第27話 兄と妹
ジェットコースター『約束された武士の切腹』を降りた僕らは近くのベンチでひと時の休息を取っていた。
「パンツかぶらなくても乗れましたね」
「当たり前だろ。そんな
「そんなことよりお昼の時間です。私が作ったお弁当を食べましょう」
「私が? 母さんが作ったんじゃないのか?」
「私ですよ。知らなかったんですか? 兄さんが二度寝をしている間に作りました」
「お前が窒息させたんだろ」
僕は呆れながらもリュックから杏子が作ったという弁当を取り出す。
蓋をあけると、白いごはんの上にハートマークの形で桜でんぶがふりかけられていた。
「これはまた……」
「なんですか? 文句があるのなら食べなくていいです」
「そんなことはないよ。いただきます」
僕は卵焼きを一つ箸でつまみ、口へと運ぶ。
その様子を杏子が横でじっと見つめていた。
「お、お味はどうですか?」
「うん、おいしいよ」
「それは良かったです」
「料理できたんだな。知らなかったよ」
「お母さんに紹介してもらった北海道に住んでいるお爺さんに習ったの」
「なんでそんな修行みたいなことしてるんだよ。普通に母さんに教わればいいじゃないか」
「『ガチャを回すために、高難易度のクエストをやらなきゃいけない使命が今、私にはあるの!』って言われたの」
「子育て放棄かよ! 料理くらい教えてやれよ!」
「ちなみに北海道のお爺さんも同じゲームをやっていて『クエスト? そんなものクソくらえじゃ。金さえあれば回せるんじゃよ』という名言らしきことを言っていたわ」
「ただの廃課金者じゃないか」
ということは、母さんとそのお爺さんはゲーム内で知り合ったのだろう。
そんな顔も知らないお爺さんのところに実の娘を一人で行かせるとは、なんて無慈悲な母親なんだ。
「……兄さん」
「なんだ?」
「ちょっと今、手が痺れちゃってお箸がうまく持てないの。食べさせてくれる?」
「何を言っているんだ君は?」
「本気よ。私はいつでも本気。マジで手が痺れてるのよ」
「その割には全く顔が歪んでいないな」
「顔は歪んでなくても、私の手の周りに電気みたいなやつが走っているの。アニメや漫画でよくあるじゃない。ピリピリってなってるやつ。だから問題ないわ」
「逆にそれが目に見えてる時点で問題だよ」
「食べさせてよ!」
「素に戻ってるぞ杏子。落ち着け」
「臼と杵がないよ」
「餅つけなんて一言も言ってないから!」
杏子はいつも僕と二人きりになると、甘えたりからかったりしてくる。これが兄妹の本当の形なのかどうかはよくわからない。やはり家庭の事情に左右されるのだろう。
杏子が生まれた頃、父親が家を出て行ってしまった。僕もあまり顔を覚えていない。
母さんは僕ら二人を育てるために仕事を熱心に頑張っていたから、杏子の側に長くいてやれるのは僕だけだった。それが今でも続いている。
ローカルアイドルを始めたのも、少しでも母さんに楽をさせようとする優しい気遣いがあったからだ。本人はつまらないと言っているけど。
「あ、兄さん。お茶がなくなってしまったので、飲み物を買ってきてください」
「僕が行くことは確定なのね。ちょっと待ってて」
僕はベンチから立ち上がり、飲み物を探しに行った。
☆☆☆☆☆
お兄ちゃんに褒められたっ!
これで女子力高いって証明できたよね。
私、やればできるじゃん。
辺りを見回すと、チラホラカップルが視認できる。私とお兄ちゃんも客観的にはそう見えるのかな。
もうすぐ向こう側の通りでパレードが始まる。そこでお兄ちゃんと腕組んじゃおうかな〜。大胆すぎるかな……。
はあ。お兄ちゃんってやっぱり霧咲さんみたいな人が好きなのかな。人望も胸もあるし。
でも本性は怖い。というか、ドSっぽかった。
お姉さまもアリなのかな?
まさかお兄ちゃん、お金目当てで狙ってたりしないよね? それはないか。
柚希お姉ちゃんは……愛が重いというかなんというか。でもお兄ちゃんは気にしてはいないみたいだけど。
はあ、私は脈ないのかなあ。
まあ妹だからなあ。いずれは杏子もお兄ちゃんに甘えられなくなるんだよね。まだ先のことだけど、寂しくなるよ。
「……ん?」
突然、太陽が雲に隠れたのか少し暗くなる。
顔を上げると、見知らぬ男の人が立っていた。
メガネをかけ、チェックのシャツを着た太めの人が鼻息を荒くしてこちらを見ている。
「あの、どちらさまですか?」
「え、えっとぉ〜、ローカルアイドルの杏子ちゃんだよね」
「は、はい。よくご存知で……」
「でゅふふ……ぼ、僕、君のファンなんだよね。あ、握手してもらってもいいかな?」
「ま、まあ握手くらいなら……」
ちょっと気持ち悪いと思いつつも、私は右手を差し出した。
男はそれを両手で包み込むようにして握る。
私は手汗でヌメッとした手に嫌悪感を覚え、苦笑いをする。
「ウホホッ、やわらか〜い! これが現役JCのおてて……しゅ、しゅばらしい!」
「あ、あの、もういいですか?」
「ま、まって。この手に頬ずりしてもいいかな?」
「や、やめてくださいっ! 気持ち悪いので」
私は強引に男の手を振り払った。
男は顔をしかめ、こちらを睨みつける。
「は? ファンには優しくしないとダメだろ? なんでそんな嫌な顔をする? キモいデブはダメでさっき隣にいたイケメンでもない男にはテレビでも見せない笑顔を見せるのか。テレビでの君は偽りの仮面をかぶったただの臆病者だろ。生意気なクソガキは黙ってファンに優しく接していればいいんだよ」
「なんでキモデブなんかに優しくしなきゃならないのよ。気持ち悪いに決まってるでしょ」
「ああそうなんだね……でゅふふ、いいこと思いついた」
「な、何よ……」
すると、男は私の両手を掴んで、グッと顔を近づけた。
「い、いやっ! 離して!」
「JCのくせに生意気なおっぱいをもってるじゃないか。僕が揉んであげるよ」
「何言ってるのよ。こんなに人がいるところで。私が大声を上げればすぐに……」
「人? なんのことかな?」
「えっ?」
先ほどまで人が歩いていたのに、今は誰もいない。私とこの男しかいない。
向こうの通りから愉快な曲が聞こえてきた。
そ、そうか! もうパレードが始まっているんだ!
「そうだ。ここにはしばらく誰も来ないだろう。パレードの音もでかいし、声は響かない。僕と二人きりだ」
「――ひっ!」
恐怖で私の身体が震えた。
身の危険を感じるというのはこういうことなんだ。涙も溢れてきた。
こわい。どうしよう……。
「ファンとの触れ合いも大事だ。JCのおっぱい……この際だから、その柔らかそうな唇も貰っちゃおうかな〜でゅふふ」
「やめてっ! いやだ!」
「それじゃあ、触っちゃうぞお〜」
ゆっくりと男の汚い手が私の胸に近づいてくる。もうダメなのかな?
「助けてお兄ちゃんっ!」
私の声はむなしく、パレードの音に掻き消された。
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