第13話 エロゲとエロ目

 月曜日。

 杏子が東城の家に引き取られてから二日目の朝だ。

 いつもだったら朝起きてから僕が登校するまで、磁石のようにくっついて甘えてくる杏子がいない。

 僕はそれに慣れてしまったのか、杏子がいないだけでどこか違和感を感じる。


 ふいに僕のスマホがメールを受信した。

 柚希からだ。


『体調がすぐれないので今日は休むねノ』


 おととい、霧咲先輩との口論で何かあったのだろうか?

 杏子から少し内容を聞いただけだから、詳しいことはよくわからない。

 霧咲先輩にひどいことを言われたのかもしれないが、それもこれも柚希のためだ…………本当にいいのだろうか?

 僕はいろいろと思考を巡らせつつ、学校へと向かった。


 教室に入ると、僕の目の前に突然、ぴょこんと顔を出すように東城が現れた。

 あまりにも急な登場に僕は少し仰け反る。ふんわりと甘い匂いが鼻腔をくすぐった。


「おはようございます涼太様。安心してくださいね」

「えっ、何が?」

「何って、杏子様のことですよ。気になっているから、そんな表情をしているのでしょう?」


 僕の顔は無意識のうちに暗く、沈んだ表情になっていたのか。

 東城と一緒なのだから、杏子の身に何か危険があるわけじゃない。僕が一方的に杏子がいないという状況に寂しさを感じているのだ。


「そっか。それなら良かったよ」


 僕は無理矢理にでも笑顔を作った。

 杏子の兄離れを了承した僕自身がこんな状態ではダメだ。これも杏子のため…………あれ?

 僕のやっていることは正しいのだろうか?


 …………わからない。


「そ、それで……涼太様? 今日の放課後なのですけれど……ご予定はおありですの?」

「放課後? いや、特に予定はないけど……」

「で、では、私と一緒に……お、お出掛けしませんかっ?」

「えっ、それって……」


 デ、デートってこと⁉

 マジですか。まあ、断る理由もないし……。


「いいよ。出掛けようか」

「あ、ありがとうございます涼太様!」


 僕に一礼すると、東城は笑顔でどこかへと去っていった。もうすぐ朝礼なんだけど。


 放課後。

 僕は東城と一緒に隣町のショッピングモールに来ていた。

 大きなショッピングモールなだけあって、平日にもかかわらず大勢の人が行き交っている。


「それで今日は何か買いに来たのか?」

「はい。何を買うのか、当ててみてください」

「うーん……無難に洋服とか?」

「はずれですっ」

「じゃあ、カバン?」

「はずれですっ」

「着物だ!」

「はずれですっ」

「もうわかんないよ。正解は?」

「正解は…………エロゲですっ」


 東城はにこやかに正解を発表した。

 そっか、エロゲかあ……は?


「はっ⁉」

「だから、エロゲで、――むぐっ!」

「言わなくていいから!」


 僕は咄嗟に東城の口を手で塞いだ。

 静まったところで僕は手を離す。


「落ち着いて考えよう。なんでそれを買うんだ?」

「社会勉強ですっ」

「ならないから! 誰に吹き込まれたんだ?」

「杏子様ですっ」


 あのバカ妹め。

 東城に妙な毒を注入したな?


「とりあえず落ち着こう東城。何のメリットがある?」

「プレイすることで新たな境地に辿り着けると思いました」


 既に露出狂というとんでもない境地に達しているだろ。


「それに僕らはまだ未成年だ。買えるわけがない」

「それは問題ありませんっ」


 そう言うと、東城はスクールバッグの中から携帯電話を取り出し、誰かに電話をかける。


「ごきげんよう、ベン。今すぐ私のところに来れますか? ……お早めにね」

「――お待たせいたしました。お嬢様」

「はやっ⁉」


 東城が電話を切った途端に、黒服に黒いサングラスをかけた大柄な男がどこからともなく現れた。

 ていうか、ってどこかで聞いたような……。


「すみません。サングラス取ってもらっていいですか?」

「かしこまりました」


 ベンと呼ばれる男は躊躇なくサングラスをはずした。


「――エロ目だっ⁉」


 僕の予想どおり、ベンの目はエロ目だった。そう、あの東城のお父さんが経営している遊園地のメリーゴーランド、『煩悩寺のベン』の白馬の目と同じように。

 まさか、あのメリーゴーランドにモデルがいたとは。


 しかし、ベンという名前はなんだ? どこからどう見ても日本人にしか見えない。

 コードネームか何かなのだろうか? きっと本名が長すぎたり、難しかったりするのだろう。


「なあ、東城。この人の本名って聞いてもいい?」

「ベンの本名は、ですっ」


 めちゃくちゃスタンダードだったああああああああああああっ!

 なんだよそれ、ツッコミどころが多すぎるだろ。


「お嬢様、ご用件は?」


 しかも、イケボ。


「買ってきてもらいたいものがあります。頼めますか?」

「お嬢様の頼みとあらば」

「エロゲを買ってきてください」

「――ファッ⁉」


 東城の一言でベンさんが素っ頓狂な声を出す。無理もない。

 ベンさんが焦ったように慌て始めた。


「お、お嬢様? 今自分で何をおっしゃったかお分かりですか? そ、そんな下劣な物は触れてはなりません!」


 そのエロ目で言われても説得力がない。


「ベン。私は今買ってきてくださいと言いました。言うことが聞けないとでも?」

「まさかそのようなことは……。もう一度お考えを改めていただきたいのです」

「……わかりました」

「お嬢様……良かったあ、お考えが変わった――」

「それでは、涼太様と一緒にゲームをやります」

「「――ファッ⁉」」


 なんか巻き込まれた⁉


「と、東城? それはそれでいろいろ問題があるような……」

「お嬢様っ、不健全すぎます!」


 だからそのエロ目で言われても説得力ないですから。


「とにかく、ベンは今すぐエロゲを買ってきてください。怒りますよ?」

「あああああ、それだけはご勘弁を……。わかりました、買ってきます」


 ベンさんは肩を下ろし、ため息をつくと、トボトボと歩いて行った。


「さ、涼太様。屋敷へ参りましょう」

「一応聞くけど……僕も一緒にゲームするの……かな?」

「もちもちのろんろんですっ」


 東城は笑顔で聞いたことのないギャグか何かを言った。

 どこでそんな言葉を覚えたの、お嬢様?


 東城の家に行くのは初めてだ。

 ついでというか、杏子の様子をチェックできる良い機会かもしれない。

 でも、エロゲのプレイが待っている。

 ふ、複雑すぎる……。

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