第12話 義妹になりませんか?
「兄さん、はしたないです。いったいどこのゴリラですか?」
「ゴリラはフォーク使わないだろ。ちゃんとした作法なんて教わったことないから仕方がないじゃないか。お前はどこで習ったんだ?」
「知り合いのゴリラです」
「今ゴリラがはしたないって言ったのは誰だよ」
「本当に仲の良い兄妹ですね。羨ましい限りです」
東城は向かいに座る僕ら兄妹を見て、くすくすと笑う。
僕らは今、とある高級レストランで東城のお父さんにディナーをご馳走になっている。
僕は人生初のコース料理に苦戦を強いられていた。
結局、どこを探しても霧咲先輩と柚希を見つけることができず、気がつくと夕暮れ。
橙色に染まった空の下、悩む僕らのところに来たのが東城のお父さんであったわけで。
いつも働いてお金を稼いでいる母さんを差し置いて、この豪華なディナーをいただくのも気が引けてしまうので、現在母さんを呼び出し中。今こちらに向かっているところだろう。もちろん東城のお父さんも了承済みだ。
「そうか。茉梨も弟か妹が欲しかったのか。よしわかった、今から作ろう!」
「そんな簡単に宣言しちゃって大丈夫なんですか?」
「何を言っている? 君が茉梨と婚約すれば、必然的に茉梨にも妹ができるではないか!」
「なんなんですか、その発想は! 飛躍しすぎてませんか⁉︎」
「……問題ないさ」
アリアリだよ。そんなドヤ顔見せられても……。
東城はいったいどんな顔しているんだ?
僕は東城に目をやった。
頬を赤く染める東城。
ワンピースの肩紐に手をやって……少しずつそれを外すようにゆっくりと下ろして――、
「って、何をやっているんだよ東城! どう理解すればその行動になる⁉︎」
「……き、気持ちの用意はもう……」
そんな言葉を軽はずみに言ったらダメだ東城。社会勉強が足りないようだ。
「兄さんにも春が訪れたようですね、チッ」
「舌打ちがバレバレなんですが、それは」
「でもゴリラは所詮、ゴリラとしか結ばれないのが自然の摂理です」
「俺がもしゴリラだとしたら、遺伝子構造的にお前もゴリラなんだがいいのか?」
「………………うきー」
「捻り出されたのがそれかよ!」
「――もう少しその場所にあった会話をしなさい」
僕と杏子の頭が同時にグーでぐりぐりされる。
手が離れた後、後ろを振り返るとそこに立っていたのは言わずもがな僕らの母さんだった。
「どうもうちの子がお世話になっております。すみません、
ゴリラって言ってんじゃん。
さっきの言葉そっくりそのまま言ってやりたい。
「とんでもありません。とても賑やかで楽しいディナーになっていますよ。さ、お母さんもお座り下さい」
東城のお父さんは慣れた振る舞いで母さんを席へと誘導する。
「うちの娘を涼太くんに、という話の途中でしてね。お母さんはどのような考えで?」
「あら、お見合いの場でしたか。どうぞどうぞ、願っても無いチャンスは逃さないのがうちの家訓ですから」
そんな家訓生まれて初めて聞いたんですけど。何この押せ押せムード。僕はどうすればいいんだ?
すると、杏子が僕の服をくいくいと引っ張ってきた。
杏子を見ると、口をパクパクと動かしている。何かヒントをくれるのか? できる妹だ。うーんと、なになに……。
ト・イ・レ・イ・キ・タ・イ
行けよ! 早く行けよ!
なんでこんな時に僕にそのことを伝えるんだ。母さんに伝えれば済む話だろ。
杏子の目がうるうるとし始める。
仕方がない。
僕は立ち上がり、杏子の手を引く。しかし、杏子は動こうとしなかった。
もしかして動けないくらいに迫っているのか⁉
できればこんな高級レストランでやりたくはなかったが、ことは一刻を争う。
僕はしゃがみ、杏子をおんぶした。
それを見た母さんはすかさず僕に駆け寄り、耳打ちする。
「ちょっと涼太! こんなところで兄妹の仲の良さをアピールしてどうするのよ!」
「違うって。杏子がピンチなんだってば! トイレに連れてくから、後はよろしく」
そう伝えて、僕は杏子をトイレに連れていった。
後から考えれば、僕のこの発言は間違えていたのかもしれない。
杏子をトイレに行かせた僕は、先に席へと戻った。
大人二人は優雅にワインを嗜んでいる。もう話は済んだのだろうか?
東城もディナーを黙々と食べている。
そんな中、東城のお父さんが話しかけてくる。
「少年。君がいない間に決めてしまったが、今夜から君の妹、杏子ちゃんをうちで預かることになった……」
「…………ん? ……えっ⁉」
「杏子様は今日から私の妹ということですよ、涼太様」
なんでそうなった⁉
僕が席を外した数分でいったい何があった?
戸惑う僕を見て、母さんが再び耳打ちしてくる。
「いい機会じゃない。杏子のお兄ちゃん離れができるかもしれないわよ」
「まあ僕はいいけど、杏子の甘えん坊がそんな簡単に治るとは思わない……。第一、杏子の外モードの限界がすでに近づいてるんじゃ……」
「それの限界を知るチャンスでもあるんだから。もう決定事項よ」
「杏子が聞いたらどんな顔するんだか……」
数分後、杏子がトイレから戻ってきて、席へと座る。
その後、杏子に何も教えずに、楽しいディナーが続いた。
「ではそろそろ終了にしましょう」
東城のお父さんがディナーの終わりを告げる。
全員席を立ち、東城のお父さんは会計へと向かう。
僕らは先に店をあとにし、お店の前で東城のお父さんを待った。
そして東城のお父さんと合流したところで、ついに杏子に衝撃の一言が告げられる。
「さあ、杏子様。参りましょうか」
「えっ? どこにですか?」
「もちろん、私の屋敷へ」
「話が全く見えないんですけど……」
「聞いたとおりだよ、杏子。今日から東城の家で暮らしてもらう」
「では、兄さんも一緒に?」
「僕は行かないよ。杏子一人で行くんだ」
さらに困惑した様子の杏子。無理もない。いつまでも甘えん坊のままじゃ、杏子のためにもならない。
僕は腹をくくったんだ。
「そういうわけでバイバイ杏子。しばらくは東城さんの家で優雅に暮らしなさいな。ほら、涼太。帰るわよ」
「あ、うん……じゃあな、杏子。たまには会いに行くからさ」
僕と母さんは手を振り、杏子に背を向け、家へ帰る。
最後に見えた杏子の顔はいまだ理解が追いついていなさそうだった。
まあ、東城の家だし、悪いようにはされないだろう。
しかし、ちょっといきなりハードルが高すぎただろうか。
とりあえず、一日過ごさせて、明後日あたりに様子を見に行くことにしよう。
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