第31話 愛のすれ違い
「……ずぴー……ぷぎゃあー、むにゃむにゃ……」
隣に座る柚希から独特ないびきか寝言かよくわからないものが聞こえてくる。
僕らは今、演劇を見るために体育館へ足を運んだのだが、パイプ椅子に座るやいなや柚希は気持ちよさそうに寝てしまったのだ。
東城の助言を無視した結果がこれである。
「しょうがないやつだな」
「文化祭を思う存分楽しんでいる証拠ですよ」
「文化祭というか、食欲に溺れただけなんじゃないか?」
「楽しみ方は人それぞれですから」
東城は柚希をフォローし、優しく微笑み返す。
こんなに優しい人間がなぜエロゲをプレイし続けるのか。謎すぎる。
いや逆にキャラの攻略をしすぎて、日常生活においても無意識に攻略をしようとしているのかもしれない。
「東城、確認だけど、柚希をフォローしているのは友達としてだよな?」
「え? なぜそのようなことをお聞きになるのですか?」
「ち、ちょっと気になっただけなんだ。柚希と仲良いよなあって思って」
もしかして柚希をエロゲのように攻略しようとしてる? なんて聞けやしない。
「そうですね……最近ゲームのやり込みすぎで二次元と三次元の区別がついていないのかもしれませんね」
「うん、一刻も早く病院に行くことをおすすめするよ」
僕の予想が的中してしまった。
そんなことをしていると、体育館の灯りが徐々に暗くなっていく。そろそろ演劇が始まるようだ。
確か演劇のタイトルは、『花園の夢』だったかな。タイトルだけでは内容がわからないオリジナルだから、どんな展開になるのか楽しみでもある。
生徒会書記の安藤先輩が出るらしいけど、どの役で出るんだろう?
ステージの幕が上がると、真ん中に安藤先輩が立っていた。まさかの主役か?
「ああ、どうしてこんなことになってしまったのだろうか? 私はあなたを愛してしまった。夢の中でもあなたのこと想ってしまう……」
恋愛ものなのかな? 安藤先輩、すごい役になりきってるな。
「私にまた、あなたの顔を見せてください。岡島涼太君!」
え、僕⁉
呼ばれたかと思うと、すぐさま左右のスポットライトが僕に集まる。もしかして始まる前に居場所を特定されていたのか?
「さあ、私の前に姿を現してくれ!」
安藤先輩が遠くにいる僕に手を差し伸べる。
これは行かなくちゃまずい展開なのか?
ていうか、何なんだよこの観客参加型の演劇は!
他の観客に注目している今、引き下がるという選択肢は存在しないな。
「さ、涼太さま。これも文化祭ならではの展開です。思い切って、頑張ってください!」
東城が胸の前で拳を握りしめて笑顔で送り出す。この状況を完全に面白がってるだろ。
追い討ちをかけるように後ろの席に座っていた人物に肩をトントンと叩かれる。
振り向くとそこには、生徒会会計の武田先輩がいた。
「行かないと生徒会の信頼がなくなってしまうわ。個人的な感情は捨てて、生徒会のために散りなさい」
「どこの軍隊ですかここは! それに行ったら僕は安藤先輩に何をされるのか……」
「もちろん、ナニだよ」
「なんで笑顔なんですか! 鼻息荒すぎですよ!」
もう行くしかないでしょ。
僕は覚悟を決めて、安藤先輩の待つステージに上がった。そして向かい合う形になる。
「せめてフルネームで呼ぶのはやめてもらっていいですか?」
「それもそうだな……それでは気を取り直して。よく私の前に現れてくれた、愛しの岡サンダーよ」
すごくダサい。
最高にダサいですよそれ。
「私はあなたしか見えない。私は男であり、あなたもまた男である。これは神に授けられた宿命なのです。けれど私は抗いたいと思います。どうか私の問いに答えてください。私と真剣な交際をしていただけませんか?」
「――嫌です」
即答だった。
考える必要もない。考えたところで僕のプライドを捻じ曲げることは不可能だ。
誰が考えたんだこの脚本は。
返答を聞いた安藤先輩は、ショックなのか石像のように固まってしまった。なんで予想を裏切られたような顔なんだ? イケると思っている安藤先輩の脳は果たして機能しているのか。
演劇を観にきた客も何を見せられているんだという表情。
どうするのこの悲惨な状態は。
「それでは前座も済んだところで、気を取り直して本当の演劇を始めたいと思います!」
マイクを持った女子生徒が壇上に出てきて、安藤先輩をステージから引きずり降ろした。
前座はドスベリで良かったのか? こうなることはやる前から誰もがわかっていたはずだ。それでもなお、決行したということはなにか考えがあるのだろうか。
それにしてもこの僕の巻き込まれ感がハンパない。これも生徒会の宿命か。
身を縮めながら先ほどまで座っていた席に戻る。
ハアとため息をつくと、笑顔で迎えてくれた東城が口を開く。
「涼太さま、お疲れ様でした。申し訳ないのですが、霧咲生徒会長よりご連絡が来ていますのでよろしいですか?」
「連絡?」
東城からトランシーバーが手渡された。なぜトランシーバーを持っているのか、今は問わない。
「あ、霧咲先輩。僕です」
「は?」
「は? と言われても、反応に困るんですけど……」
「オカピ、あなたは空気を読むという大人な対応をとることはできないのかしら?」
なんだろう、口調からしてすごくお怒りなご様子。僕が何かしただろうか?
「それは何に対してのことで……」
「――しらばっくれているのは、私に喧嘩を売っていると捉えてよろしいのね?」
「いやだから、何のことだかさっぱ――」
「黙りなさい」
ごめんなさい。
「なぜ安藤くんの告白を断ったのかしら?」
「見ていたんですか? 逆に、NO以外の選択肢が見つかりません」
「いい? 私たちは今日キャストという立場にあるのよ? 文化祭に訪れたお客様をがっかりさせるようなことはしてはいけないの。もう少し自覚をもって行動してほしいわ」
「は、はあ……」
どうしてだろう。ホモの先輩からの告白を断ったことに対してだから、正論のようで正論に聞こえない。
納得がいかないから、たまには反論してみようかな。
「じゃあ霧咲先輩はキャストとして、好きでもない相手に告白されたら、OKするんですか?」
「え……?」
霧咲先輩からの応答がなかった。物音すら聞こえない。あれ、からかいすぎた?
すると、
「……ごめんなさい」
霧咲先輩らしくない弱々しい声が手に持ったトランシーバーから漏れ、通信は途絶えた。
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