第29話 隠し事と等身大の悩み
最近、哉太とろくに話していない。
部屋の模様替えの前日、みんなで一緒にカラオケに行ったんだけど。不自然にならない程度には言葉を交わしていたんだけど。
原因はあたし。
大柄で腕っ節の強い哉太ではあるけれども、中学までにした喧嘩は片手で数えられる程度。クラスの女の子を他の乱暴な男子から守ってきた。
ヒーローなのに、助けた女の子と恋に落ちた経験がない。もともと、そういう見返りを期待しないのが哉太という奴だ。
そんな彼が、今回はあたしを守ってくれた。
もちろん、めちゃくちゃ嬉しかった。というか、嬉しい、嬉しすぎる。
それに対してあたしはどうだ。
彼が望む見返りがあるのなら、どんなものでも、どんなことでも叶えてあげたいんだけど。
本当は男だ。倍巳なんだ。
ほんとうの おんなのこじゃ ないんだよ。
そんなあたしが、彼に何をあげたところで……。
「はう……」
いけないいけない、気が抜けてた。
まだ、十体もワームが残っているというのに。変なこと考えている暇はないよね。
「いたっ。いたいよ、菜摘ぃ。僕まだ何もしてないのに」
「時と場合を考えなさい、加奈さん。ちょっかいかけようと考えるだけでもだめです。特に、潤美さんが何かを悩んでいるときに。あたし本気で——」
「怒ってる、もう怒ってるからっ。反省してますよぅ」
吹き出しちゃった。
この二人には癒やされてるなぁ、毎度毎度。
「潤美さん、元気はあるようですね。無理なさってはいませんか」
「僕たち、ろくに経験ないけどさ。恋の相談にだって乗るからねっ」
こ・い……。え、恋!?
「むはっ、真っ赤になっちゃった」
「こら、加奈さんはもうっ」
「ちちちち違うわよ、違いますっ」
いしき させないで。おねがいだから。
話題。変えなきゃ!
「そんなことより」
あたしの顔、茹だったまんまだ。
でも、二人とも強引な話題転換に応じてくれそうな気配。ありがと。
「うっかりしてたけど、あした身体測定とスポーツテストだね」
ぴしっという音が聞こえた。幻聴ではない、かも。
周囲の女子たちが固まった。空気が冷え込んでる。
男子たちは一斉に明後日の方を向いてしまった。
なんなのこの子たち。あたしたちの会話、聞いてたのね。
張り詰めた沈黙、わずか数秒。
「ぎゃぁ〜! ダイエット忘れてたよぉ!」
「あたしぺったんこのまんまだあぁ。いいなぁ、菜摘や潤美はおっきくて……」
はい、地雷ふんじゃいました。うん、わざとだけどさ。
「きゃん」
また胸揉まれたぁ。あれ、加奈は動いてない?
「ふふ、潤美にあやかれば少しは数字が伸びるかもっ」
「や、山井台さん?」
一回揉んだらすぐ解放してくれるのね。その辺は加奈より良心的だわ。でも。
「あなた、あたしよりおっきいじゃ……、やあんっ」
はい、結局加奈にも揉まれましたぁ。
どんなスキンシップなのよ、もう。
「男子はこっち見んな」
「そう言われましても。気になって気になって」
岡くん、あなた微妙に距離詰めてきたわね。その積極性、倍巳のときの自分にはなかったな。まあ、嫌いではないけれども。
「そうやって前かがみになりながら言っても締まらないわよ、岡くんのエッチ」
「ぐふ」
うわーん、男の心理をわかってるつもりだったのに、今の言い方ではただのご褒美だったわ、失敗した。
「くそぅ、この俺が岡にここまで差をつけられるとは。演劇部への転部、真剣に検討すべきか」
「何言ってんの森くん。あなた陸上のホープだって専らの噂なんだから。転部なんて以ての外よ」
冗談だってわかってはいるけれどもね。森くんって典型的なスポーツマンタイプだから、演劇には興味ないでしょ。
「くっ、出遅れた。だが、もうすぐ中間テストだ。そこで目立ち、俺も御簾又に名前を覚えてもらうぞ」
「何言ってるのよ、ちゃんと覚えてるわよ。えーと、あの…………。ごめん何くんだったっけ」
「くっ」
あっ、この流れ。みんな面白がって教えてくれなさそう。ごめんね秀才くん。後でちゃんと調べておくから。
【えーと。あ、はい。後ほどご報告します】
アルガー、わざとやってるでしょ。あなたがクラス全員の顔と名前、把握してないはずがないもん。
「ねえ菜摘」
「なんですか加奈さん」
「いつの間にやら潤美ってばクラスの中心だね。僕たちの潤美なのに……」
「みんなの潤美さんですよ」
あなたたちはそこで何を話してらっしゃるのかしら。
「そこの二人。みんなで分け合おうみたいな流れに持っていかないでね。あたしは一人なんだから」
二人は勢いよく振り向き、同時にあたしの目を見つめてきた。
「え、えっ?」
「何言ってんのさ。潤美は一人じゃないよ」
「そうですよ。あたしたちが一人になんてさせませんから」
変なところで息ぴったりなんだから。やっぱり二人は親友なんだね。そして。
「あたしの大切な親友たち……っ!」
思いっきり飛びついちゃった。二人に軽く受け止められたけど。
さっきまで何を悩んでいたんだっけ。あたし、この二人がいれば大抵のこと乗り越えられそう。
「頼りにしてるね」
「任せなさい」
「もちろんですよ」
いいよね。だってあたし、このクラスの妹ポジだもん。
* * * * *
あたしは気付いていた。
連続で佳織が休んでいることと関係があるのかどうか、神谷さんの顔に笑顔がない。
だから、部活に行く前に話を聞いてみることにした。
「神谷さん。何か、気になることがあるの?」
「……うん。佳織——、ここのところ休んでいる矢井田さんって覚えてる?」
ああ、昼のあれ。話だけは聞いてたのね。
あたしが秀才くんの名前を思い出せなかった件。
「流石に女子はみんな覚えてるよ」
「彼女、あたしの親友なんだけど。あ、向こうはどう思っているかわかんないけどね」
寂しそうに笑うのね。見てるだけで胸が痛いよ。
「お昼休みに送ったメールに、久々に返信があってね」
「うん」
「まだ決定じゃないけど、彼女、親の転勤についていくかも、って。転校するかも、って」
え。
「ええええ!?」
どうすんのアルガー。確実にマーキングできてるワームが、遠くへ行っちゃうよ!
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