第11話 演劇部入部
旧校舎の教室。その一つに、演劇部部室という札の掲げられた部屋があった。旧校舎と 旧校舎の教室。その一つに、演劇部部室という札の掲げられた部屋があった。旧校舎と言っても木造ではなく、鉄筋コンクリート造りの三階建てだ。
周囲の教室群にも札がかかっているが、天文部や文芸部、化学部といった文化部が軒を連ねている。ただし、演劇部以外は教室の前扉と後扉とで別の部名が掲げられている。
旧校舎を拠点とする部活において一つの教室をまるごと使っているのは、どうやら演劇部だけのようだ。
開け放たれた扉のそばに、『新入部員歓迎! 部活見学実施中』と書かれた立て看板が設置されていた。
「吹奏楽部を例外として、文化部はあんまり人気がないからね。演劇部は中高共同の部室だし、活動メンバーは最低でも常時十人はいるからそれなりに優遇されてるよ」
哉太よ、なんでそんなに詳しいの? おとといまでは僕と同じでほとんど部活の知識なんてなかったはずなのに。
「あはは、偉そうに説明したけど、これ全部敦からの受け売りだよ」
迷わず演劇部の部室へと入室する哉太に続き、僕たちも足を踏み入れる。
「失礼します。部活見学させてください」
ぺこりと頭を下げると、菜摘と加奈も遅れてお辞儀をした。その後、二人ともやや見開いた目で感心したように僕を見つめてくる。
これはアレか。妹ポジの僕のことだから、おどおどもじもじと二人の背に隠れるとでも思っていたのか。さすがにそれは心外だぞ。
「お邪魔します。昨日に続き、もう一度見学させてください」と哉太。
ああ、昨日すでに入部した敦につきあって、一度見学してるのか哉太は。
ぱたぱたと足音が聞こえてきたと思ったら、ツインテールさんが高い声で歓迎してくれた。笑顔が素敵だ。
「まあ、かわいい一年生が三人も! あなたたち中等部?」
見てて気持ちいいくらいに口が大きく動き、声がよく通る。そんな大声でもないんだけれど、きっとお腹から声が出てるんだな。
「あ、田中君ははい、これ」
「なんすかこれ」
「やあねえ。入部届に決まってるじゃない。二日連続で来たのならもう決定よ」
「そ、そうなんすか!?」
うわ、部長さん、はたから見ている分には素敵な笑顔。でも真正面から向けられたら——
「……わかりました、入部します」
プレッシャーに負けたな。うん、無理もない。
「あ、ごめんなさいみなさん。私、高等部の部長をさせていただいている
この人が高等部の部長さんか。あ、ウインクされた。でもさっぱりした感じで、全然あざとさを感じないよ。同じツインテといっても、縛ると毛先が肩に届かない僕と違って、部長さんのテールは胸元にまで届くんだな。
おや、哉太。入部届を書きながらもその視線、あからさますぎるぞ。お前、ツインテ好きだもんな。長さなのか。そのくらい長ければいいのか。じゃあ、頭頂部付近から縛るツインテじゃなくて、耳のすぐ上あたりから縛るツーサイドアップにすれば、僕の毛先も少しは下まで垂れて、長めに見えるかな。
……だからなんで頭撫でるの菜摘。
「部活見学期間中はいつもの発声練習とダンス練習、そして劇のワンシーンの公開演出を見てもらってるの。あ、
部長に呼ばれ、こちらにやってきたのは中等部の制服を着たショートボブの女子生徒。あの上靴の色は三年生のものだな。
「いらっしゃい。副部長兼中等部部長の
物静かながらも聞きとりやすい声。切れ長の瞳、すっと通った鼻筋。この人、真のクールビューティーだ。加奈とは違うぞ。微笑みを浮かべていても意志の強さにあふれた雰囲気を醸し出しており、思わず見とれてしまう。なんといってもこちらに歩いてきた動作の美しさ。颯爽としていて、かつ女性的な所作が同居した上品な立ち居振る舞い。
ふと横目で確認すると、菜摘と加奈も見とれているらしい。
げ、哉太まで。おい、てめえたしか中学生には手を出さないとかなんとか言ってただろうが。僕のジト目に気付いたか、後頭部をかきながら目を逸らしやがった。
