その5 三日月はされど血の色で

三日月はされど血の色で(1)



「ジーナさん、みーっけ!」

 栗色の三つ編みをなびかせて、ルーシア・レアノードが「夜の世界」に降り立った。

「え、ル……ルーシア…………ちゃん?」

「やっほー。もう心配したよ、ちゃんと待ち合わせした場所にいないからさー。ていうか、なんで夜になってんの?」

『なんだ、この娘は…………どうやって結界こちらに入ってきた……?』

 魔障の仮面ペルディアーモがこれまでに見せたこともないような焦りの色を滲ませて、突然割って入ってきた少女を見据える。

 片やルーシアは「ほぇ?」と首をかしげ、初めてその存在に気付いたかのように仮面を付けた少女――いや、その少女に憑依しているを見返した。そしてゆっくりと前に出てから、

「ここをって」と指さした先には切り裂かれた空間の穴。それは徐々に縮み始めていく。

「斬ったって……どういう原理でそこを斬ることが出来たのでございますの?」

 言いながら眉をひそめるジーナ。その問いかけに振り返ると、ルーシアは人差し指を口に当てながら答える。

「うーん、原理は良く解んないんだけどねー。でも、なんとなく斬れる気がしたから」

「き、斬れる気がしたからって……」

「そんなことより……」と彼女は再び仮面の少女へと向き直り、素直な疑問を口にする。

は誰?」

「仮面を付けているから解らないのかもしれないけど、その方はメイリアさ……」

 ジーナが彼女の名を告げようとしたが、それをルーシアは片手で制す。

「え?」

「言いたいことは何となく解ってるけど、ボクはそんなことがきたいんじゃないよ」

 静かに、しかし強い口調でそう言うと、ルーシアはどこか怒気を孕んでいるかのように目の前の仮面を睨みつけ、そして驚愕の言葉を吐きだした。

「ねえ、そこの仮面のキミ。一体どこの誰かは知らないけどさー、!」

「な……え!?」

『ほう……よく気付いたね。君とは初対面のハズだと思ったけどね?』

「だから何? それとメイリアさんの身体を乗っ取るのとは関係ないじゃん」

『確かにそうだね……だが、君はなぜ吾輩がこの娘の身体を拝借していると解ったのかね?』

「やっぱり……そういう事なんだ」

『ん? そういう事とは?』

「なんとなくそんな気がしたけど、メイリアさんに乗り移ってたんだね」

『ほう……』

 そこで初めてルーシアのカマ掛けに気付く魔族。自分がたばかられたと知り、にわかに間合いを取る。

 先刻の結界斬りといい、この少女がどうにも油断ならない相手だと悟ったようだ。

『低次元な人間風情……と言いたいところだが、どうやら君は少々邪魔な存在のようだな。そうだな、君には一つ素敵な贈り物をやろう』

 言うなり、魔族は勢いよく指を鳴らした。すると、ルーシアの周りを囲むように漆黒の魔弾が現れた。

 ルーシアは周囲に意識を巡らせつつ、一歩だけ右足を前に出す。

『無尽蔵に飛び交う死の弾丸をね!』

 地を蹴る少女。

 刹那、魔弾が一斉にルーシアへ向かった。

 だが、彼女はそれよりも一瞬早く動き始めていた。

 剣を縦に向けると、正面から迫る弾丸を刃の腹で横薙ぎに払う。薙ぎ払われたそれは、そのまま背後から迫る魔弾を巻き込む形で弾かれる。

 そこから、あぶれた弾丸がルーシアを襲う。が、彼女は軽く頭をらしてそれをかわす。

 さらに足元から迫る魔弾。だが、かかとで地をってかわし……空中で仰向けになっているところを目掛けて落ちてくる魔弾の雨。はたして、彼女はそのまま蹴り上げた右足を下ろして刹那の風圧を生み、音よりも速く蹴り飛ばしてその場を離脱。足元すれすれのところで黒い塊が一斉に降り注いだ。

 少女はそのまま蹴り上げて軽く一回転し、着地するタイミングで正面に魔弾が生まれるが、軽く身を捻ると、

「はぁっ!」と気を吐いて一閃、それらを剣圧で吹き飛ばす。

 不意に背後から迫る死の気配。だが、彼女はそのままの勢いで反転すると剣の柄尻でそれを小突いた。弾かれた小さな黒い球体は玉突きの要領で残りの魔弾を全てはたき落とす。

 パチン!

