第26話 なんだってー!?

「さて。俺の兵隊候補だった連中が停学を食らいやがったわけだが」

「すみません」

「スレイブ化する前に。しかも六人まとめてだぜ」

「お許しください。軽率な行動、反省しています」


 あたしが聞いているのは矢井田先輩と佳織の声。

 あたしたちは偵察中。ここは矢井田先輩の自宅——、その屋根の上だ。

 倍巳のときに一度やったのと同じ方法で、マーキング済みの矢井田先輩の自宅に転移してきたのだ。

 ちなみに、一日に二度使えるようになったという移動コマンドとは別物である。今のあたしは精神体に過ぎず、憑依前のワームを消去することはできても、憑依中のワームを除去することはできない。


 それにしても、とてもじゃないけど兄妹の会話には聞こえない。アルガーが学校で集音したとき、二人はタメ口で話していたはずだ。だが、ここは自宅。あたしという忍者スパイは別として、他の生徒の耳を気にする必要はないのだ。二人の中身はワームとスレイブなのだから、この口調が自然なのだろう。

 ところで、佳織の謝罪にはやけに感情的な響きがこもっている。“スレイブ”という言葉とは不釣り合いな自由意思が垣間見えるのが気になって仕方ない。


【やはり、ヤイダのワームも古代種族の意思などないがしろにして、ヤイダ本人の潜在願望を元に行動原理を決めているようですね。そして、その傾向はスレイブにも当てはまるようです】

 そうね。兵隊だなんて、どう考えても学園で番長やりたいとしか。あの不良ロリコンども六人との表向きの力関係を考えると、もしかしたらウラ番みたいなポジションを狙っていたのかも知れないけれど。

 そう言えばスレイブ化とか言ってたけれど、矢井田先輩はあいつらをスレイブにするつもりだったのね。いっそのこと、あたしを襲う前にスレイブ化しておいてくれれば、アルガーのコマンドで楽に対処できたのに。


「反省する前に報告しろってんだよ。なに勝手に突っ走ってんだてめえ。俺様のウラ番への道が遠ざかるじゃねえか」

「もっ、申し訳ありませんっ」


 信じらんない。マジでウラ番狙ってるのか矢井田先輩。


「ふん。まあ、前回の敗けを活かし、この身体にも格闘技術を仕込んだ。付け焼き刃だけどよ、もともと筋力自体は申し分ねえんだ。今の俺、それなりに戦えるぜ」

「頼もしい限りです」


 ねえアルガー。ワームが矢井田先輩の潜在願望に影響されてるってことは、ワームと先輩の自意識の境界って割と曖昧なんじゃない?

【オカ様の例もありますし、その可能性は決して低くはないでしょう】

 で、同じことは佳織にもあてはまるわけね。

 ちょっと変な想像かもしんない。でも、一度考え出すとどうしても気になってしまう。


 ——この兄妹において、実際に主導権を握っているのはスレイブである佳織の方なのではないか。


 ウラ番。今時そんなものが実在するかどうかは別として、その言葉のイメージとしては、表向き成績優秀にして品行方正、しかし裏では知略に優れ不良どもを顎で使う人物。

 今のところ、佳織に対するあたしのイメージとしては、休み時間にどこかへ走り去るコミュ障ぎみのキャラでしかない。だが、例の不良ロリコン六人組をそそのかしてあたしを襲わせたのはたぶん佳織だ。

 宿主たる佳織本人の希望がどんなものであるかについては想像の域を出ない。でも仮に、彼女の望みが「兄である矢井田先輩の思い通りに事態が進むこと」だとしたら。真のウラ番はむしろ佳織なのではないか。彼女の目的はただ一つ、兄にウラ番の気分に浸ってもらうため。

 まあ、仮にそうだとしたらどんなブラコンだよ彼女、って話なんだけれどもさ。

【ふむ。ワームとスレイブの力関係の逆転現象ですか。どうやら今回の侵略において、プログラムに過ぎないはずのワームに意思らしきものが芽生えている可能性は濃厚ですからね。そうであれば、マスミ様の仰る逆転現象もあり得ることでしょう】

 やめてよ。

 矢井田先輩以外の九体全部がスレイブ作ってて、しかも逆転現象が起きるとしたら。厄介な敵が倍増するじゃない!

【滅多にないことだとは思いますよ。多分、このワームは宿主の妹がブラコンである点を軽視したのでしょう。もっとも、妹の独断専行を許すなど、ヤイダ本人が単純バカだからこそ成り立つ話ではありますが】

 ちょっと待って。一旦落ち着こう。あくまで可能性の話よね。とくにブラコンの件。逆転現象が起きているって、確定したわけじゃないものね。


「あら。コーヒーが冷めてしまいましたね」

「淹れ直せ。濃い目で頼む」

「はい。お兄様の仰せのままに」


 ………。

 確定じゃん。

 どんな顔して会話してんだろ。うわ、想像するんじゃなかった。無性に帰りたいよ。


「それで、御簾又の妹はどうなんだ。黒か?」

「黒です」


 即答かよ!


