通り魔はどこか朧げで(2)



 普段は夕刻過ぎにならないと賑わうことのない酒場通りは、しかしこの日に限っては朝から大勢の野次馬たちで埋め尽くされていた。

「死亡推定時刻は本日未明っと……」

 すらすらと黒手帳にペンを走らせるのは、まだ三十そこそこの若い男。

 帽子からズボンまで群青色で統一された真新しい制服に身を包んだ彼らは、六芒星をあしらった金バッジを胸に都市の治安維持に努めるコルビア警官隊だ。

「で、あんたは近くの酒場で朝方まで飲み明かし、千鳥足で歩いてたらここで遺体に足を引っかけて転んだと」

「あ、ああ。そんでこの爺さんを起こそうと思って顔引っ叩いたらよ、なんか肌が石みてえに硬くて冷たかったもんだから……」

 そう答える第一発見者の男。近所に住む日雇い労働者で野良仕事で生計を立てており、足とほぼ同じ太さの両腕が特徴的だ。

「まあ、あんた一人しかいないってんなら証明のしようがないけど、ま、無理だろうな」

 などと、半ば独り言のように吐き捨てる若い警官。

「無理ってなんだ?」

「いや、一応第一発見者だから、ちょっと気になっただけさ」

「?」

 言われてもピンとこないようで、男は腕組んだまま眉をひそめた。

 一方で警官は転がる無数の躯を見ながら、その惨劇を思い浮かべる。

 斃れているのは、どれも屈強と名のつくような傭兵崩ればかりだ。

 爺さん一人ならいざ知らず、これだけの数の傭兵プロ相手に素人一人で……いや、十数人いたとしてもどうにかなる物でもない。

 相手は余程の手練れと見ていいだろう。

 それも単独犯の可能性がある。

 なぜなら、現場には指紋どころか足跡一つ残されていない。

 血痕を調べるにしても、かの学術の都の『技術』でもなければ明確に誰のものかを判別できるわけでもないが、少なくとも犯人の血痕は残っていないというのは、ことからも推測できる。

 そして、男達は老人を中心に取り囲むような格好で倒れており、老人を除く全員が胸の前から抉るように風穴を開けられている。

 彼だけはなぜか無傷のまま、ただ眠るように息絶えていた。

 そのことを不可解に思いながら、若い警官は頭をかく。

「巡査長」と、そこで更に若い警官が、彼に声をかけた。

「なんだ」

「昨晩、この連中ともめていた連中がいたという証言が上がりました」

「何者だ、そいつらは」

「なんでも旅の者らしく、その……若い女と……少女の二人だそうです」



「何だか面倒なことになってますぜ、旦那」

 通りの群衆を遠目に眺めながら、ボロ布を衣服の上に巻きつけた小男が後ろに控えている蒼いニームのジャケットに蝶ネクタイという奇抜な恰好の男に話しかける。

「ちっ、せっかく『例の男』の足取りがつかめたというのに……あんなに騒がしいんじゃ奴さんに逃げられちまうぜ」

 男は細長い口髭を指でいじりながら、忌々しそうに群衆を睨みつける。

「取り敢えず、ここは様子を見た方が良さそうですぜ」

「そうだな。けど、あんまし上の連中を待たせるワケにもいかねえしな。どうしたものか……」

 物陰に潜みながら、蝶ネクタイの男はイライラとジャケットと同じ蒼いニーパン(ニーム生地のズボン)のベルトに括り付けた布袋に手を突っ込むと、そこから煙草と正方形の銀箱のようなものを取り出した。

「そいつが、最近流行りの着火灯石器ハンディフリンターとかいう奴ですかい。火打石マッチも要らねえとか、便利な世の中になったもんですね」

「まあな、内陸部……取り分け、アマタニア近郊の都市じゃ当たり前のように使われているぜ」

 言って、蝶ネクタイの男は片手で着火灯石器ハンディフリンターの蓋を押し開けると、中の歯車を親指で弾いた。すると箱の中から火が小さく灯る。

「すげえ、まるで魔法の箱じゃねえですか」

「そういう感想を漏らすってことは、それだけこの都市まちが田舎だってことだな」

新時代の楽園ネオフロントって呼んで下せえ。これまで誰も見向きもしなかった暗黒半島に新たな可能性を求めて、こうして都市開発を進めてるんじゃねえですか。それに、あっしらメルカナ人はこの半島にいち早く住み込んだ開拓の民でもあるんですぜ」

