第7話 ドキドキの爆弾~前編~
「なぜここにいる?」
「では逆に聞きます。妹が兄さんの隣にいて何か問題があるの?」
「ないです……」
土曜の十時ちょっと前。
僕は上山駅前のベンチに座っている。
ここで霧咲先輩と待ち合わせをしているのだ。
今日の天気は快晴。絶好のお出かけ日和だ。
僕の右隣には今日の主役とも言える柚希。
ここまではいい。
いいのだが…………そう、僕の左隣には杏子がいるのだ。
全く関係ないはずなのに、なぜいる?
昨日の母さんの耳打ちはこういうことだったのか……。余計なことを。
そして今は外だ。甘えん坊の杏子はここにいない。
オモテの顔の杏子がいる。
「杏子ちゃん、ソフトクリーム食べる? おいしいよ?」
「遠慮しておきます。あまり甘やかさないでください」
お前のどの口が言うんだ?
「……あと、太りますよ?」
一言余計だ。
このクール女子こそ、杏子のオモテの顔。誰に対しても余計な一言を付け足す。
甘えん坊の杏子とは大違いだ。同一人物とは、とても思えない。
僕はいつもこのギャップに戸惑っているのだ。
「そんな怖いこと言わないで〜。涼ちゃんは食べる?」
「俺も遠慮しておこうかな……」
駅前に新しくできたソフトクリーム屋さんのソフトクリームを朝から頬張る柚希に少しだけ感心しながらも、引いている。
ちなみに三本目だ。
柚希はこの間のお昼の出来事を覚えていないらしい。尋ねてみても、わからないの一辺倒。
やはり、重病なのか?
そんなことを考えていると、コツコツとヒールの音がこちらに近づいてくる。
あの人が来たのだろうと僕は音のするほうに目をやった。
そこにはこちらへにっこりと笑顔を振りまいている霧咲先輩。これが営業スマイルってやつですか。
「お待たせしました。みなさん、おはようございます」
こちらに模範のような一礼をする霧咲先輩。
やはり僕以外の前では全ての動作がしっかりきびきびとしている。
「おはようございます、生徒会長さん」
「あなたが宮原さんね、可愛らしい方ですね……あら? そちらの方は?」
「はじめまして。いつも兄がお世話になっています」
「岡島くんの妹さんなの? はじめまして、霧咲桃華と申します。今後ともよろしくね」
「妹の杏子です。よろしくお願いします」
お互いに一礼しあう霧咲先輩と杏子。
というか、霧咲先輩に『岡島くん』と呼ばれたのは初めてだ。なんだか気持ち悪い。
「杏子さん……あなたどこかで見たような……」
「他人の空似です。もう頭がパーになってしまいましたか?」
「ぐっ! ……そ、そうですね。失礼しました」
今危なかったな、霧咲先輩。眉がピクついていた。杏子もいきなり毒を吐いてきた。容赦ないな。
「それじゃあ行きましょうか」
「いったいどこに行くんです? 何も聞いていないんですけど」
「ちょっとしたアトラクションのあるところです」
「アトラクション?」
僕たちは霧咲先輩の後ろをただ追うだけで、どこに行くのかは全く見当がつかなかった。
その結果、連れてこられたのは……。
「えーっと、なんでファミレス?」
「先ほど言ったじゃないですか。ちょっとしたアトラクションのあるところだって」
「いや、それは確かに聞きましたけど、ファミレスのどこにアトラクション要素が含まれているんですか?」
今いるのは、いたって普通のファミレス。周りを見渡してもアトラクションらしきセットはどこにも見当たらない。
何かの間違いだろうか?
いや、この人に限ってそんなことはしないはずだ。いったい何を企んでいるのやら……。
テーブル席に案内され、僕の隣に霧咲先輩が座り、その向かいに柚希、僕の向かいに杏子が座った。
「『ロシアン苺爆弾』を一つお願いします」
「かしこまりました」
ちょっと待てええええ!
何いきなり怪しげなものを頼んでいるんだこの人は。
「ロシアン⁉ しかも爆弾って何?」
「あら、苺は苦手でしたか?」
「そこじゃないですから!」
すると杏子がひょこっと手を上げて霧咲先輩に物申す。
「霧咲さん。兄さんが苦手なのは、苺じゃなくて桃です」
「おかしいですね。私は杏が苦手だとお聞きしましたが?」
なんでそこでバチバチしてるんだ。僕は桃も杏も苦手なんて一言も言ってないぞ。
「あの霧咲先輩、今頼んだロシアン苺爆弾って何ですか?」
「あれが今日のメインディシュです」
「物騒なメインディシュですね」
「そう、爆弾なんて物騒です。でも爆弾はすぐ近くにありますよ」
「近くに?」
「そう、そこに」
霧咲先輩はそう言いながら、目の前にいる柚希を指差した。
訳も分からずに、きょとんと目を丸くする柚希。
「へ? 私? 爆弾なんて持ってないですよ?」
「目に見えるものではありません。あなたの心の中に爆弾があるのです」
「霧咲先輩、何を言ってい――うぎっ!」
僕の口出しを阻止するためか、霧咲先輩は向かいにいる二人からは見えない僕の太ももを指でつねってきた。地味に痛いんですけど。
「私の心の中? 生徒会長さんはポエムとか好きなんですか?」
「別にポエムを述べているわけではありません。宮原さんは最近、悩みなどは抱えていませんか?」
「今日ってお悩み相談するために呼ばれたんですか? 涼ちゃんからそんなことは一言も聞いてないんですけど……」
「ええ。岡島くんにはあなたに嘘をついてもらいました」
――バンッ!
柚希はそれを聞いた途端、両手でテーブルを叩いた。
その行為に僕は少しビクッとしたが、霧咲先輩は何も動じる様子はない。それは杏子も一緒だった。杏子は動じてもいいだろ。なんで平然としている。
「涼ちゃんが……私に嘘? ありえないよ。涼ちゃんは私を騙したりしない。ねえ、涼ちゃん。この人に何か悪いことされてない? 大丈夫? いじめられてない?」
柚希は身を乗り出し、まるで僕の目の奥を覗き込むように見つめてくる。
いじめられてないと言えば、嘘になるだろう。だが、そんなことを口走ってしまえば、隣にいる霧咲先輩に何をされてしまうか……たまったもんじゃない。
僕は俯き、柚希から目を逸らした。
「なんで目を逸らすの? ねえ、なんで? なんでなの? 私に言えないことでもあるの?」
「質問攻めは良くないですよ、宮原さん。まあ、百パーセント悪いというわけではありませんが」
補足したよ、この人。完全否定したら、自分ができないからって保険かけてきたよ。
「元はといえば、生徒会長さんのせいですよね? だから涼ちゃんが苦しんでいる」
「そういう思い込みは良くないです。岡島くんはあなたのお人形じゃないですよ」
「さっきから良くない良くないって、善人気取っているんですか?」
「あなたの口調は少し怒りを帯びているので、心を穏やかに保っているだけです」
「生徒会長といえども、本当は裏で趣味の悪いこととかやっているんじゃないですか?」
「私は常に相手を思いやる心を最優先にしているだけですよ。先ほども言いましたが、そういう思い込みは良くないです」
うわあ、なんだこれ。会話が成立しているのか、していないのかわからない。
どちらも一歩も引かないな。
杏子はここに来たことを後悔しているだろう。今どんな顔をしているのか。
僕は杏子の顔色を伺う。
杏子は変わらず、動じる様子はなかった……いや、待て。
よーく見ると、杏子の目は死んでいた。心を無にしているのか。
だが、それでいい。変に口出ししたら、自分に跳ね返ってくるのが目に見えるからな。
「ちょっとお手洗いに行ってきます」
「どうぞ」
柚希は少し疲れたように立ち上がり、トイレに向かった。
その隙に、霧咲先輩は僕ら兄妹に目を合わせる。
「杏子さん。今日の目的はなんとなくわかりましたか?」
「はい。柚希姉さんのヤンデレを治すといったところでしょうか?」
「ご名答です」
「杏子、柚希がヤンデレだって気づいてたのか? なんで教えてくれないんだよ」
「いや、普通気付きますよ。気付かない兄さんは亀と競争しても勝てませんね」
いや、意味がわからないんだが……。
「とにかく、次は二人にも協力してもらいます。そろそろアレが来ると思うので……」
アレ? もしかしてあのロシアン苺爆弾のことか?
どんなビジュアルなのか、気になる。
「さあ、第二ラウンドの始まりです……」
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