「……お兄様の関心を引く女など、全て黒に決まっています!」


 あ、そっちね。


「いなくなってしまえばいいのよ。それにお兄様を投げ飛ばした代償、あいつにも支払ってもらわなければ」


 な、なんだってー!?

 怖い怖い怖い。

 あう。背筋に寒気が……。

 もうこれ、バスターかどうかに関わりなく、完全にあたし自身がターゲットになってるし。

 やめてー。全力で叫びたかったが、なんとか声を出さずに耐えた。

 まあ、今のあたしは精神体なのであって、叫ぼうと踊ろうと物音などしないのだけれど。

 ただし、前回のように隣の部屋に潜むような真似をすると、さすがにワームの探知能力に引っかかる可能性があるとのことだ。

 大人しく続きを探ろう。


「落ち着け佳織。いいか、俺を投げ飛ばしたのは兄貴の方だ。それに俺はウラ番を目指している。だが現状、ただの不良という形で悪目立ちしちまってる」


 ちげーよ。自意識過剰なワームだなおい。

 アルガーによると、学校ではせいぜい、一年生に投げ飛ばされて大人しくなった不良予備軍という噂くらいしか飛び交っていない。


「あまり学校に顔を出さない不良という立場でいる限り、そうそうバスターに狙われる心配はねえ。だがそんな俺が学園に復帰するには、あの六人組のような手駒が必要だ」

「はい。すでに目を付けておいた連中が何名か。詳細な個人情報の資料はこちらに。お兄様のお声がけ一つで、いつでも動かせます」

「わかってねえな。敵だってバカじゃねえ。前回のバスターの妹を新たなバスターにするわけがねえだろう」


 バカにされた。バカにされてるよアルガー。


「警戒する分には構わねえ。だが、下手にこっちから手を出すんじゃねえ。あんま連続で動けば、敵も本気で対策を講じてくるはずだからな。だからお前は、相手がバスターかどうか確認がとれるまで、俺の手駒を潰すような真似をするんじゃねえぞ」

「かしこまりました。では、お兄様直属の手駒候補以外の不良を使いましょう。あの六人組の息がかかった連中なら、あと十人はいますから」

「いい加減にしろよ佳織。今回、他の九体のワームも明確に俺らの敵だ。御簾又の妹が直接接触を図ってきたのならともかく、奴一人にかまけていたら他の連中に足元を掬われる。しばらく大人しくしているんだ。いいな、命令だぞ」

「……はい」


 うわー、不満そう。佳織ってば兄貴の言うこと聞くかしら。聞きそうにないよね、なんとなく。

【最大限の警戒が必要ですな。彼女がリストアップした個人情報の資料とやら、透視できないのが残念ですが……。明日からは学園に張り巡らせたセンサーをアクティブにし、マスミ様の安全を第一に対策を講じます。その点についてはどうかご安心を】

 ん、信じる。

 だけど、菜摘や加奈と一緒にいるところを狙われたら嫌だな。彼女たちに迷惑をかけたくない。

 父さん、稽古は月曜から再開してくれるんだろうか。あたしとしては日曜から再開してほしいくらいなんだけれど。

 仕方ない、ある程度自主練をすることにしよう。


 * * * * *


 自室に戻った。有り体に言えば、幽体離脱して精神体だけで散歩をしてきて、無事に肉体に戻ってきたようなものだ。

 ……わー気持ち悪い。あたし気持ち悪い。

 そんなことより自主練、自主練。

 この際、腹筋が割れようが上腕二頭筋が発達しようが、毎日時間を決めて欠かさず筋トレすることにしよう。今の時間はちょうど日付が変わる頃だから、明日から早速始めよう。

【以前申し上げましたが、おそらく見た目には大きな変化が現れないものと】

 えっ、何で?

【マスミ様の質の良い筋肉は、一流アスリートなみに鍛えたところでそうおいそれと外見に変化を与えることはないと思います】

 あ、そうなの。

 改めて、この肉体は借り物なんだと実感しちゃうよ。

【いえ、そのことなのですが……】

 アルガーの言いよどむような雰囲気に、あたしは身体を起こしてベッドの端に座った。

【ミューテーション前からマスミ様の精神体はそのお姿だったこと、覚えておいでですか】

 そりゃ覚えてるよ。

【そのことはつまり、マスミ様は本来そのお姿に成長するはずだったことを意味しているのです。噛み砕いて言うならば、何かの間違いで、性別を間違えてお生まれになったというわけでして】

 ふーん。


 ……え?


 な、なんだってー!?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る