 田舎と言われたことが余程癇に障ったのか、小男が食い下がる。

「ああ、悪かった悪かった。別にお前らの誇りを傷つける気はねえよ。中央の発展の仕方が少し異常なだけってこった」

「そりゃアマタニアなんかと比べたら、大体の都市が田舎みたいなモンですぜ」

「だな」と咥えた煙草の先に火をつける蝶ネクタイ。

「しかし、穏やかじゃねえですな。酔っ払い同士の喧嘩ってんならまだしも、殺しってのが……それも集団戦みたいですぜ」

「だと良いがな」

「へっ?」

「もしかすると、って可能性もあるぜ」

「と言いますと?」とメルカナ人の小男が見上げる先で、蝶ネクタイが少し目を細めて答えた。

「あの『技術パーツ』を持っているような奴だったら、相手が何百人だろうがどうってことないだろ」

「ま、確かにそうですね」

「いずれにしても、俺達には関係ねえがな……」

 言いながら、男は咥えた煙草を外して煙を吐く。

「それより、とっととサシムって野郎を見つけねえと幹部うえにどやされるぞ」



「なんか妙に騒がしいな」

 階段を下りながら、サシムは怪訝そうにつぶやいた。

「ほぇ、どうかしたの?」

 後に続くルーシアが、背中越しに問いかける。

「いや、何でもない。さあ、早いとこ飯食って出かけねえとな。嬢ちゃんにグローブも買ってやんなきゃなんねえし」

「あ、ちゃんと覚えててくれたんだ」

「当たり前だろ、約束だからな」

「ありがとう」と階段を下りきったところで、ルーシアはサシムにお礼を言う。

「なんだ、急に改まって」

「ボク、嬉しいんだ。おっちゃんがちゃんと約束覚えてくれて」

「そんくらいのことで、変な奴だな」

「あのぉ」とそこで更に後ろからもう一人、若い女が声をかける。

「あ、悪い悪い」

 そう言って、サシムはルーシアの手を引っ張って横に避ける。

「ありがとうございますわ、おじさま」

 両手でスカートの裾を摘み上げて丁寧に礼をするジーナ。

「おじさま、この後どうなさるお心算つもりですか? 何か買いに行くとかおっしゃってましたけど」

「ああ、ちょっとコイツにグローブを買ってやるって約束してたんだ」

「はあ、グローブを……」と、サシムの手元を見ながら返す彼女。

 グローブって、まさかおじさまと同じ物?

 などと、どう見ても男物のそれを眺めて首を傾げる。

「ま、その後は特に予定はないけど」

「まあ、でしたら」と身を乗り出すように、ジーナが近寄ってきた。

「え、ちょ、何?」

「サシムおじさま、ご迷惑でなければ買い物の後でわたくしの『探し物』を手伝ってくださいませんか?」

「えっと、探し物?」

「はい、後で詳しくお話しし……」

「お話し中失敬するよ!」

 言いかけたジーナの台詞を遮るように、横手から別の声が上がった。

「ほぇ?」

「な、なんだ今度は?」

「あの、どちら様で……」

 その男は三十そこそこで、上下ともダークブルーで統一された詰襟の制服姿。胸には金の六芒星をあしらった紋章が燦然と輝いていた。

「なんだ、あんた保安官か?」

 しかし彼はサシムの問いに頭を振ると、懐から表紙に同じく金の六芒星が記された黒い手帳を取り出してこう名乗った。

「いいや、本官はコルビア警官隊セアト署のダッティ・ウェスティール巡査長だ。悪いが、今朝起きた殺人事件の重要参考人としてご同行願いたい」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る