第9話 ポジション確定!?

 め、目の遣り場があああ。あっち向いてもこっち向いてもおおお。

【マスミ様、どうか落ち着いて】

 これが落ち着いていられるかあ!

 今日は体育のある日だった。迂闊だったよ、体育はたとえ見学だろうと着替えというイベントが毎回発生しやがるんだった……。

【ご自身のお身体で充分に慣れておられるはずではないですか】

 そうだけどさ。やっぱり、自分のと他人のとでは違うというか。ものすごい場違いというか。三つ下の女の子たちの半裸を目にしてすっごい罪悪感に苛まれるというか。

【しかし、あまり躊躇なさっていると……。ああ、やはり。残念ながら遅かったようです】

「どったの潤美、お着替え手伝ってほしいのかなぁ?」

「ひゃうっ」

 だから胸を掴むなっての! くっそ、まさかこの前下がりボブがセクハラ少女だとは気付かなかったぜ。

 いつもいきなり来るからびっくりするんだけど、胸ってただ優しく掴まれるだけなら特にどうってことは——うわっ、下側を撫でるな!

「こら加奈——ひゃん」

 ダメっ! 横はもっとダメっ!

 嘘だ! 気持ちいいとかあり得ないからっ!

「もう、だめですよ加奈さん。いつもいつも」

 そう言いながらも三つ編み眼鏡さん、やけに落ち着いているんだけどっ。

「……ぇ」

 あなた微妙に顔が赤いよ。ちょ、羨ましがってないで真剣に止めてほしい。

 ええい、見てろ。こうなったら非常手段だ。

 なんとかやんわりと振り払う。な、名残惜しくなんかない。ないったらない。

「えぇん、助けてよぉ」

 菜摘の背中に縋り付く。

「菜摘だけが頼りなの。加奈から守って」

 年下女子の母性本能に訴えてやる。そしてあわよくば他の女子も味方につけて、セクハラ加奈に対する抑止力に……。

 あれ、みなさんどうしたの。なぜにこちらをガン見しているの。

「か、可愛いぃ!」

「光永さんが羨ましい!」

 黄色い声の大合唱かよ! 予想外だよ!

 いや、僕からすればあなたたちみんな可愛いんだけど。そんなあなたたちからそう言われて嬉しいんだけど。あれ、嬉しがってる場合じゃない。ってか、嬉しがってていいのか僕。

 ちょ、何人か指をわきわきさせているけど何の真似? これ逆効果なの!?

「はいはいそこまでです。さ、ヘンタイさんたちは放っておいて、お着替え済ませちゃいましょ、潤美さん」

 すでに体操服に着替え終わっていた菜摘は腕を広げ、みんなの視線から僕を守ってくれた。

「あ、ありがと」

 今回はあくまで非常手段なんだ。守られる状況に抵抗を感じなくなってしまったらおしまいだ。このままではいけないぞ潤美。僕の中身は倍巳なんだ、男なんだっ。

 もう、目の遣り場がどうのという話ではない。さんざん「モデル体型」だの「脚線が綺麗」だの「胸が大きい」だのと囃し立てられ、クラス女子ほぼ全員の視線に晒される中での生着替えとなってしまった。

「ふえぇ」

 変な声が漏れたけど、どうしようもないじゃないか。

 脚線美なら加奈だって相当なものだし、胸の大きさなら菜摘こそトップクラス。もっと胸が大きい女子たちは、「あたしは貧乳でいいからもっと痩せたいよ」と大声で呟く。そんな彼女たちでさえ、倍巳視線で言わせてもらえば肥満より全然手前のちょっとぽっちゃり程度なんだけどね。一回目の中一の時、本当に太い子が男子にも女子にも数人ずついたもん。そういや、このクラスには太すぎる子がいないな。

「急いでダイエットしなきゃ。身体測定までにはとても間に合わないけどさ」

「もう、身体測定なんてなくなればいいのに。いっそのこと休もうかなぁ」

「先生の説明聞いてなかったの? 休んだ人は後日保健室でやらされるよ。ずっと先生とマンツーマンで」

「なにそれもっと嫌だ」

 げー。そういや、そんなのもあったなぁ。

 あれ、身体測定とスポーツテストって同じ日にやるんだっけ。ずっと植物状態だったという設定のこの身体で女子の平均なみに運動ができるなんて不自然だからな。当日は目立たないように手を抜いて、隅っこで大人しくしてよう。

 でも、ベスト体重って人それぞれで。世の中には丸みを帯びた体型だからこそ愛らしいとか健康的という美意識も確実に存在するわけで。

 無理なダイエットって、割と簡単に不幸を撒き散らす原因の一つなんだよな……。

 そりゃ、さ。「クラスの中に自分より太い子がいない」という状況は女の子にとってあまり歓迎したくないことなのかも。でもなあ。僕のこの身体は我ながら細すぎる気がしないでもない。……なんて、うっかり言葉にしたら敵だらけになりそうだから黙っていよう。

