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 青い目、しかし瞼はなく。左半分は、奇妙に抉れて変形していた。

 歪なマシュマロに、青いビー玉をはめ込んだような、およそ人とは遠いところにある容姿だった。

 変形した左半分は、破壊されたのとは違う抉れ方をしているように思えた。

 まるで溶けたような顔面には、綿状のふわふわとした胞子がこびりついている。

 どこかで嗅いだことのある、ツンとした臭い。

 遠い昔ではない、ごくごく最近の記憶だ。

 コーダは眉を寄せ、オルビットのシナプスを満たす〈ミラージュ〉を活性化させる。巻き戻されて行く記憶に、臭いの記憶を探す。

「サラバントに壊された菓子人形と同じ臭いだ! カビているの?」

『まさか? 砂糖は腐らないものでしょ?』

 ゴーグルが落ちる音を合図に、とまった時間が動き出す。

 呆然としていたラルゴが、顔を覆い、悲鳴を上げた。

 悲痛な慟哭が、甘い空気を震わせる。

「私が、菓子人形? ならば、この肌はなんなのだ! 人の肌と同じものだろう! この、病気はなんだ! 皮膚が崩れ、熔けてゆく。この、忌々しい病は人である証だ!」

 確かに、フィーネの肌のように白くない。僅かに赤みの差した色は、コーダとそっくりだった。

 何より、顔の腐食。

「不純物のせいですよ、ラルゴ。その肌の色は、人の血肉の色なんです。リトミック博士の意志を継ぎ、オレが貴方を作りました。人としての意識が生まれ出たのは、全くの偶然ですがね」

 祈るように、縋り付くように這いつくばるラルゴに向けられる声は、あまりにも硬質だ。 右手に持つ蛇腹剣よりも重い一撃となって、ラルゴの肩を穿つ。

『人間が……混ざっているの? どうして?』

「いったい、この世界でなにがおこっているのさ?」

 右腕を抱いて、泣き噎ぶラルゴに、コーダは掛ける言葉もなく見つめるしかない。そんなときだ、工房の奥へと続くシャッターが、強く叩かれた。

 風、ではなさそうだ。

「なにか、来るわよサラバント!」

 シャッターを叩く力は次第に強くなり、瞬く間に変形して行く。

「答えろ、サラバント!」

 義足を床にめり込ませる勢いで穿ち、ふらつきながら立ち上がったラルゴは、指の隙間から見える青いガラス玉にサラバントを映し出した。

「この世界に人がいないというのなら、なぜ、私をつくりだした?」

 怒りに歪むラルゴとは対照的な、サラバントの無機質な顔。黒い瞳には否定も肯定もないが、答えは明確だった。

「オレも、貴方も所詮は道具なんです。与えられた使命を遂行することだけが、この存在を肯定してくれるのですよ」

「貴様を満足させるためだけに、私やセリは生み出されたのか!」  

 ラルゴの怒号に触発されるよう、シャッターが吹き飛んだ。

 ぞろぞろと、工房に入ってくるのは白い木偶人形(マネキン)だ。

「サラバントぉおおおっ!」

 飛びかかってくるラルゴに、サラバントは蛇腹剣を振りかぶった。

 にじり寄る素体たちを巻き込んで、分厚い刃がラルゴの巨体を吹き飛ばす。

『ちょっと、乱暴すぎるよ!』

「全く、困りましたね。エレベータへの道が、素体たちで塞がれています。俺たちを上へ行かせないつもりなのですかね」

「どうするつもりよ、サラバント? 蹴散らせなくはないけど、全部壊すとなると、骨が折れるわよ」

 片っ端から破壊するのも一つの手なのだろうが、あまり力を消耗したくないのが本音だ。

 建物の中にいる今、外からの補給は望めないし、うっかり〈エヴァジオン〉を破壊してしまったら、今度こそ助からないだろう。

 話している間にも、素体たちの数がどんどん増えて行く。

『ラルゴ、大丈夫かしら』

 心配しているオルビットに、「どうかしら」とコーダは素っ気なく答える。

『なによ冷たいのね、助けてくれたのよ、彼』

「お礼はさっき、アナタが言ったでしょ。それで、充分。ラルゴだって、自己満足のためにアタシたちを助けたんだろうから」

『どういうことよ、パギュール』

 コーダは砂糖が絡まって、ごわくつ髪を掻きむしった。オルビットが抗議のノイズをあげるが、気にしない。

「人間の振りを、していたいのよ。あのセリって子を娘だと言っているのだって、そう。ねえ、サラバント?」

 手袋に絡みつく長い髪を、腕を振って払い落としたコーダは、素体たちの壁が一番薄い場所へと向かって踏み出した。

 カリヨン主塔から外へと出る、連絡口だ。そこだけが、異様に壁が薄い。

(罠の匂いが、ぷんぷんする。けど、それならそれで、乗っかった方が手っ取り早そうね)

 殺気だった素体たちの様子は、どこか変だ。ラルゴに付き従っていたときの統率生が全くない。

 一見、暴動のようにもみえるが、まだ完成していない彼らが勝手に動き回っているとは思いがたい。

 これには、意味がある。そんな気がしていた。

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