第28話 自慢のお兄ちゃん
「杏子は炭酸だよな」
自動販売機のボタンをポチッと押すと、ガランという音とともにペットボトルが取り出し口に落ちてきた。
ペットボトルを取り出し、太陽に熱せられた身体を冷やすため、それを額に密着させる。
なんて気持ちいいのだろう。
「さ、早く戻らないと杏子が駄々をこね始めるからな」
自分の分も同様に購入し、足早にその場を立ち去るつもりだったが、なにやら賑やかな音が聞こえてきた。人もその音に惹かれるようにたくさん集まってきている。
午後のパレードが始まったようだ。
ここのマスコットキャラのマリンくんが曲に合わせてアクロバティックなダンスを披露しており、大技を決めるたびに観客から大きな拍手が響き渡る。
立ち止まって最後まで見たくなるようなパレードではあったが、杏子も見たがっているに違いない。早くも戻らなきゃ。
かきわけるように人の流れとは逆方向に進み、杏子が待つベンチに戻る。
遠くからベンチが見えるところまで行くと、太った男が杏子と何か話をしているのが見えた。
アトラクションの場所を訪ねているのかと思った次の瞬間、男は杏子の手を掴み上げる。
杏子の悲鳴が聞こえた。
助けなきゃ!
だけどどうする?
あの体格からして明らかに男の方が力は上だろう。
僕が行ったところで何もできず一方的にやられるのが、オチだろう。
早くしないと杏子が……。
「助けてお兄ちゃんっ!」
その声を聞いた瞬間、僕の身体は無意識に前へと進んでいた。
「やめろ!」
「ん?」
「お兄ちゃん!」
男は僕の声に気づき、後ろを振り向く。
メガネをかけたデブ男だった。
「なんだお前?」
「それはこっちのセリフだ。妹に何をしているんだ?」
「お兄さんか。何って僕はファンサービスを受けているに過ぎない」
「杏子の手を掴んで襲いかかることのどこがサービスなんだ! 今すぐ手を離せ!」
「あーもう、うるさいな。ちょっと黙ってろよ」
男は杏子の手を離し、僕の方へ向かってきた。
よし、こっちに来い。
僕はゆっくりと引き下がりながら、杏子から距離をとっていく。
良い感じ、良い感じ……うわっ⁉︎
踵を地面に引っ掛けてしまい、転んでしまった。
「へっ! 情けないねーお兄さんっ!」
ドスッと、重い男の蹴りが僕の頰に命中した。
「ぐふっ!」
「お兄ちゃんっ!」
「妹の前でカッコいいところ見せてあげないとねえお兄さん?」
「……いやいや、そんなつもりはないよ」
「は?」
僕は笑みをこぼして、よろけながらゆっくりと立ち上がる。
痛む頰を手で押さえながら、鋭い視線で男を睨みつけた。
「僕はカッコよくなんてない。カッコよくなくていい。僕は杏子の兄としてお前の行動が許せないだけだ」
「兄妹揃って生意気だな。年上には敬意を払えよ」
「メガネを外せよ」
「急にどうした?」
「お前の顔を殴った時、メガネが割れて血だらけになっても知らないぞ」
「ふん、殴れるもんなら、殴ってみろよ。痛くないだろうけどな、あははは!」
男は笑いながら、メガネを外した。
その瞬間、僕は数分前に買ったばかりの炭酸を男に向けて噴射させる。
ブシャァッと音をたてながら、勢いよく噴射した炭酸は男の目に直撃する。
「うわっ⁉ 痛えええ!」
「レモンたっぷりだからな」
男との会話中にこっそりとペットボトルを振っていたのだ。
こんなにもうまくいくとは。
両手で目を押さえながら男が悶絶している間に、僕はある人に電話をかけた。
プルルルルッ!
「あ、もしもしベンさんですか? 今すぐこっちに来れますか?」
「――はい、何でしょうか?」
ベンさんの声が電話からではなく後ろから聞こえたことに僕は飛び上がりそうになるのを必死にこらえる。
僕が事情を話すとベンさんは男を拘束し、少しすると警察がやってきて連行されてしまった。
「お兄ちゃんっ! 怖かったよお!」
杏子が安全を確認すると、すぐさま僕に抱きついてきた。
いろいろ当たっているんだけど……。
「大丈夫か杏子? 怪我はない?」
「私は大丈夫。手が汚れただけ。でもお兄ちゃん、ほっぺが……」
「ああ、痛むけど大したことはないよ。遅くなってごめん」
「ううん、カッコよかったよ」
「僕は結局ベンさんに頼る選択しかできなかった。最善の選択だったんだ」
「たとえベンさんに頼ったとしても私にとってお兄ちゃんはいつでもカッコいいお兄ちゃんだよ。私の自慢だもん」
杏子はまぶたを赤くしながらにっこりと笑顔を浮かべる。
杏子の笑顔を守れたことにホッと一息ついた。
一仕事を終えたベンさんがこちらにやってくる。
「ベンさん、ありがとうございました」
「いえ、こちらこそ園内の懸念されていた部分の解決にご協力いただき、感謝を申し上げます」
「僕の呼びかけにも答えてくれるなんてびっくりですよ。来てくれるか心配しました」
「お嬢さまから涼太さんの手助けをするようにと命を受けていますので」
「東城が僕を……?」
「恩を感じているのでしょう。お嬢さまのお話にはいつもといっていいほど……おっと失礼、別件が入りましたので、またお会いしましょう」
「はい、ありがとうございました」
僕がお礼を言うと、ベンさんは一瞬にして姿を消し、どこかへ行ってしまった。本当に人間離れしている。
「さ、落ち着いたところで、パレードを観に行こうか」
「うん、お兄ちゃんっ! でもその前に……私、飲み物を頼みましたよね?」
「突然の外モード⁉ の、飲み物は……」
杏子が飲むと思った炭酸は先ほど男を撃退するために使ってしまい、中身は空だ。
杏子は目を尖らせてジリジリと身体を震わせる。
その威圧により自分は今鳥肌が立っているのがわかった。
「僕のでよければ……飲む?」
「しょうがないですね。じゃあ口移しでお願いします」
「――自重しろ」
全く困った妹である。
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