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かろうじて炎上を免れた、先頭の貴賓用車両のみとなった金色の列車がごとん、と振動し、止まった。
コーダは飲みかけの紅茶を皿に戻し、窓へと顔を向ける。とたん、目に入ってきたのは、うんざりするほどの鮮やかな原色の数々。
『ここが、遊園地なのね!』
「そうみたいね。全く、目が痛くなるじゃないのさ」
心なしか、はしゃいでいるように思えるオルビットとは対照的に、コーダの心中は重苦しかった。
強すぎる色使いは、賑やかを通り越して圧迫感を覚える。広大な宇宙に身を置いていたせいか、狭いところは何となく苦手なのだ。
とはいえ、駄々を捏ねてずっと座っている訳にもいかない。コーダは飛び上がるようにして座席から立ち上がり、気合いを入れるために強く頬を叩いた。
ラルゴに盗られた〈オーヴァチュア〉を取り戻さなければ、この奇妙な世界に取り残されてしまう羽目になる。そんなの、冗談じゃない。
「私も行きたいのです、サラ」
貴賓用車両の前半分、寝室となっているスペースからフィーネの声が聞こえる。
ラルゴが襲撃してきたせいで中断した〝治療〟を続けると言って、サラバントがフィーネを連れて行ったのだ。
「お待たせしました、コーダ様。急ぎ、ラルゴたちを追いかけましょう」
扉を開き、先に現れたのはサラバントだ。着替えてきたのか、糊の利いた黒服に身を包み、腰には蛇腹剣と銃を下げている。
自分だけが汚いようで、不満が込み上げてくるものの、獣の耳と尻尾が僅かに焦げたままなのを見て取って、コーダは喉から出かかった皮肉を腹の中に戻した。
そのサラバントを押しのけて、フィーネが出てくる。
車椅子ではなく、ちゃんと二本の足で立っているのに『すごい治療ね』と、オルビットは素直に感心している。
だが、コーダは釈然としない気味の悪さを噛み締めていた。
華奢な体を支える足が履いている赤い靴には、確かな覚えがある。
「私、列車の中で見たのです。私にそっくりな、女の子。彼女は……」
「どうであれ、園内は危険ですので連れて行くことはできないのです。人造人間として、俺は主人を守らなければならない。おわかりください、マスター」
サラバントはフィーネの手を取り、長袖の上から口づけを落とした。
美しい金色の豊かな髪を持つフィーネは、菓子人形特有の白い肌と相俟って、絵本の中の姫君のようだ。
懐古主義を前面に出した内装は、それこそ、謁見の間を思わせる豪奢さで、二人を飾り立てる。
「でも、サラ」
「ここに、いてください。いいですね」
じっと、青い瞳を睨むように覗き込んで告げるサラバントに、フィーネは肩を落として、不承不承ながらも頷いた。
『なんだか、どっちがご主人なのか、わからなくなっちゃうわね』
「人造人間が、菓子人形に仕えていること自体、おかしいのよ」
菓子人形は初めて見たが、人造人間は案外どこにでもいる。
種類や性格はそれこそ様々だが、個人に付き従っているサラバントは異例中の異例だろう。一般的な人造人間は、与えられたシステムに付き従うものだ。
「話が決まったのなら、早く行きましょうよ。のんびりしてたら、列車に乗り過ごしちゃうじゃないの」
「申しわけありません、コーダ様」
念押しするようにフィーネの肩を叩き、サラバントがドアを開ける。とたん、入り込んできた甘い匂いに、コーダは咽せ返った。
「この匂い! いいかげん、うんざりしてくるわね」
鼻を摘み、サラバントの尻尾を追いかけて外へと出る。
『わぁっ、すごい! 可愛い!』
列車を降りてすぐ、コーダたちを出迎えたのは、巨大なアーチだった。
「移動歓楽施設〈エヴァジオン〉の、メインアトラクション。遊園地〈コンフィズール〉の正門です」
大木を思わせるアーチには、くどさの極みとしか思えない、微妙なディフォルメがされた動物たちで飾り立てられている。どれもこれも、原色をふんだんに使っていて、やたらカラフルだ。
とりあえず、アーチへと向かって歩き出したコーダは、少し離れた場所にもう一つ列車が止まっていることに気付いた。
ラルゴたちが乗っていた列車だろう。銀色の、アルミっぽい質感を持つ屋根が不自然に変形している。
「気は進まないけど、行くしか、選択肢がないようね」
「俺から離れないように、従いてきてください。入園パスを発行している時間がもったいないので、システムを少し弄ります。不正ですので、気は進みませんが」
と嘯くサラバントに張り付くようにして、レトロな回転扉をやり過ごしたコーダは、目に入ってきた巨大なオブジェに立ち止まった。
正八面体の、黒い石像。
地球の血液とも言えるマグマから産まれた、天然の
種子という意味を持つ御影石で作られた、〈エヴァジオン〉を
失われた惑星の痕跡を脳に焼き付けるように、言葉も忘れて凝視する。
「なぜ人間は、地球を失ってしまったんだろう。こんなに優しく、暖かいのに」
コーダは手袋を外し、素手で石像に触れた。ひんやりと冷たく、滑らかで硬いのに、どこか柔らかい感触を同時に覚える。
不思議な触感だ。初めて、オルビットに触れたときに、よく似ていた。
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