第8話 ドキドキの爆弾~後編~

「お待たせ致しました。こちら、ロシアン苺爆弾でございます」


 僕たちが座っているテーブル席の中央に店員さんの手によってそれは置かれた。

 どんな禍々しいビジュアルが目の前に現れるのかと身構えていたが、僕の予想は大いに外れる。


 そう、皿の上にいたのはいたって普通の苺だった。人数分の四個。

 ただの苺であれば、商品名にロシアンだの爆弾だのはつけるわけがない。

 中に何か入っているのだろう。


「それでは、ゲームをしましょう」


 店員さんが去ったのを見て、霧咲先輩が自信満々に宣言する。


「ハズレは一つだけですよね? 一人だけ辛いみたいな……」

「いいえ、ハズレはランダムです。一つもない時もあれば全部がハズレの時もある。まさに運命が左右する素晴らしいゲームです」

「つまり、これを頼んだ時点ですでにロシアンは始まっていたということですよね、霧咲さん」

「ご名答です」


 霧咲先輩は感心したように頷く。さすが杏子、鋭いな。


「それで、ハズレには何がはいっているんですか?」


 柚希が一番気になるところも指摘する。やはり、ロシアンといえば、辛いというのが定番だ。

 苺には切られた跡はない。どのようにして仕組んだのだろうか。


「ハズレの中身もランダムです。食べてみなければわかりません」

「スリル満点ですね」

「その通りです、岡島くん。なんせ爆弾なんですから……」


 ゲーム開始。

 まず、選ぶところからだ。

 ここは慎重に――、


「これにします」

「これにする」

「これで」


「――って、おい!」


 何も考えずに選ぶのかよ。直感勝負なの、これ。もう少し迷うっていう時間を大切にしようよ。

 しかも、僕に選ぶ権利はないのね。


「兄さん、早くそれを取ってください。のろまになりましたか?」

「みんなが早すぎるんだよ。しょうがない。残り物には福がある!」


 僕は皿に残った最後の苺をつまむ。


 これで準備は整った。


 …………。


 そりゃあ、止まるよね。

 一時停止するよね。だって、何が入ってるかわからないんだから。


「みなさん、どうしたんですか? こういう時は年上が先にくたばるべきです。一番年下の私は最後に食べるのが世界の理です」

「そ、そんな理、私は聞いたことがありません。それに、食べたところで必ずくたばるわけではありませんよ。さ、さあ、お先にどうぞ」

「せ、生徒会長だって、ビビってるだけじゃないですか。こういう時こそ、男の意地を見せて欲しいなあなんて……ね、涼ちゃん」

「ず、ずるいぞ。ぼ、僕はレディーファースト主義者なんだ。だから先にどうぞ」


 なんだよ、レディーファースト主義者って。自分で言っといてなんなのだが……。


 誰もが硬直状態に陥ってしまい、僕らには沈黙しか生み出せない。

 このまま、お店が閉店するまで待とうかというバカみたいな考えが浮かんだが、数分後ついに、あの人物が先陣を切った。


「私、いくよ……」


 柚希は意を決してボソッとかすれ気味の声を発する。その目には熱い闘志が宿っていた。


「ゆ、柚希……。だ、大丈夫か? 別に無理しなくてもいいんだぞ?」

「ありがとう、涼ちゃん。でもいいの。私はもう決めたから」

「柚希……」


 もう誰も柚希を止めることはできない。止めようともしない。

 ただ黙って、柚希の勇敢な姿を見つめていた。


「いきます……」


 ゆっくりと指でつまんでいた苺を柚希は口に運ぶ。その数秒間は、経つのがとても遅く感じた。

 そして苺は柚希の口の中に入り、咀嚼。一噛み……二噛み――、


「うっ!」


 普段出さないような奇妙でとても短いうめき声を上げ、パタリとテーブルの上に倒れた……泡を吹きながら。


「め、滅されたあああああああああっ! おい、柚希! 大丈夫か⁉」

「岡島くん、やめなさい。宮原さんの顔を見てみなさい。ほら、こんなに幸せそうな笑顔をしてるじゃない」

「どこが⁉ 泡吹いてますけど⁉」

「兄さん、もう声をかけても無駄です。柚希姉さんのHPはもうゼロです」

「HP言うな! 気絶してるだけだろ」

「岡島くん、ツッコミがうまくなりましたね。ご褒美に私の苺あげますよ」

「さりげなく擦りつけないでください!」


 この二人、柚希が減って喜んでやがる。さっき黙っていたのも早く柚希をくたばらせようとしただけか。Sっ気半端ねえ。

 ってか、今日の主役が早々に……。それに話術でヤンデレ治すって言ってたような。

 しかもこれでヤンデレが治るわけがないだろ。ただ黙らせただけだ。


「さあ、次は誰がくたばりましょうか?」


 杏子が霧咲先輩をじっと見つめながら、煽るように言った。

 それを聞いた霧咲先輩は鼻でふふんと笑う。


「私は主催者です。最後まで見届ける義務があります」

「最後までとか言って、最後の一人になった時、あなたが苺を食べる保証がありますか?」

「そんな発想ができる杏子さんこそ、苺を食べる保証がありますか?」


 両者譲らず。

 ってか、論点はそこじゃない。


「霧咲先輩、今日は柚希のヤンデレを治すためにここに来たんですよね? 早々に黙らせてどうするんですか?」

「あら、そうでしたか? 私は苺を食べに来たはず……」

「とぼけないでください。話術で治すって言ってたじゃないですか。これじゃあ物理的に黙らせただけですよ?」


「――隙ありッ!」


 突然、杏子が霧咲先輩に殴りかかる。

 しかし、その手はガシッと手首を掴まれ、霧咲先輩の目の前で止まる。


「危ないわね。あやうくくたばるところだったわ……でした」


 霧咲先輩の口調も危ういが……。

 僕は杏子が何故いきなり殴りかかったのか、ようやくわかった。

 杏子は殴りかかったのではない。霧咲先輩の口に苺をねじ込もうとしたのだ。


「やられました、完敗……です……」


 そんな杏子が急に捨て台詞を吐きながら、パタリとテーブルの上に倒れた。


「お口がお留守ですよ……」


 一瞬のうちに霧咲先輩が杏子の口に苺を入れていた。前から思っていたが、この人の早技スキルはなんなんだ?


「さあ、二人きりね。オカピ……」

「向かいに連れが絶賛倒れてますけど?」

「これは私にひれ伏してるのよ。あなたも早くなさい。頭が高いわよ」

「頭が高いって、なんで僕まで頭下げなきゃいけな――」

「黙りなさい」

「――ふがっ!」


 僕は口に苺をねじ込まれた。しかも二つ⁉

 これ二つともハズレだったら、死んじゃうんじゃないか?

 僕は恐る恐る口の中の苺を咀嚼する…………うっ!

 ん? 普通だ。


「どうやら、普通の苺みたいです」

「チッ!」


 また舌打ちしたよ、この生徒会長。


「それで、柚希のヤンデレはどうするんですか?」

「そうね。相当めんどくさ……厄介だけれど、まだ午後があるわ」

「今、めんどくさいって言いかけましたよね?」

「……二人が起きたら、次のアトラクションへ行きましょう」


 スルーされた……。

 そして二人が起きたのはそれから一時間後だった。

 ロシアン苺爆弾、恐るべし。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る