第14話 ファはファイトのファであってほしい

「ひ、広すぎる……」


 僕は目の前に映る光景に唖然とする。

 僕は東城に連れられて、東城家の屋敷に来ていた。

 いったい東京ドーム何個分なんだ?


 屋敷の玄関に辿り着くと、待ってましたと言わんばかりに扉がゆっくりと開いていく。

 扉が開き切った瞬間、


「お帰りなさいませ、お嬢様!!!」


 大勢の執事とメイドさんたちが、綺麗に並んで、僕らを迎えた。

 そして彼らは僕の姿を見ると、ざわつき始めた。それはどちらかといえば、やったとか、ついにこの時がというような喜びのざわつきだ。

 しかしそれを見た東城は彼らを叱るように声を発する。


「みなさん、涼太様に挨拶することもできないのですか?」

「し、失礼しました! いらっしゃいませ!」

「「いらっしゃいませ!」」


 リーダー的な存在の執事の挨拶に呼応するように残りの執事とメイドが声を合わせ、頭を下げた。

 異様な光景を目の前にして、僕はむず痒くなる。

 こんなところにいて杏子はいったいどんな状態なのだろうか?


 東城に連れられて辿り着いたのは完全なる東城の部屋だった。

 これだけだだっ広いというのに、一人部屋なのか。これが一般市民とお金持ちの差……。恐ろしい。


 そして女子の部屋特有の甘い香り……香水か何か置いているのだろうか?

 柚希の部屋にもお邪魔することがあるのだが、また違った甘い香り。

 でもその中には嗅ぎ覚えのある香りがあった。

 そうだ。杏子の部屋の香りだ。

 といっても、杏子のはただ◯ブリーズを部屋中にシュッシュしているだけだ。

 ならば、東城も◯ブリーズをシュッシュして…………。


「涼太様? どうしたのですか?」


 心配そうに東城が俺を見つめる。

 僕は部屋の扉をくぐってその場で立ち止まり、妙な憶測を立てていたのだ。


「大丈夫、気にしないで」


 僕は東城が座っているソファに向かい、そのまま腰をかけた。

 それを見た東城は携帯電話を取り出し着信をかける。


「ごきげんよう、ベン。例のものを大至急持ってきてください」


 東城が電話を切り、それをしまった瞬間、コンコンと部屋のドアをノックする音。

 ドアが開くと、そこにはベンさんが立っていた。

 そしてこちらに歩み寄り、東城の横に立つと、片膝をたてて袋を両手で差し出す。


「どうぞ、お品物でございます」

「ありがとうございますっ」


 東城は笑顔でそれを受け取ると、上機嫌で袋の中に手を入れる。

 それと同時にベンさんが僕の方に駆け寄り、耳打ちをしてきた。


「涼太様でよろしかったでしょうか? 今回は巻き込んでしまい、誠に申し訳ございません」

「ベンさんのせいじゃないですよ。それよりどんなエロゲを買ってきたんですか?」

「はい。ひとまず具体的なジャンルはお聞きしていなかったので、エロゲの中でももっとも健全な恋愛ものをチョイスして参りました」

「ちなみにタイトルは?」

「『チューと半端な恋はシタクないっ!』です」

「――ベンっ!」


 突然、東城が声を上げる。

 ベンさんはそれを聞くと、すぐさま東城の方へ向き直る。


「なんでしょうか、お嬢様?」

「素晴らしいです、最高ですっ!」

「ありがとうございます」

「特典に抱き枕カバーが付いていますよっ!」

「――ファッ⁉」


 抱き枕カバー⁉ どこが健全なんだベンさん。

 僕は驚きを隠せずにベンさんに耳打ちする。


「どういうことですか? よりにもよって抱き枕カバー付きを買うなんて」

「すみません、特典が付いているほうがお得かと思いまして……まさか抱き枕カバーが付いているとは見ず知らず……」


 ベンさんは顔に手をやり、ガクッと肩を落とす。本当に知らなかったようだ。無理もない。執事とはいえ、エロゲに関しては素人も同然だ。

 そんなベンさんを見て、僕は頑張ってフォローする。


「でもな、東城。それはカバーであって中身、つまり本体の枕は付いていないんだ。枕を別で買わない限り……」

「――もう別のメイドにおつかいを頼みましたっ」

「はやっ!」


 迅速な対応に僕は驚きを隠せない。

 ベンさんに至っては自分の不甲斐なさを悔やんでいるのか、そのまま固まってしまった。

 東城にあの抱き枕カバーと一緒に寝てほしくはない! そんなことしたらもう、東城家の危機だ!


「なあ東城、その抱き枕カバーを僕にも見せてくれないか?」

「良いですよっ」


 笑顔で答えると、東城はわざわざ袋から抱き枕カバーを取り出し、僕に見せつけるようにそれを広げる。

 ばさっと広がった抱き枕カバーのイラストは、もう手に負えないほどのド派手なものだった。

 ヒロインと思われる女の子が下着を半脱ぎして、自らのあんなところやこんなところをさらけ出している。

 これはまたマニアックなものを……。


「ちなみにこのキャラクターの名前は?」

「えーっと……如月ゆらん様です。高校一年生、私達と同じですねっ」


 東城は取扱説明書を読みながら、僕の質問に答えた。ていうか、キャラクターにまで『様』をつけるのか。さすが礼儀が染み付いているなあ……じゃなかった。

 どうにかして抱き枕カバーを取り上げないと。もうやるしかないか。

 僕は東城に近づき、そして目を見つめる。


「東城……」

「りょ、涼太様?」

「ぼ、僕にその抱き枕カバーを……譲ってくれないか?」

「い、いくら涼太様でもこれは渡せませんっ!」

「頼むよ、僕にそれを譲ってくれ! ほ、欲しいんだっ!」


 僕は何を言っているのだろう。本心ではないことをすらすらと……こんなの誰かに見られたら……。


「この抱き枕カバーの所有権は私にあります。涼太様に渡す理由も見つかりませんっ」

「それでも僕はこの抱き枕カバーが欲しいんだ! 如月ゆらんちゃんが欲しいんだよ!」


 ――バンッ!

 突然、部屋のドアが勢いよく開けられる。

 ドアの向こうに立っていたのは握りこぶしを作り、こちらを睨みつける杏子だった。


「兄さん……これはいったいどういうことですか?」

「え、えーっと、これには深い理由がございまして……」

「理由? 女性にエロい抱き枕カバーをくださいと懇願する兄さんに理由なんてものが存在するの?」


 どうしよう、何も言い返せない。

 よりにもよって杏子に見られるとは……なんという災難だ。

 杏子が怒りで震え上がり、さらに強く僕を睨みつけた。


「なんで……なんで……」

「は、はい……」

「なんで妹キャラじゃないのよ!」

「そこかよ!」


 僕は声を大にして突っ込んだ。

 どこに怒ってるんだよ。


「兄さんはそのキャラに何をする気? 欲望のまま、その子に○ックするの? 兄さんの聖槍○ランクスで貫くの?」

「何を連呼してるんだお前は! 言葉を選べよ」


 忘れてるかもしれないけど、お前は一応アイドルなんだからさ。

 ふいに、東城がトントンと肩を叩いてきた。振り返ると、東城は横にあるを指差し、


「ソ○?」

「ノラなくていいから!」

「――○ッ⁉」

「ベンさんもノリがいいなあ!」


 もう、なんなんだよ……。


「ファはファイトのファだろ……」


 ………………………。


「冷めた目で見るな!」


 なんでこうなった?

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