第33話 弱った先輩

 僕は急いで、倒れた霧咲先輩のもとに駆け寄る。安屋敷も続いて後ろを追ってきた。


「大丈夫ですか!」

「うぅ……」


 僕が声をかけても霧咲先輩はうなるだけ。

 とにかく保健室へ運ばないと。それに火事もなんとかしなきゃ。先生たちはいったい何をやっているんだ? こんなときに頼りになるのは……一か八か――、


「ベンさんっ!」

「――お呼びでしょうか、涼太さん?」


 スッと僕の横に現れるベンさん。本当にいつでもいて逆に怖い。安屋敷もびっくりして口が開いたままだ。でもこれで助かった。


「外の屋台で火事があったらしいので消火活動と避難をお願いします」

「かしこまりました。では安屋敷様もご同行願います」

「は、はい……」


 ベンさんは安屋敷をチラッと見て、はいと頷くのを確認した。ベンさんにしては何だか不自然な行動のように思える。どこか安屋敷を信用していないような……。


 僕は霧咲先輩の身体を両腕で持ち上げる。普段運動を全くしないせいか、だらりとした彼女の華奢な身体は重く感じた。


 前に出る足はゆっくりとしていたが、数分ほどで保健室になんとか辿り着く。

 扉を開けると、音一つ聞こえない静かな空間が広がっていた。どうやら保健医の先生もいないらしい。


「なんでいないんだよ!」


 僕は押し殺していた感情を爆発させる。

 いつもより感情的になる自分がいた。

 二つあるベッドのうち、窓側の方まで霧咲先輩を運びその上に寝かせた。掛け布団をかけてから彼女の顔色を伺う。ベッドに横になったことで、先ほどよりも表情は落ち着きを見せていた。


「大丈夫ですか霧咲先輩?」


 僕はベッドの横に背もたれのない小さな丸椅子に腰をかけて霧咲先輩に呼びかける。


「……うぅ、頭が痛いわ……水を持ってきてもらえるかしら?」

「はい、今すぐ!」


 僕は駆け足で水の入ったコップを用意した。そして霧咲先輩の上体をゆっくりと起こし口元にコップをそっと寄せる。

 背中を手で支えながら少しずつコップを傾けて水を飲ませる。飲み終えた後、再びベッドに寝かせた。


「どうですか?」

「……ちょっとだけ落ち着いたわ。ありがとう」


 いつもより弱々しい声で話す霧咲先輩を見て僕は強い懸念を抱く。

 からかわれたり、ペットみたいな扱いをされたり。ひどいと思うことばかりする霧咲先輩。

 でも今はそんな彼女が弱っている。やられてばかりの並みの人間ならざまあみろなんて気持ちを抱くだろう。だけどそれは負の感情だ。間違っている。

 僕が今一番に思う気持ちは霧咲先輩を助けることだ。それができないようなら僕は……。


「霧咲先輩。今、保健医の先生を呼んでくるので休んでいてください。絶対安静ですよ」


 僕はそう言い残し、霧咲先輩のもとから離れようとしたその時だった。


「――行かないでっ……。一人に……しないで」


 霧咲先輩が離れようとした僕の制服の裾を今出せる力一杯に握りながら、不安そうにつぶやいた。

 体調が優れないせいもあるだろう。顔を赤らめて、目には一雫の涙を浮かべて。


「先輩がそう言うなら、僕はそばにいますよ」


 僕は戻って先輩の横に座り直す。キザなことを言ってしまった。恥ずかしい。


「……ありがとう」


 霧咲先輩は感謝を告げると、僕の制服の裾を捕まえた手を見せてくる。その行為の意味を理解できずに僕は首を傾げる。

 霧咲先輩はむっとして無言のまま、くいくいと手を見せつけてきた。

 こういう時はどうすればいいのだろう?

 自分が風邪を引いた時に、こんな状況では何が嬉しいのか……そういうことか。


 僕は霧咲先輩が見せつけてくる手を包み込むようにギュッと握りしめた。


「これでいいですか?」

「……ふふっ、オカピにしてはやるじゃない……嬉しいわ」


 霧咲先輩の表情は穏やかになり、そのままゆっくりと目を閉じた。

 ふぅと一息ついてから口を開く。


「これから言うことをしっかり聞いてちょうだい」

「言うこと?」

「まず一つ目。私はこの通り今日はベッドと仲良くするほかないわ。だから私の代わりに生徒会長代理としてあなたに動いてほしいの」

「僕が生徒会長代理? 僕なんかより東城のほうがふさわしいでしょ」

「彼女には副会長としての役割がある。これ以上負担をかけたら私の二の舞よ。あなたがやるの。いい?」

「……わかりました」

「よろしい。じゃあ二つ目。安屋敷さんに注意しなさい。それだけよ」

「え? なんで安屋敷?」

「とにかくよ。私の感が正しければあの子は……。以上よ。一つ目のやることは生徒会室の私の机にメモを残してあるからそれを見なさい。さあ、行きなさい」

「さっき呼び止めたばっかりなのに」

「細かいオカピは嫌いよ」

「わかりました。保健医の先生には言っておくので」

「……頼んだわよ」


 僕はうんと頷いて、保健室を後にした。

 体調が悪いにもかかわらず、しっかりと自分の仕事を僕に引き継ぐなんてどんだけ大人びているんだ。

 年上だけど、女子が頑張ったんだ。男の僕が頑張らないわけにはいかない。

 決意を胸に、僕は生徒会室を目指した。

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ウラオモテ×ハーレム あいはな @merry

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