第30話 連休の予定
【マスミ様。本件は優先事項と位置付け、対処方法を上位管理者様と協議して参ります。このアルガー、マスミ様のおそばを離れるわけではございませんが、しばらくナビゲーションのための演算能力が不足してしまいます】
ああ、うん。あたしが話しかけても返事できないし、ワームが近付いても警報出せないってことね。
【マスミ様のバスターとしての能力が制限を受けることはございません。ですが、思考加速や身体強化、移動コマンドなどのサポートもできなくなります】
うわあ。うっかり他のワームをマーキングして、こちらに気付かれたら危ないかも。
そろそろ暑くなってきたけど、今日の部活、ジャージの上下でおハダ隠して参加しようかしら。
【いえ、ナノマシンによるマーキングは、危機管理の面でも有用かと。可能な限り隠さないことをおすすめします】
だよね。その返事は予想してたよ。……ちょっと言ってみただけ。
【優先度においては、この地域に潜むワームへの対処の方が常に高いのです。ヤイダ兄妹が本当に転校するのであれば、その地域で活動しているバスターに。もしバスター不在なら新たに適合者を探し、その方に対処していただくことになるでしょう】
そっか。
あれ? でもさ。それまでに矢井田先輩のワームを退治するって話にはなんないの? いっそのこと、こちらから撃って出るみたいな。
【マスミ様が積極的なのは大変うれしく思いますが、それをすると他の九体に警戒され、最悪の場合結託される恐れがあります。ただでさえ、間接的にとは言えカオリ様が派手に動いたため、他のワームたちが出方を窺っている節もございます】
はあ。地道にマーキングして、各個撃破していくのが最善策ってわけね。
【仰る通りです。ここは慎重を期すためにも、上位管理者様と協議する件、ご承認くださいませ】
わかった。おとなしく待ってるね。
【そういうわけで、マスミ様におかれましては昨日同様、半袖とハーパンで部活にご参加くださいませ。誤解なきよう申し添えておきますが、マーキングを感知すれば直ちに協議を中断しますのでご安心を】
あなたがハーパンって略語使うと妙に違和感があるよ。
ところでこの学校のハーフパンツって、よその学校のクオーターパンツより短いみたい。一体、誰にデザイン依頼したのかしら。
【全ては任務のための割り込みコマンドによるものです。上位管理者様はブルマにするつもりだったようですが、それはこちらで阻止しておきました。あれを座視すれば、おそらくご父兄からの抗議が殺到していたことでしょう】
うえぇ。
元凶はあいつなのね、上位管理者。ぜったい変な奴じゃん。……まあ知ってたけど。
ありがとね、アルガー。
【いえ。では、しばらく失礼を。くれぐれもお一人では行動なさらず、お帰りの際はカナタ様から離れないようにしてください】
…………。あー、うん…………。
* * * * *
時間が経つのは早いというか。あっという間に部活が終わっちゃった。
どうしよう、お昼の雑談のせいで、余計に意識しちゃうよ。
あーんもう、うじうじぐだぐだするのは嫌!
とにかく、何か話しかけよう。
「ねえ、哉太兄」
「どした、潤美ちゃん」
「……やっぱりあたし、呼び捨てがいいな」
「おう、わかった潤美。心境の変化ってやつかな」
ううん、話しかけるきっかけがほしかっただけなの。
「ちゃん付けって、なんか距離を感じるっていうか」
「そっか」
「…………」
それからしばらく無言で歩いた。
すぐ真横には哉太の腕。あたしを抱き上げ、学校から家まで運んでくれた逞しい腕。手を伸ばせば届く距離。
盗み見るようにして見上げる。
目の高さを合わせるには遠すぎる。頭一つ分の身長差。うんと背伸びをしても見上げる距離。
あたしの様子に気づいたのか、見下ろす彼の眼差しは優しい。
高身長が羨ましいのか。
はっとした。
彼は高一、あたしは中一。
あたしたちの年代にとって、三才の年齢差というのは他の何よりも深刻な、とてつもない距離ではないか。
でも、そんなもの一気に解消だ。そう、倍巳に戻れば——
「戻りたくない」
なに? あたし今、何を口走ったの?