 続けて魔族が指を鳴らすと、視界を埋め尽くすように無数の魔弾が出現した。

 彼女はバックルのボタンを押して肩に掛けたベルトを外し、落ちてくる鞘を左手でつかみ取ると、一旦剣を収めて眼を閉じる。その瞬間を狙って魔弾が一斉に発射した。しかし――――

 開眼と同時に一息で抜剣するや、彼女はそのことごとくを居合いで斬り裂いた。

のろい鈍い。母さんの訓練しつけに比べたら、こんなの準備運動にもならないよ」

「ルーシアちゃんのお母様って一体…………」

 後の方でジーナが何やら呟いているが、気にせずルーシアは魔族に切っ先を向け一言告げた。

「悪いけどキミのその首、このルーシア・レアノードがもらったよ!」




 サシムは焦っていた。

 もし待ち合わせの場所が既に漏れていたとして、どうやったら連中を出し抜いてルーシア達をその手の届かない場所まで連れて逃げることが出来るのか?

 そんなことを考えながら、ジーナがいるハズのカフェへの近道を急いでいた。

 彼らの追跡をかわすために遠回りをしていたとはいえ、ただ無策に歩き回っていたワケではない。

 コルビアに滞在して三日。その間にグローブ屋の場所など、予め地図で調べたり散策ついでに下見をしたりして道を覚えていたのだ。

 くだんのカフェを待ち合わせに指定したのもサシムだ。当然、カフェへの近道も把握している。

 あの『結社』の連中は、その遠回りルートを逆走して行った。なら、こちらの方がカフェに早く着けるのは道理というもの。

 だが、もう一方の追っ手に嗅ぎ付かれていないとは限らない。サシムにとって気がかりなのは、むしろそっちの可能性だった。

 つまり、万が一ルーシアがけられでもしたら詰みアウトということになる。

 なぜなら、『結社』サリーミッションという組織は大陸の至る所に支部があり、各都市の政府機関にも顔が利くともいわれている。

 一度目をつけられたら最後、完全に行方をくらまさない限り地の果てまで追い詰められることは必定。ならば、その手が伸びる前にとっとと雲隠れするに限る。

 しかし、サシムは一つだけ失念していた。

 それは、ジーナが『学会』に身を置く学者であるということを――――




 大きな馬車道沿いにある食堂で、ロゼリッタは不機嫌にフォークを突っついていた。

 ダッディ・ウェスティールとかいう警官にしつこく付きまとわれ、馬車道で部下の迎えを待つ事約三十分。ウィスターとポットが到着するや、なんだか怪しげな親子を演じ始める。そこから二十分近くも職務質問を受け、ようやく解放された。

「なんなんだよ、あの警官ポリは!!」

「まあまあ、無事に解放されてよかったじゃないですか。

 怒りの余り眼から火花を飛ばすロゼリッタを、からかい半分になだめるウィスター。

「うっさい、リッタちゃん言うなぁぁぁぁぁ!」

 半ば涙目になりながら叫ぶ幼女。

「おーよしよし、パパが慰めてあげまちゅからね」

「おいてめぇ、幹部様に向かって良い度胸だな。覚悟は出来てんだろうな?」

「そんなこと言って実は結構気に入ってんじゃないですか、リッタちゃん?」

「な、この野郎……」と顔中真っ赤にしながら、しかし何故だかいつものように全身から火を噴かない彼女。

「おりょ? こいつはもしや、本気で……リッタちゃん?」

「ば、馬鹿を言うな。べ、別に……そ、そんなんじゃないんだから!」

「なぜデレ口調」

「ち、違うもん! デレてなんかないもん!」

 まるで狼煙のように全身から煙だけを立ち上らせるロゼリッタ。

 そんな二人の様子を傍目で眺めながら、ポットは深く溜息を吐いた。




 黄昏に染まる空を見ながら、ウェスティール巡査長は思案顔で街を巡回していた。

 結局、あの親子はなんだったのだろう?