あれ。菜摘と加奈の生暖かい目が僕に。なんでだろう。
そしてまた頭撫でるのね菜摘……。
「春の小文化祭と秋の学祭では、中高合同で劇をやるの。出し物は年によってお芝居だったりミュージカルだったりするのだけれど」
「ああ、それでダンスの練習もするんですね!」
加奈が嬉しそうに反応した。
「そうよ。もっとも、表現力の勉強という面では普通のお芝居にも通じるところがあるから、出し物がミュージカルでない年でもダンスの練習は欠かさないのよ」
「小文化祭と学祭以外での活動はどんなものがあるのでしょうか」
今度は菜摘が質問した。
「ここ数年は近隣の中学や高校と合同で、児童館で公演をしているわ。あと、全国を目指して地区大会にも出るのだけれど、残念ながら去年は高等部も中等部も地区大会どまりだったの」
「校外の活動は中等部と高等部別々なんですね」と僕。
「大会はそうだけれど、児童館公演は合同よ。とても好評で、見に来てくださるお客様も増え続けているのよ」
部室内の物音がほとんど消えた。ふと見ると部員さんたちが整列している。あ、敦は衣装着てるんだ。うは、当然のような顔で女装……というか、マジで女の子にしか見えないよ。
部長さんが合図した。
「あめんぼあかいな、あ、い、う、え、お!」
おお、定番の発声練習だ。みんないい声してるな。この中で半分はキャスト、残りはスタッフだろうに、全員でやるんだ。連帯感の育成ってやつかな。
続いて軽快な音楽が流れ、ダンス練習に移る。これも部員全員だ。
うわあ、部長さん色っぽい。副部長はイケメンだな、かっこいい。
待って、敦! あなたなんでそんなに可愛いの!?
動作の一つ一つから笑顔、視線の流し方に至るまで。薄くメイクしてるけど、きっとあれも自分でやったんだろうな。
「ねえ、潤美」
加奈が小声で話しかけて来た。
「高等部一年男子の先輩ってさ、哉太先輩以外見当たらないんだけど。敦先輩、いなくない?」
僕は薄く笑い、「いるよ」とだけ答えておいた。
「ふうん。裏方さんなのかな」
「加奈さん、静かに見ましょ」
「はあい」
ご苦労様です、菜摘ママ。
ダンスが終わると、公開演出が始まった。
演出はなんと副部長が担当するようだ。高等部の先輩にも遠慮なく意見をぶつける様子を見せられ、やや気圧された。
加奈は「星野先輩、すごっ」などと呟いている。
菜摘は——あら? 両手を胸の前で組み、食い入るように副部長を見つめている。
「なんて的確なご指摘。勉強になります」
「菜摘、演出の良し悪しが判る人なの?」
「いいえ。でも先輩のご指摘が素晴らしいことは判ります」
うわぁ、菜摘の瞳の中で星が輝いてる。僕にはそんな風に見えるよ。
最後に副部長が入部の意思を聞きに来たが、菜摘はとても興奮していた。興奮冷めやらぬ彼女は星を散りばめた瞳のまま、副部長の手を握りしめて「あたしとても感動しました」と熱く語っている。
「そ、そう。それはよかったわ」
軽く引き気味の副部長がこちらへ若干救いを求めるような視線を寄越したので、僕は加奈と軽く視線を交わしてから告げた。
「入部届をください。三枚。……ほら、菜摘。もうそのくらいで副部長さんを解放してあげて」
その場で入部届に記入していると、加奈が聞いてきた。
「結局、敦先輩いなかったじゃない。帰ったんじゃないの?」
「なに言ってんのさ加奈。あなたのすぐ後ろにいるよ」
【マスミ様。いまの発言はややまずいです】
しまった。敦の容姿を知ってるのは倍巳だ。
僕の発言に、敦は曖昧な笑顔を浮かべている。
「潤美ちゃん、敦のこと知ってたっけ!?」
僕らの横でおとなしく見学していた哉太が一番驚いた顔をしていた。
「参ったな。自分では完全に女の子になり切ってたつもりなのに、まだ修行が足りないか」
その声は元の
うわあ、僕が男の娘を見破った格好になってる。敦ごめん!
