第29話 文化祭の準備

「さあ! ついに! 念願の! ……文化祭です」


 霧咲先輩が声高らかに発言したかと思うと、最後はまじめにシュンとなった。


 夏休みが終わり、季節が秋へと変わりかける頃、年に一度の上山高校一大イベント、通称上山祭の準備期間に入る。

 それと同時に生徒会室の空気が殺伐として、みんなが顔をしかめ始めるのだ。


 各クラスの出し物の集計となるべく丸かぶりしないようにバランス調整、体育館を使用したい文化部のスケジュール構成などやることは多岐にわたる。

 その中でも最も厄介なのは、予算だ。

 計算やらなんやらが非常にめんどうで難しい。

 霧咲先輩と会計の生徒が頭を悩ませていた。


 そんな生徒会の中に僕がいる理由は、決してペットという役職に落ち着いたわけではない(と僕は思っている)。

 この間イーストマリンキャッスルで杏子が不審者に襲われた時、ベンさんに手助けをしてもらったお礼に何か手伝うことはないかを東城に主張したところ、生徒会の手伝いをお願いされたのだ。

 生徒会は人手が足りないようで、以前の僕の貢献が好評だったようだ。

 まあ近いうち、霧咲先輩に命令されるだろうなと薄々思っていた矢先のことだったので、嫌々やるよりはよほどマシだ。


「じゃあ岡島君。この書類の整理を頼めるかな?」

「はい、わかりました」


 どっさりと大量の書類を僕に渡してきたのは、書記の安藤あんどう春樹はるき先輩だ。メガネをかけた真面目そうな男の先輩。ただちょっと難点があるようで……。


「いやー、男が俺しかいなかったから岡島君が来てくれて助かったよ。俺の仕事も捗っちゃうなあ」


 そう笑顔を見せながら、僕と肩を組んできた。

 その拍子にちゃっかりと僕の右の胸あたりを撫でるように触ってきた。


「は、はあ。仕事しましょうね……」


 僕は流すように先輩の腕をどかして席へとついた。

 そう、安藤先輩はなのだ。その噂は割と学校の中に広まっているほど。こ、怖いなあ。


「はあ……はあ……」


 とある視線が鼻息を荒くしながらこちらを見つめていた。

 霧咲先輩の隣に座っている会計の武田たけだゆき先輩だ。

 ちょっと背の低い可愛らしい女の先輩だが、なんで鼻息が荒いのかわからない。

 そんな武田先輩を見て霧咲先輩が口を開く。


「安藤くん。ここで雪が喜ぶような行為は慎んでほしいのだけれど」

「おっとつい。善処します」

「全力でお願い。雪も集中するなら仕事にして」

「うぃ〜」


 武田先輩はいわゆる腐女子というやつか。だから僕と安藤先輩がくっついたことであんなに鼻息が……。

 ていうか、ここの生徒会って変態しかいないじゃないか。大丈夫か、この学校!


「涼太様、お手伝いしていただきありがとうございます。皆さんで協力して頑張りましょう」

「ああ、頑張るよ」


 東城がにっこりと笑顔を向けてくる。

 まあ大変そうだけど、楽しくできそうだ。


☆☆☆☆☆


「涼ちゃん、最近頑張ってるねえ」

「まあな。生徒会の仕事もやってみたら意外と楽しいからな」

「うんうん、充実してる!」


 生徒会の手伝いを始めて三日経った昼休み、笑顔の柚希が親指を立てる。

 最近は心が安定していて、特に目立ったところはない。普通の女子高生だ。

 みんなで海に行って、卓球もやって、結果的に心の壁のようなものがなくなったのかなと思う。良い傾向だ。


「あんたもう、生徒会に入っちゃったほうがいいんじゃない?」


 割り込んできた安屋敷がニシシと歯を見せて笑う。


「僕はあくまで手伝いだからな。良い扱いを受けているからであって、実際に所属したらもっと忙しいのかもしれないぞ」

「それは霧咲先輩がいるから……なのかしら?」

「おい安屋敷……」

「涼ちゃんは生徒会長に気に入られているからね〜。スカウトされちゃうかも?」

「まさかそんなことはないだろー?」

「だよねー。あ、私先生にノート出してくるから。またあとで」


 柚希はノートを片手に手を振りながら、教室を後にする。

 その様子を見届けると、安屋敷が僕の机に腰をかける。


「あんまりカマをかけるのはやめてくれないか?」

「さあ、なんのことかしら? 何か不都合でもある?」

「ああやって、また柚希がおかしな方向に行ってしまったら――」

「それよりも、文化祭楽しみねえ。頼むわよ、生徒会のお手伝いさん……」


 そう言い残すと、安屋敷は立ち上がって教室で仲良く話している別のグループに混ざっていった。

 安屋敷は本当に何を考えているのかわからない。不思議な人物だ。


 放課後。

 僕はいつもどおり、生徒会室を訪れた。

 中には霧咲先輩だけ。他の役員はまだのようだ。


「あら、オカピ。早いのね。社畜かしら?」

「誰が社畜ですか。僕は手伝いですよ」

「手伝いじゃなくてオカピでしょ? いい加減認めなさい」

「だから僕はオカピじゃな――」

「黙りなさい」


 はい。

 というか、いつまでこのやりとり続ける気なんだ。霧咲先輩は相当気に入っているようだが。


「そういえば、あなたのクラスの安屋敷さんなのだけれど……」

「え? 安屋敷がどうかしたんですか?」

「いえ、やっぱりなんでもないわ」


 霧咲先輩が珍しく言い止まる。明らかに歯切れが悪い。でも僕が追求する必要はないだろう。安屋敷には僕も気を回すつもりだから。


「さあ、残りも頑張りましょう。霧咲先輩!」

「……あ、あら、オカピのくせに私を先導しようと言うの? 生意気なオカピには文化祭で女装してもらおうかしら?」


 と言いながら、アイドルが着るようなフリフリの衣装をどこからともなく取り出した。


「嫌に決まってるじゃないですか。そんなの絶対着ませんよ」

「似合うと思うのだけれど」

「マジの表情でこっちを見ないでください!」


 楽しい楽しい文化祭がついに始まるのである。

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