 他ごとを考えながらようやく着替え終わったよ。

 いつの間にやら僕を背にかばう形で周囲の視線から守ってくれる人が増えていた。僕の胸を揉んで満足した加奈と、まだ名前を覚えていない誰かさん。後で聞いておこう。

 着替え一つで思いっきり疲れたじゃないか。勘弁してほしいよ全く。

「ちゃんとお着替えできたね、潤美」

「潤美、えらいよ」

「潤美、早く校庭行こう」

 あー、はいはい。もうみなさん、僕のことを下の名前で呼び捨てにするのがデフォルトなのね。このクラスではすっかり妹ポジションなのね僕。

 今決めた。倍巳ぼくの誕生日、本当は八月三十一日だけど、潤美は三月三十一日生まれってことにしよう。

【承認しました。生徒手帳を含む各種書類更新……完了。自治体データベース更新……完了】

 アルガー。さらっと凄いことをやってのけた気がするけど、女体化した僕としては今更驚くことでもないよね!

【マスミ様。随分吹っ切れた表情をなさっていますね】

 うっさい。


 運動する前からへとへとになりつつ校庭へ。

 随分前に学校教育の場からブルマが廃止されたのは幸いだとしか言いようがない。でも小学生の時、美沙がブルマ穿いてた時期があったんだよな。

 あんなもの穿いて、歩くどころか走り回るなんて一種の拷問だと思うよ僕は。恐ろしい時代があったものだ。

「…………」

 あー。やっぱり男子の視線が凄い。まあねえ。僕だって中学の時は薄着女子をしっかりと目で追ってたもんな。わかる、わかるよ君たち。だけど見るなら僕以外をどうぞ。だって中身男だもん。偽物だよーだ。

 しかし。空気でわかるというか、女子たちもしっかり気付いてるもんなんだね、男子の視線に。慣れてるんだろうか、みんな堂々としてるなぁ。

 でも、男子たちの間でどんな会話が交わされてるかは知らないんじゃないかな。その点、僕には男子たちの会話が手に取るようにわかるぞ。

「お前、うちのクラスの中だとどの娘が好み?」

 てかこれはっきり聞こえすぎじゃね? 僕そこまで地獄耳じゃなかったはずだよね。

【ワーム特定につながる不審な会話がないか、指向性の集音措置を施しました】

 ないない。だってあれどう見ても健全な男子の会話だもん。

「中野とかよくね? 姿勢よくてスレンダーだし」

「女の子の魅力と言えば曲線に決まってる。光永って小柄だけど胸でっかいぞ。眼鏡ってのもポイント高い」

「お前らの目は節穴か。御簾又が一番——」

 やめろこっちを見るな男子ガキども。本来なら僕もそっち側なんだってば。

「潤美っ」

 加奈の声だ。反射的に胸を隠しながら数歩あとじさる。

「やだなあ、もう。そんなに連続で揉まないよ」

「……この先まだ揉む気なんだね」

「あたしが守ってあげますからね」

 あのさ、菜摘。ありがたいんだけど、どうしてそんなに鼻息荒いのさ。頼りたいのはやまやまだけど、なんだかあなたもちょっと怖い。


 アルガー。僕マジで疲れてるんですけど。

【……エリアサーチをかけたところ、ヤイダを含めてワーム共の動きはまだ大して活発化しておりません】

 あー。でもマジで早く倍巳に戻りたいもんな。ほら、先手必勝って言うじゃない?

【巧遅がいつでも拙速に劣るとは限りません。ことを構えるに当たっては、コンディションを整えることも考えねばなりませんし。今日のところは早くお帰りになっても問題ないかと】

 んー、でも今後、放課後に校舎に残る口実を得るためにもさ。部活決めておきたいな。演劇部に入るなら入るで、早いとこ見学済ませちゃおう。


 * * * * *


「潤美ちゃん、今日はなんか予定あるのか?」

「ごめん、哉太兄。実は演劇部に入ろうと思ってさ。部活見学に行くんだ」

 おいおい哉太よ。美沙から頼まれて仕方なく引き受けたんだろうけど、いつまでも中学生のお守りしてたら彼女をゲットする少ないチャンスがさらに遠のくぜ。

「毎日だと面倒でしょ。僕なら大丈夫だからさ」

「潤美さん、お知り合いですか?」

「潤美、このイケメン先輩と知り合いなの?」

 遠慮がちに声をかけられ、振り向いた。加奈には眼鏡を作ることをお勧めするよ。

「あ、ごめん。紹介するね。この人は田中哉太。僕の幼馴染で、高等部一年四組だよ」

「あれ、俺クラス教えてたっけ。——初めまして。潤美、ずっと寝たきりだったから、見た目しっかりしてても何かと抜けてるところがあるよね。大変だと思うけど、助けてやってね」

 一言余計なんだよ。可愛い子たちを前にして格好つけやがって。

「こちら、中野加奈と光永菜摘。僕のクラスメイト——」

「親友だよ」

「ですよ」

「——です」

 嬉しいぞ二人とも。後でハグしちゃう。胸は——揉ませないけどね!

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