第2章〜夏〜
第20話 ヤンデレとあやしき転校生
季節は夏。
外から聞こえてくるのは夏らしい蝉の鳴き声。
制服の衣替えも終えて、皆半袖姿だ。
あの報告会の一件からもう二ヶ月ほど経っただろうか。
生徒会副会長になった東城はその職務を要領良くこなし、もう誰が見てもふさわしいくらい板についていた。
それに比べて柚希は大人しくなり、僕とはまったく言葉を交わさなくなってしまった。
髪色も金色からもとの茶髪に戻り、何事もなかったかのよう。
僕を避けるようにしてタイミング良くいなくなり、あの時の言葉の意味を聞きたいのだが、それができずにいた。
「なあ東城。最近柚希と話してる?」
「最近は確かにお話をしていませんね。私の手が空いた時はいつもお姿を見かけないもので」
東城すら避けているのか。
だとすると当然、霧咲先輩も避けているのだろう。
でもこのままじゃいけない気がする。なんとかして元通りにしなきゃダメだ。
僕は柚希の幼馴染なのだから。
そんな中、教室では今日からこの学校に来た転校生の話題で持ちきりだった。
桃色に染まった髪を白いリボンで結ぶツインテールの女の子。
胸は控えめだが、スタイルが良いとも言える華奢な身体。
どちらかというと可愛い系の顔立ちでアイドルになったら売れそうな雰囲気だ。
クラスの男女が入り混じるように彼女の周りを取り囲む。漫画などでよく見る光景だ。
「ちょっとごめんなさい。避けてくれる?」
その群れの中を掻き分けるようにして輪を抜けた安屋敷は、自席で一人突っ伏して寝ていた柚希のところへ歩み寄った。
肩を叩いて柚希を起こすと、覗き込むように顔をじっと見つめる。
「ねえあなた、名前は?」
「柚希……宮原柚希……」
「柚希、あなたどうしたの? 病んでるの?」
「……は?」
「顔がそう言ってるのよ。原因は何? 人間関係が難しくなっちゃった? あ、もしかして恋?」
「あなたには関係ないでしょ」
「図星だった? ねえ、相手は誰? 教えて」
「…………」
安屋敷は柚希に質問責めをし続ける。
しかし柚希は一向に口を開こうとしない。
僕はその光景に対して嫌悪感を覚え、居ても立っても居られずに二人の間を割って入った。
「なあそれくらいにしないか安屋敷さん? 柚希は頑固なところもあるから、そんなことをしても口は開かないよ」
「あなたは誰?」
「僕は岡島涼太。君のクラスメイトでもある」
「ふーん、あなたがそうなのね……。ごめんなさい、私はただ柚希と友達になりたかっただけなの。気分を悪くしたなら謝るわ」
安屋敷は僕と柚希に一礼すると、何事もなかったかのように自席に戻った。
「なんだったんだ? ……柚希、大丈夫か?」
「……なんでそんなに優しくするの?」
「なんでって……そんなの昔から一緒にいるからだろ?」
「……あの時の私を見たとしても?」
あの時とはたぶん報告会のことだろう。
柚希が火種をまいたような発言を僕にした。真相は未だに掴めていないが、どのみちはっきりさせなければならない。
「柚希、緊急会議だ」
「へ?」
「今週の日曜日、うちに来い!」
その一声は意外にも教室中に響いたようで、周りから煽られる。
そんな中、安屋敷がこちらを見てにやっとしたように見えた気がした。
☆☆☆☆☆
「なんか多くない?」
僕は今自分の部屋にいる。
約束通り日曜日に柚希を呼んだのだ。
良い機会だと思い霧咲先輩と東城も呼び、四人で話をしようかと思ったのだが、多い。
三人多いのだ。
その三人とは、まず我が妹の杏子。
まあ杏子は自分の家なのだから、百歩譲って良いとしよう。
しかし次がイレギュラーすぎる。
杏子の親友、小谷野沙耶ちゃんだ。
たまたまとはいえ、今日うちに遊びに来ていた沙耶ちゃんがなぜ僕の部屋にいるのか?
