第33話 新たな決意
もうちょっと気をつけないとね。
詩奈先輩と話してるとき、途中から太ももがちりちりするのを感じてたんだ。
冷静に思い出してみると、プールで岡くんと目が合った時にも同じ感覚があった。
何かに集中してたり、別の気がかりなことがあったりすると見過ごしてしまう程度の違和感。
これ、今までにワームキャリアに接近してても、目を合わすことなく見過ごしてしまっていたかもしれないってことだよね。
「断言はできないよ。潤美の適合率なら、ターゲットと目を合わすのは絶対条件とは言えない。ある程度接近するだけで特定できてしまうんじゃないかと思っている」
「……………………」
「多分、まだ接点のない学年やクラスに潜伏しているんじゃないかな」
「だからね、お兄ちゃん。こうして目の前にいるときにさ、声に出してない言葉に反応するの、やめようよ」
勝手に心を読まないで、的なアレだよ。二人っきりのときならいいけどさ、誰かいたら気味悪がられるもの、ぜったい。
「う、うむ。努力する。なら、ワーム関連の情報交換ならお互いに声に出さなければ問題ないな」
「いいけど、時と場所を考えないと。会話もなく頷き合ってたりしたら、それはそれで薄気味悪い兄妹になっちゃうもん」
「肉の身を持つということがどういうことか、少しずつ学んでいく必要がありそうだ」
「多少のことは大丈夫だとは思うけどさ、お兄ちゃん。口調が固いよ。やっぱり、昏睡の影響で記憶に混乱があることにしといた方がよくない? 美沙姉か哉太兄にはともかく、父さんには気付かれるかもしれないし」
「ふうむ」
あたしが指摘すると、お兄ちゃんは腕組みをして宙を睨んだ。そして左右に手を広げて見せる。
誰の仕草よそれ。倍巳だったとき、そんな仕草をした覚えなんてないってば。
「知識としては、ミューテーション前のマスミ様のことを隅から隅まで知っているつもりだったというのに、いざトレースするとなると難しいものなんだね」
「すすす、隅から隅まで!?」
「なぜ潤美が顔を赤くするのかな。普通に健康的な生活を送っていたこと、誰に恥じる必要もないのに。きちんとティッシュを用意してからオナ——」
「ストーップ、バカ兄貴! デリカシーがなーいっ!」
……このニブちんが!
* * * * *
倍巳の目が覚めたことは、既に両親に伝えてある。
全てはバスター任務の専従期間を軽減するため。つまるところ、自分の都合のために演技をするだけのこと。そのつもりだったのに。二人の涙を見た途端……。
あたしの涙腺、決壊してしまった。
——学校からの帰宅後はリハビリのお世話をしたい。
あたしの希望はすんなりと通った。そのかわり御簾又流柔術の稽古はさらに延期になってしまった。
だが、付け焼き刃の体術など実戦ですぐに役立つわけではない。どちらかと言えば、「体術の心得がある」という自信による、いざという時の度胸を鍛えたかったのだ。
今の段階でも少しは度胸がついてきたかな、などと自惚れていたのだけれど。そんなの幻想だった。
不良さんを相手にして身体強化コマンドが時間切れとなったあの日。あの精神的ダメージは未だにあたしを蝕んでいる。
いくら不良っぽかったとはいえ、詩奈先輩たちに囲まれただけで足が震えてしまったのがいい証拠だ。
稽古の延期など些細な問題に過ぎない。
バスターとしての自覚。
今のあたしには、それが全然足りていない。
いくら不良だからって、ろくに理由もないのに計画を立ててまで一般生徒を襲うなんて不自然だ。百パーセントあり得ないことかと言うと否定はできないけれど。
矢井田先輩や、そのスレイブとなった佳織には、ある程度人間の意志を操る能力がある。
岡くんも、周囲のクラスメイトを操ってみせた。
そう考えたら、あたしを襲った不良さんも、本来するはずのなかった犯行のせいで停学をくらった被害者だ。今回表面上の黒幕の一人となった、詩奈先輩の元カレさんも被害者だ。
ワームを放置したら第二、第三の被害者が増え続ける。
今まであたしは、変なことに巻き込まれたな、早く終わらないかな、なんて考えてた。でもそれじゃいけない。
終わらせるんだ。あたしが。
* * * * *
ゴールデンウイーク明けから倍巳が通学を再開する。
哉太と美沙にそのように連絡した。
リハビリその他での協力をしたがる二人ではあったけれども、それはやんわりと断った。せっかくの善意を断るのは気が引けたけれども、実際にはリハビリなんて必要ないのだから。
回復を喜ぶ二人だが、突然訪問された場合、いまいち倍巳になりきれていないアルガーがボロを出す恐れがある。
そこで倍巳本人の声だけ先に聞いておいてもらおうということで、時間制限つきではあったけれども電話をかけることにした。なんとか当たり障りのない会話をこなすことはできたようだ。今のところボロは出ていないと思う。
美沙姉には約束の「料理教室」を中断することについて謝罪したが、
「そんなの気にしてる場合じゃないでしょ」
と半ばお叱りぎみの言葉をいただいてしまった。ありがたいことだ。
電話を切った後、まったりしていたあたしを呼ぶので、お兄ちゃんのそばに行く。
彼はパソコンを起動し、あるウェブページを表示させていた。
個人情報なので、学校で配られる配布物の中には顔写真つきの名簿など存在しない。
だが、彼には小学六年の時に地域のゲーム大会で優勝経験があり、表示中のウェブページに顔写真が載っていた。
その顔を見て、下校時に見た顔の相似形だと確信した。成長期の男の子って三年も経てば随分変わるはずなんだけど、これは間違いなく本人だわ。眼鏡もすでに瓶底状態だし。
……ってか、ガリ勉じゃなく、ゲームによる瓶底眼鏡だったのね。
「なんというか、さ。ワームって、負の感情を増幅するって言ってなかったっけ」
「うん、その傾向が強いよ」
「斉藤先輩ってさ。傍目には完全にヤンキーに絡まれてる雰囲気のあたしを助けようとしてくれてたよ?」
「完全に悪人になってしまうヤイダとか、徐々に極端な方向に傾いていくオカの例もある。サイトウも、影響が強く出るのはこれからだと思っておいた方がいい」
さっきの遣り取りを気にしているのか、お兄ちゃんはオーバーアクションをとることなく会話してくれている。
うん、変に身ぶりを増やすと逆に怪しまれるからね。日本人って、ボディランゲージの淡泊な人の方が圧倒的に多いもん。
「じゃあさ。せっかくマーキングできたんだし、影響が出る前に——」
「だめだ。残り八体が不明なままでは、攻勢に出てしまうと我々が不利になる可能性が高い。あくまで受け身で、偶然除去できたかのような積み重ねで退治していきたい。だから今はまだ、我慢を続けてほしい」
「うん、ごめん」
あ、今の笑顔。
「その笑い方は自然だったよ、お兄ちゃん」
「ん、覚えた」
ふふ、兄妹の会話っぽくなってきたような気がする。なんか楽しい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます