第25話 卓球対決③-霧咲VS柚希ー

 普通のジャンケンではなかった。

 どうしてこんなにも気迫というかオーラみたいなものがバチバチとぶつかっているのか。


 遊びの卓球だというのに、睨み合う二人はまさに野生の獣のよう。

 楽しそうにしている獣ではない。殺し合いをする獣だ。


「この大将戦ですべてが決まる! まさに運命の一戦です! 解説の涼太さんはこの対決、どのように見ますか?」

「そうですね、一見万能な霧咲先輩に分があるように見えますが、柚希はバリバリ運動ができますからね。一概には言えないです」


 しかし霧咲先輩を睨んでいるものの、柚希の目は何か煌びやかとしていた。

 浴衣の裾を捲り上げてやる気に満ちている柚希に対して、霧咲先輩は冷静を装いつつ、密かに闘志を燃やしている。

 最初のサーブは柚希からだ。


「いくよ、生徒会長!」

「どこからでも来なさい、ひねくれ娘」


 もう御構い無しに本性を見せる霧咲先輩を見て、みんなが唖然としている中、対戦相手である柚希は動じずに集中していた。


 試合は五分五分。

 互いに点を取り合い、差がつくことはない。

 大将戦にふさわしいと言えば、そうなるだろう。

 そこまでして僕の部屋にこだわる理由があるのだろうか?

 高校生の男女が同じ部屋で睡眠を共にするのは、さすがに危ないというか、間違いが起きてしまう可能性も否めない。


「生徒会長はどうして涼ちゃんに執着するの? 別にいじめるのなら、誰でもいいじゃない」

「あの桜並木の下で出会った時に確信したのよ。この子は逸材だと」


 どんな逸材ですか。いじめがいのある逸材なんて初めて聞きましたよ。


「涼ちゃんはどうなの? それで楽しいの?」

「え、僕?」


 柚希が僕に向かって問いをかけてきた。

 みんなの視線が僕に集まり、静まり返った部屋の中には冷房の音だけが響き渡る。

 その問いに悩むことはなかった。


「みんなが仲良く過ごしていければいいんじゃない? こうやって巡り会えたのも、何かの縁だと思うし、無駄にするようなものじゃないと思う。そりゃあ人なんだから、性格にウラもオモテもある。でも結局どちらもその人なんだから気にすることなんてない。僕はもう受け入れているよ」

「そうなんだ……」


 柚希はゆっくりと目線を下げ、俯いた。

 そして意を決したかのように、再び霧咲先輩の顔をまっすぐな目で見つめる。


「……負けないっ!」


 そんな柚希を見て、霧咲先輩はフフッと口元を緩める。


「そうでなくては面白くないものね」


 ――結果は霧咲先輩の勝利。

 柚希はあと一歩のところで敗北を喫した。


「やりましたね、お姉さま」

「はいっ! これであのお部屋ともおさらばですっ」

「あのお部屋? 部屋がどうかしたのか?」


 僕は東城の言葉に疑問が浮かび、詳しくと迫った。


「はい、実は――」

「待ってお嬢様。その件については私が説明するわ」


 と言って、割って入ってきたのは安屋敷だ。


「実は私が持ってきた重要な薬品をあの部屋でこぼしてしまったの。そのおかげで強烈な臭いが蔓延して、とても眠れそうにないのよ」

「なんで安屋敷は薬品なんかを持ってきたんだ?」

「そりゃあ、私は化学大好き人間ですから。当然カバンの中に薬品の一つや二つは当たり前よ」

「当たり前なのか?」


 安屋敷が化学大好きだなんて初耳だ。

 そんなキャラだったのか。


「だから僕の部屋にってことか」

「そうです。兄さんと一緒に寝たいとか、そういうバカな考えをしている人はいないんです」


 杏子がそう口にした瞬間、みんなが一瞬だけ固まったように見えた。


「じゃあ僕がその部屋で寝るよ。みんなは僕が寝る予定だった部屋に行きなよ。詰めれば六人くらい大丈夫なはずだから」

「そ、そんなの、お兄さんに悪いですよ!」

「そうだよ、別に涼ちゃんが行かなくても」

「別に健康に差し支えのない臭いなんだろ?」

「え、ええ。人体に影響はないわ」

「うん。じゃあ心配ないね」

「今から隠しカメラを仕掛けて、あなたの悶え苦しむ姿を撮影してもいいかしら?」

「そんなのダメに決まってますよ」


 僕は自分の荷物を持ってみんなと部屋を交換した。

 強烈な臭いだからといって、そんなに身構えるほどのものではないはずだ。

 高校生の持ってる薬品なんだ。少しすれば、慣れてくるだろ。

 そう思いながら、部屋のドアを開けた瞬間――、


「う……ぐはぁっ!」


 予想以上に臭かった。


☆☆☆☆☆


 どうも杏子です。

 私のお兄ちゃんは見た目も中身も普通の人なんですが、たまに男気というか何というか、かっこいいところがあるんです。

 まあそれ以外は取り柄もなく、他の人からすればスルーしても問題ないレベルなんですよ。

 けれど、お兄ちゃんとしては最高レベルだと思うんです。

 シスコンなお兄ちゃんは私に優しくて、なんでも許してくれる、甘々なのです。

 私のお兄ちゃんからは、いつも妹愛全開のオーラが滲み出てくるんですが、なんだか今日は別の何かが滲み出ています。


「ていうか、臭いです」

「兄に向かって臭いとか言うな。正直すぎるんだよお前は」


 一晩、安屋敷さんの薬品とともにしたせいか、あの強烈な臭いが染み付いてしまったようです。

 シャワーは浴びたようですが、臭いは消えなかったみたい。


「さあ、行きますよみなさん」

「あの霧咲先輩、そのマスクどうしたんですか?」

「あら、自分の体臭を自覚していないようね」

「体臭じゃないから! ついちゃっただけだから!」

「ごめんね、涼ちゃん」

「す、すみませんお兄さん!」


 霧咲さんだけでなく、柚希姉や沙耶ちゃんまでもがマスクをして、臭いを遮っていました。


「杏子様、安屋敷様を見かけませんでしたか?」


 お姉さまはマスクをしてないみたい。よかったね、お兄ちゃん。


「安屋敷さんなら、あそこに……。呼んできますね」


 そう言い残して、私は安屋敷さんの元に駆け寄った。


「安屋敷さーん、もう帰りますよー」


 私の声が聞こえなかったのか、返事がない。

 何かぶつぶつとつぶやいているようだ。


「うまくまとまってしまったわね……。柚希もなんだか心のモヤがとれたようにスッキリとしているし……。次はどうやって壊してあげようかしら……」

「安屋敷さん?」

「あ、あらどうしたの?」

「もう帰りますよ?」

「あ、ああそうなの。ありがとう」


 私に笑顔を見せると、安屋敷さんは荷物を背負ってみんなのところへ駆けていった。


 いったい何をぶつぶつとつぶやいていたんだろう?

 よく聞こえなかったから、わからないけど。

 ま、いっか。


「家に着くまでが旅行ですよー」


 私もみんなのところへ足早に向かった。

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