第9話 英雄と変態

「な、何だこれ…………」


 僕らの前にそびえ立つそれは天高くほぼ一直線に伸びていた。

 うねるように螺旋を描き、そこからは大きな叫び声が聞こえてくる。


「これに乗ります。覚悟の貯蔵は十分ですか?」

「もう帰っていいですか?」

「認めません」

「ですよねー……」


 そう、僕らは今、ジェットコースターの前にいる。

 新しくできた最新鋭の技術が施されたテーマパーク。その名も、『イーストマリンキャッスル』。

 その中でも一番人気があるこのジェットコースターは『約束された武士の切腹』というよくわからないネーミングだが、怖いという訴えはよく伝わる。


 いったい誰がこんな名前をつけたのか……一度顔を見てみたいものだ。


「――あら、涼太様に柚希様ではございませんか?」


 突然、聞き覚えのある声が僕と柚希の名前を呼ぶ。振り返るとそこには、純白のワンピースを纏った東城が立っていた。


「あ、まりりんだ! どうしたの?」

「ごきげんよう。少しこのテーマパークを見学させていただいております」

「さすがお嬢様。見学なんてできるんだな」

「いえ、ここは父が経営をしていますので」

「なんだ、そういう……えええええええっ⁉」


 経営だと?

 確かに考えてみれば、このテーマパークの名前って娘の名前をいじっただけだ。

 このジェットコースターの名前も東城の父さんが……。


「こんにちは。東城さんでよろしいですか? 私、上山高校生徒会長の霧咲桃華と申します」

「霧咲生徒会長でございますか? 初めまして、東城茉梨と申します」


 霧咲先輩と東城が挨拶を交わす。

 お互いになんて礼儀の正しい挨拶なんだ。

 僕の後ろに隠れている妹にも見習ってほしい。


「そちらはもしかして、涼太様の妹さんでしょうか?」


 東城は僕の後ろからひょこっと顔を覗かせている杏子に気づく。


「ほら、杏子。挨拶しなさい。大丈夫だ、東城は超優しいから」

「うー……」


 小さく唸りながらも、しぶしぶ了解し、東城の前に出る杏子。

 そんな杏子を見た東城は、緊張をほぐそうとしたのか、ここぞとばかりの最大限の微笑みを見せた。


「うっ! ま、眩しい……」


 杏子には眩しすぎたようだ。


「初めまして、妹の杏子です……。兄がいつもお世話になっています」

「初めまして、東城茉梨と申します。よろしくお願いいたします、杏子様」

「さ、さま? よろしくお願いします……お、お姉さま……」


 お姉さま? 何を理解してそうなった?


「では、さっそく乗りましょうか。東城さんもご一緒にどうです?」

「ええ、喜んで」


 そんなこんなで、東城を加えた五人で『約束された武士の切腹』に乗ることに。僕は乗ることを断ろうとしたが、霧咲先輩の威圧には勝てなかった。

 一番前の席に霧咲先輩と柚希、その次に東城と杏子、その後ろに僕が乗った。男一人だからという理由でこの席順に。ちなみに僕の隣には屈強な男性が座った。

 

「それでは、快適な旅をお楽しみくださいませ! みなさんご一緒に、――レッツ切腹!」


 なんて掛け声なんだ。武士に失礼すぎる。

 ガタン、という音からゆっくりとレールの上を動き出す。

 

「なあ少年よ。この前の女子四人は君の連れかい?」


 突然、隣に座った屈強な男性が僕に話しかけてきた。

 

「は、はい。そうですけど……」

「そうかそうか。青春じゃないか。君は今いわゆるハーレムというわけだ」

「いやいや、別にそんなんじゃ……」

「どこからどう見てもそう見えるぞ。少年はどの子がタイプなのかな?」

「タ、タイプ? 僕は選べる立場ではないですよ。それに一人は妹ですし。みんな僕にはもったいない高嶺の花ですよ」

「謙遜が過ぎるぞ、少年。男なら自分から行かなければ、幸せな人生など掴めはしないぞ。君には度胸が足りないようだな」

「は、はあ……」


 すると、男性はポケットから何かを取り出した。そして僕にそれを渡す。

 