 使用人とかいう小男にしても少し胡散臭い感じがした。だが、結局は何一つ有益な情報は得られなかった。

 彼は、今朝の小火騒ぎと通り魔事件に関連性がないか調べていた。

 何度となく事件現場に立ち寄っては周囲に目を配り、壁の傷や手掛かりになるようなものが落ちてないか探っていた。

 ここ数日の間に酒場に立ち寄った者をしらみ潰しに探し、被害者の遺族や知人を当たり、考え得る限りの行動を取ったが、やはりこれといった情報は入ってこなかった。

 もうじき夕暮れになる。そろそろ、セアト署に戻るか。

 そう思ったその時、彼の眼に見知った顔が映った。

 黒い開拓帽テンガロンを押さえながら、先を急ぐ様に駆けていく中年男の姿を。

「あの男は確か……」

 一筋の光明を見出したかのように、蛇鬼ダイルのダッディはその後を追った。




 魔障の仮面ペルディアーモなる存在が、そもそも賞金首になるに至った経緯は不明だ。ただ、その決定に『学会』の干渉があったという話がある。

 どういう理由で高額賞金首ミリオンバウンティに認定されたのか、各都市政府の人間には理解しきれるものではなかった。が、『学会』の持つ強大な権威や『ギルド』側の後押しもあり決定に踏み切ったということだ。

 ただ、その決定が下されたのはつい一日ほど前の話。通達までにはいくつかの手続きを経て最速で一日かかる。

 なら、ルーシアはなぜ目の前の仮面が『魔障の仮面ペルディアーモ』で賞金首になっていることまで知っているような台詞を吐いたのか?


 そもそも、ルーシアは


「ルーシアちゃん、今のはどういう……?」

 ジーナは駆け寄って来るや、一言そう訊ねていた。

 無論、彼女自身は高額賞金首ミリオンバウンティのことなど端っから知る由もなかった。彼女がアマタニアを出立したのは、三ヶ月ほど前のこと。ましてや、ギルドや手配書のことなど彼女には無関係である。

「ああ、ちょっと決め台詞をね」

「決め台詞?」

「うん。おっちゃんみたいに賞金稼ぎやるのも面白いかなーって思って、なった時の決め台詞を考えてたんだけど、どうかな?」

「そ、そうでございますの…………えぇっと、よ……よろしいのではないでしょうか……」

 殺伐とした空気をぶち壊すように暢気なルーシアの台詞に乾いた笑いを浮かべつつ、取り敢えず頷いておくジーナ。

『君たち、随分と緊張感がないじゃないか』

「あ、ごめんごめん、忘れてた」

『忘れてた?』

「あれ、気に障ったかな?」

『多少はね』

 ルーシアの挑発とも取れる発言に、魔障の仮面ペルディアーモは俄かに不快の色を見せる。

「そいじゃ、そろそろ本気で相手してもらおうかな」

『おや、良く解ったじゃないか。吾輩がまだ本気でないことを……ね』

 そう言って仮面の魔族は「にぃ」とわらった――と、そんな気がルーシアにはした。


 ぞくり――――


 一瞬、何かが背後で蠢いた。

 ルーシアは何か得体の知れない感覚に襲われ、とっさに隣にいたジーナを突き飛ばし、そのまま身を伏せた。その直後、


 何もない空間から、いきなり漆黒の刃が飛び出した。

 それは長い長いくろがね大太刀わざもの

『こんなもので驚いてもらったら困るよ。望み通り、吾輩の神髄をご覧に入れようというのだからね』

 魔性の紅き三日月の下で、仮面が高らかに笑ってった。

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