺さり、そのまま後ろへと吹き飛ばされる傷顔の男。

 彼の意識は、そこで途絶えた。

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