【マスミ様、ここは私の言う通りに】
アルガーが用意してくれた言い訳を、僕は復唱した。
「まず、高等部一年の先輩が哉太……先輩しかいない時点で、敦先輩が女装していると考えました。そこで高一の先輩をお一人ずつ観察したら、お一人だけ喉仏がご立派でしたから」
「ああ、これは隠せないね」
喉に手をやった敦は、僕を見て柔らかく微笑んだ。
「あたし、全くわかんなかった!」
「質藍先輩、とてもお綺麗です。メイクもお上手です。興味があるので、教えていただきたいです」
「僕で良かったらいつでも」
敦、落ち着いてるなあ。あれか、女装を受け入れてくれる環境を手に入れて心に余裕ができたってことか。
「ふふ。今年は中等部も高等部も有望な新人が来たわ。目指せ、全国大会よ」
「うあ、部長のやる気に火がついた……」
「質藍くんの舞台衣装はスカーフを巻くとか、首を隠せるものがいいわね」
「いや、この距離だから喉仏が見えたんでしょ。舞台だと客席最前列から見てもバレるものではないですよ」
「それよりも部長、質藍くんは女役決定ですか?」
「……ったり前でしょー、んなの」
部員さんたちの言葉を聞きながら、なかなか良い雰囲気の部活だと思った。
「ありがとうございました」
僕としては着替える敦を待って一緒に下校するつもりだったのだが、帰る方向が違うということなので別々に帰ることとなった。
ちなみに菜摘と加奈も方向が違う。
わざとらしく指を咥える加奈に苦笑した。あなたこんなのがいいの?
「こら加奈さん。人様のものを欲しがってはいけませんよ」
人様の……って。何のことさ、菜摘?
そのとき、男子生徒とすれ違った。
「あっ、今の男子。あたしらのクラスの、確か——
僕らの背後で、岡くんとやらの声がした。
「帰り際の時間に申し訳ありません! 僕、演劇部に入部します」
「おお、今年は豊作だ!」
マジか。一年四組だらけ。
帰る道すがら、哉太の様子がおかしいのが気になった。
「どうしたの、哉太兄?」
「ん? いや、クラスで孤立しそうだった敦が生き生きしてて嬉しいんだけどさ。俺、別に演劇やりたいわけじゃないし、勢いで入部しちまって……」
「演劇ってキャストだけじゃなくてスタッフもいるじゃん。大道具、小道具に照明、それに音響。前に、音楽に限らず音を作ることに興味があるって言ってなかったっけ?」
「おお、音響か! ……って、なんで潤美ちゃんがそのこと知ってるんだ」
うわ。またやらかした。
「お、お兄ちゃんが、ね」
哉太が笑顔になった。
「短い時間でたくさんしゃべってたんだね。本当にお兄ちゃん子なんだな。……倍巳」
一瞬どきっとした。
「早く良くなるといいな」
「す、すぐ元通りになるって!」
元に戻って、身長を伸ばして。哉太と同じ目の高さに並ぶんだからな!
ワーム十一体、さくっと片付けてやる。だけど、先は長そう……いやいや、余計なことは考えないぞっ。
「そうだ、哉太兄」
「なに?」
「明日は弁当にしない? 僕、作るから。朝も一緒に登校しよ?」
「……いいのか?」
「もちろん! だけどちょっと買い物寄らなきゃ」
「付き合う。作ってもらえるなら俺が出すよ」
「じゃ、今日は甘えるね」
「お、おう」
ば、なに顔赤らめてんだっ!
スーパーであれこれと迷いつつ買い物をしたら、思ったより遅い帰宅となってしまった。
哉太が携帯で連絡入れてくれたから母さんに心配かけずに済んだけどね。ただ……。
「ごめん、父さん。今日の稽古はお休みってことで」
「ああ、潤美の都合で構わないさ」
ごめんってば。そんな落ち込んだ声出すなよ。
しかし、部活との両立が難しそうだなぁ。ま、基本的には大会前の二週間を除けばあまり長時間の活動をしないとのことだったけどさ。
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