「それを頭に被れば、君の度胸を鍛えることができる。それをこのジェットコースターが終わるまで被っていることができれば、君は英雄になれる」

「僕、英雄になりたいと思ったこと一度もないんですけど……」

「いいからとりあえず被りたまえ」


 男性はぐいぐいとそれを押し付けてくる。僕は男性の勢いに負け、丸まったそれを両手で広げた。


「――っ⁉」


 僕はそれを見て絶句した。

 その白い布。

 ――そう、女性のパンツだった。


「あの、これ……どうしたんですか?」

「犯罪はしていないぞ。ちょいと娘のものをくすねてきただけだ」

「いや、それ十分犯罪だと思います!」

「そんなことはいいから、早く被りなさい。もう落下するぞ」


 と言うと、男性は僕に無理矢理パンツを被らせる。

 これじゃあ僕、変態だ。

 そんなことをしていると、ジェットコースターは最初の頂点までたどり着く。

 もうパンツを取る暇はない。僕は身体を固定するレバーに両手をかける。

 僕は最後に気になっていたことを聞く。


「っていうか、あなたは一体誰なんですか?」

「私かい? 私はここのオーナーだ。よろしく!」

「オ、オーナー? ……オーナー⁉」


 ここのオーナーってことは、東城のお父さん⁉

 つまり、このパンツって――、


 ジェットコースターが本性を表した。

 入り組んだレールの上を駆け抜ける僕らを乗せたジェットコースター。

 ぐるぐると回ったり、真下に落下したり、天地が逆になったり……。

 もう何が起こっているのか、わからなくなった。


 気付けば、僕は気絶していた……。


 ――トントンと肩を叩かれる。


「ここは天国? ああ、短い人生だった……」

「何を言っている少年。喜べ、君は英雄になったのだ」


 英雄? 僕はただの高校生だ。何かした覚えはない……。


「なあ、君たち。連れを正気に戻してやりなさい」

「すみません、ウチの兄が。ほら、兄さん降り――、え?」

「どうしましたか、杏子様――、え?」

「まりりん? どうしたの? 涼ちゃんに何かあった――、え?」

「みなさん、どうかいたしましたか? 岡島くんが――、ぶっ!」


 みんなが僕を見て固まる中、霧咲先輩だけが吹きだす。

 なんて失礼な人なんだ。


「お、岡島くん……その頭は一体、ふふっ……どうしたの?」

「頭?」


 僕は自分の頭を手でなでるように確かめる。


 あ。


「何を固まっているんだ、茉梨。彼は英雄になったのだ。称えてやれ」

「お、お父様っ⁉ いつの間に……」

「後ろに乗っていたのに、気付いていなかったのか。彼と楽しく会話をしていたのだがな。ああ、ちなみに彼の頭のパンツはお前のだぞ」

「――ひゃえっ⁉ お、お父様、なんてことを! それを涼太様が……」

「ち、違うんだ東城……これには理由があって……」

「ひ、ひどいっ!」

「東城っ!」


 東城はそう吐き捨てると、その場から走って去っていった。

 お、終わった……。


「兄さん、最低です。そういうのは家の中だけにしてください」

「やってないから!」

「涼ちゃんにそんな趣味が……なんで私のじゃないの?」

「趣味じゃないから! 事故だから!」

「なるほどね、そういうプレイもありかしらね……ぶふっ!」

「いつまで笑ってるんですか!」


 とにかく、東城を追いかけなきゃ。謝らなきゃ。


「少年よ、私もやりすぎたと思っている。済まない。だが、今行くべきなのは少年であって私ではない。茉梨を頼めるかい?」

「当然ですよ、僕も悪いんですから」

「その前に少年。パンツを回収させていただこうかな」

「ああ、そうでした……」


 僕は頭に被っていたパンツを取り、お父さんに返そうとした。

 だが、そこに三人が介入して、


「「「それは私たちが受け取ります!」」」

「「は、はい。」」


 僕は三人にパンツを渡すと、一目散に東城を追いかけた。

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