第10話 初めての告白

「待ってくれ! 東城!」


 僕は全力で東城の背中を追う。

 声は届いているはずなのに、東城は走るのをやめない。

 僕は叫び続ける。待ってくれと。


 結局、僕の脚が東城の脚を上回り、東城の手を掴むことができた。

 振り返った東城の目には涙が浮かんでいた。


「涼太様はなぜあのような真似をしたのですか? 私には理解できません」

「そうだな……僕にも理解できない」

「それでは答えになっていません!」


 僕は東城に初めて怒鳴られた。

 確かに答えになっていない。

 あの場で東城のお父さんに流された僕が悪いのは事実だ。


「まずは謝らせてくれ。本当にごめん」


 僕は誠意を込めて深々と頭を下げた。

 東城は何も言わず、僕を見ているだけ。


「僕に下心があったわけじゃないんだ。直前まで下着だったなんて知らなかったし、被らされたころにはもうジェットコースターが始まっていた。隣にいたのが東城のお父さんとも知らなかった。あと、と、東城のだってのも……知っていたら被ってもいなかっ――」

「私の物では嫌なのですか?」

「そ、そういう意味じゃないよっ」

「涼太様は私のことをどう思っていらっしゃるのでしょうか?」

「えっ?」


 東城はまっすぐと僕を見つめてきた。

 どう思う?

 この質問の意味はいったい……?


「……美人で清楚なお嬢様」

「そうなのですね……」


 間違えたか?

 そのままの印象を答えたつもりだったのだが……。


「涼太様に……私は、告白します」

「こ、告白っ⁉」


 告白って、もしかして……⁉

 さっきの質問からのこの流れ……もうそれしかない。

 東城は僕のことを……。


「私も涼太様と同じなのです……」

「同じって……?」

「今日の私、つけていないのです……」

「……何を?」

「何って、言わせないでください……」

「……ん?」


 あれ? 話が見えない。

 告白って、こんな感じだったっけ? されたことないからわからない。

 こんなこと言いたくないけど……。


「は、はっきりと言ってほしいな、なんて……」

「あ、はい……う、うぅ……」


 顔を真っ赤にして恥じらう東城。

 こんな東城を見たのは初めてだ。

 そして決心したのか、うんと力強く頷くと、笑顔で言い放った。


「今日、私は下着をつけていませんのっ!」


 …………………………………。


 ………………………………………………。


「えええええええええええええっ!」


 つけてない?


「えええええええええええええっ!」


 僕は大事なことと思ったのか、二回驚いた。

 告白って、そういう告白⁉

 僕はてっきり……。


「なぜそのように驚かれるのでしょうか?」

「いやいやいや、驚くから。もっと驚いてもいいくらいだから」

「涼太様とは良いお仲間になれそうです」

「お仲間ってどういう……?」

「え? 涼太様も私と同じ変態なのですよね? 種類は違えども、根元にある欲望はご一緒のはずです」


 そうか。

 東城は僕のことを変態だと思ったのか。

 女性ものの下着を頭に被って、周りに見せびらかして喜ぶタイプの変態だと。


 大きな誤解だ……。

 早く誤解を解かないと……待て。

 今、僕が誤解だと言ったら、東城はどうなるだろう?

 勘違いで口走ってしまった自分を悔やんで、もう外にも出られなくなってしまうかもしれない。

 この場は――、


「涼太様、私たち二人の秘密にしましょうね? 他の方々に打ち明けるのにはまだ抵抗がありますので……」

「う、うん。そうだね……」


 東城は笑顔ですっきりとしていた。

 こ、これでいいんだ……たぶん。


 ちょっと待て。良くないだろ。

 今、目の前にいる東城は何もつけてない⁉︎


「な、なあ東城? もう帰らないか? もう見学も十分だろ?」

「いいえ。まだアトラクションはありますので、もう少々見学をしてみたいです」

「でも、アトラクションに乗ったら、他の人に裸体を晒してしまう可能性もなくはないぞ?」

「そのドキドキのスリルがたまらないのですっ」


 へ、変態だ。

 けど、単なる露出狂じゃないことが唯一の救いか。


「透けたりしないのか?」

「それはもちろん布の分厚いものですよ。涼太様は透けるものをご所望ですの?」

「ああ、ごめん。なんでもない」


 でも、どうしよう。

 このままじゃ、東城が止まらない。

 ここは応援要請を出そう。


 僕は携帯電話を取り出し、杏子に着信をかける。

 プルルルル……ピッ!


「もしもし杏子? 今どこにいる?」

「なあブラザー、アイキャンフライって知ってるか? 人間だって空を飛べるんだぜ?」

「昨日の映画のセリフはどうでもいい。現在地を教えてくれ」

「こちらスアンズ。敵のふところに入った。これより、基地の制圧を実行する。どうぞ」

「ゲームのセリフもいらん! 今いる場所を教えなさい」

「妹のジョークにもノってくれないダメな兄さんにジョブチェンですか? ああ、すみません。変態になったんでしたね」

「居場所を聞く以前になんでジョークを挟む必要がある?」

「はあ、つまらない。今は『煩悩寺のベン』にいます。そっちの用が済んだなら早く来てください。もう疲れました」

「わかったよ。今すぐ行く」


 僕は電話を切ると、入園時にもらったパンフレットで場所を確認する。


「東城。『煩悩寺のベン』に行くぞ。みんなが待ってる」

「わかりました。今すぐに行きましょう。楽しみです」


 僕らは足早に『煩悩寺のベン』に向かった。


 ……ベンって誰だよ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る