杏子の部屋で遊べばいいものの、なぜこちらに混ざっているのか。不思議でしょうがない。
そして最後の一人。
転校生の安屋敷林檎だ。
彼女こそなぜここにいると言いたい。
霧咲先輩と東城にうちへ案内するため、駅で待ち合わせていたところに彼女がやってきた。
話の流れでつい一緒に連れてきてしまったが、安屋敷がここにいるのは不適切であり、僕も僕で誘拐やナンパじみたことをしてしまったと後悔している。
とにかく僕の部屋の人口密度が高すぎる。
こんな大人数を入れるキャパシティには設定されていない。
六人の女子が僕の部屋にいる。こんなこと今までにあっただろうか。いや、ない。
たまたま休みだった母さんがにやにやとしながら飲み物やお菓子を置いていった。
後でいじられるに違いない。
「というわけで兄さん会議を始めます」
「なんで杏子が仕切ってんだよ。それに僕の会議ってどういうことだ?」
「兄さんが女性を家に連れ込んでいるから、てっきりそういう場なのかと」
妙な言いがかりだな。
それよりもどうしたことかこの状況。
このメンツ、僕としては全員顔見知りなのだがみんなは違う。
とくに沙耶ちゃんは僕と杏子以外知らない人間で年上だ。この場に最もふさわしくない。
早めに杏子と一緒にこの部屋から出さなければ。
「おい杏子。何か適当な理由つけてここから沙耶ちゃんを出してやれ。ついでに杏子も」
「何でですか? 沙耶ちゃんは自分の意思でここにいるんですよ。尊重してあげてください……ついでって何でよお兄ちゃん!」
「――そこの兄妹はこそこそと何をしているんですか?」
僕と杏子がこそこそと耳打ちしていたところを霧咲先輩に注意された。
続けて霧咲先輩が言う。
「というわけで、このメンツで夏の定番、海に行きたいと思います!」
というわけで⁉ まだ何も話をしていないというのに何かまとめられた⁉
しかもこのメンツで?
「いきなりどういうわけですか⁉ 今日はただ柚希に話があっただけなのに……」
「私としては嬉しいなあ。まだ転校してきたばかりで友達も少ないし……」
僕の言葉を掻き消すかのように、安屋敷が言葉を漏らす。
「私も海行きたいです……」
それに続くように、沙耶ちゃんが小さく手を挙げて賛成する。
悪気がないのはわかるが、この場面では当初の目的をなかったことにする追い討ちとなる。
「私はやめておきます」
柚希がそう呟いた。
「なぜですか?」
霧咲先輩は真剣な顔つきで柚希を問う。
柚希はその眼差しを嫌うように俯いた。
「あなたがあの報告会の一件に関わっているからですか?」
「……知らない」
「少しでも悪いと思ったから、嫌われたと思ったから、あなたは私たちを避けている」
「…………」
「ならなぜあなたは今ここにいるのですか? 謝ろうと思ったのではないですか?」
「……うるさい」
「でも今の発言で、あなたは謝る絶好の機会を失った。あなたはとんだ臆病者ですね」
「うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいっ! いつもいつも私の邪魔をして、何が楽しいの? 本当に邪魔! 私と涼ちゃんの間に割り込んでこないで!」
「――あははははははははっ!」
突然安屋敷が不気味に笑い出す。
不穏に静まり返った僕の部屋に響き渡る安屋敷の笑い声。
「いったい何がおかしいの?」
柚希が鋭い目つきで安屋敷を睨みつける。
僕は一応乱闘になった時のために立ち上がる準備をした。
「だっておかしいじゃない。柚希って岡島にお似合いなのは私しかいないと思ってるんでしょ? 自分が一番で他の人なんかどうせ見下しているただの傲慢な人間。違う?」
「違う! 私はただ――」
「ただ……何? 柚希はわかっているの? あなたのそれは一方的な自論の押しつけ。本当に相手は同じことを思っているの?」
「うっ……」
「その辺にしておきなさい安屋敷さん」
霧咲先輩がその場を収めるような声を張った。
僕以外の前でドSモードの霧咲先輩が出ることがあっただろうか。
安屋敷は素直に黙り、再びこの部屋に沈黙がおとずれた。
東城がゆっくりと口を開く。
「そ、それでは後日、みなさんで海に参りましょう。場所などはうちの者に手配させますので、みなさん奮ってご参加ください……」
結局集まった意味はあったのだろうかと問われれば、なかったと言わざるを得ないほどの短時間で今日は解散となった。
海に行く日は八月の頭。東城からそう連絡が来た。
全員が来るとは到底思えない。
その日が訪れるのはもうすぐだ。
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