「ん? 帰りたくないの? でももう遅いぞ。明日はスポーツテストだし。今日はまっすぐ帰らないとな」
「わかったから。ちょっと言ってみただけだから。頭撫でないで」
子ども扱い、しないで。
「あ。そういえば、さ」
「……なによ」
思わず唇を尖らせたあたしにとりあわず、哉太は、
「光永さんからのさん付けはどうなんだ。親友なんだろ?」
なんて言ってきた。
どこからつながる話なんだっけ。少し考え込み、思い出した。名前の呼び方についての話題を振ったのはあたしだった。
「彼女はあの口調でしか喋れないの。あたしはむしろ、菜摘の雰囲気に合ってて可愛いと思うんだけど。彼女自身は直したいそうで、それを克服するための演劇部なんだって」
「ははあ、演技力で克服ってか。それじゃ、彼女はキャスト志望なんだな」
「ううん、あたしたち中等部の新入部員はみんな、来月の小文化祭ではスタッフよ。そういえば哉太兄は? 音響に回してもらえた?」
「おう。ダメ元で希望したんだが、おかげさまでな」
「やったね!」
ええい、このタイミングしかない。冗談めかしてくっついちゃえ。
「んおっ? どうしたんだ潤美、急に腕を絡めてきて」
「あれあれ? 迷惑だった?」
「…………」
だ、黙るなよ哉太。いっぱいいっぱいなんだから。間が保たないよう。
「俺はもちろんいつでもウエルカムなんだけどさ」
はは、哉太のキャラじゃないぞ、それ。何がウエルカムだよ。
「だけど、何?」
「今日はどうした? ぐいぐい来るね。俺はいいけど、潤美のクラスメイトとかにこんなとこ見られたら誤解されるんじゃねえかってな。それがちょっと気がかり」
「あたしは誤解されたい、かな」
いつか誤解じゃなく本当になっちゃって。はは、無理無理。この年齢差だもん。
「なんちゃって」
「……。わかった。あれだな、クラスの男子にしつこく言い寄られてるとか。そういうことならいくらでも協力するよ」
え。何言ってんのさ哉太。そしてなんで首を縦に振ってんのあたし。
もう、この流れ止めらんない。
「そうそう、そうなのよ。だから、哉太兄に好きな人ができるまででいいから——」
あう。胸が痛い。なにこれ。
「できるだけ一緒にいたいな、なんて」
「おう。お安いご用だぜ」
ほっ。ひとまず、よかった。でも、なによ、これ。
「じゃ、連休も遊ぼうぜ」
にゃ。いきなり言わないで。人がテンパってるときにっ。
「……ダメか?」
「ダメなわけないない!」
「はは、よかった。じゃあまた、ギガスパーでいいか。……みんなで」
は?
「みんな?」
そっか、そうだよね。
「おう。倍巳のやつ、まだ起きないからさ。今年のゴールデンウイーク、御簾又家は家族旅行しないだろ。美沙も洋介も連休は暇だって言ってたからな」
「う、うん。年間パスポートがあるんだし、行かなきゃ損だよねっ。あ、でもさ。美沙姉たちも、ゴールデンウイークは二人きりで遊びたいんじゃないかな」
あたしも——
「だめだな、俺。気が利かなくて。なら、敦を誘うよ。潤美も、光永さんと中野さんを誘ったらどうかな」
——そうきたか。
「こないだのカラオケメンバーだね。彼女たちの予定が合うか、聞いてみるね」
もちろん、それはそれで楽しみだけどさ。
「どうしよう、哉太兄」
「ん、なにが?」
「敦先輩なんだけどさ」
「うん」
「あたし、どうしても先輩の海パン姿が思い浮かばないよ」
「安心しろ。それ、潤美だけじゃないから」
安心、安心。
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