第2話 オカピは絶滅危惧種なんです
「えー我が上山高校は文武両道を目指し……」
校長先生による長話はどこでも同じだ。長々と学校の在り方とか、学校の自慢とか、たまに自分の自慢だってする。誰も聞いていないって分かっているにもかかわらずに。
僕が今いるのは上山高校の体育館。
入学式の真っ最中だ。
新入生がステージ側に座るのに対し、在校生や保護者が対面するような形で座っている。僕の席は新入生の真ん中あたり。
僕だけが見られているわけではないのだが、多くの人がこっちを見ていると思うと緊張してしまう。
取り柄もない普通の僕は頭の良さも普通レベル。この高校を選んだのは、確実に受かるだろうという両親の太鼓判に後押しされただけ。特に理由もなく、この高校を選んだのだ。
たぶんだが、今ここにいる新入生の半数は同じ理由だろう。高校なんてどこに入ったって同じだ。高校三年間で必死に勉強すれば良い大学にも入れるだろうし、逆にだらけてしまえば良い高校にいたとしても良い大学には入れない。
つまり、自分次第なのだ。
僕は高校で楽しく過ごして、勉強も普通に頑張って、将来も普通に仕事して、普通に暮らせればいいなと思っている。
楽しく平穏に過ごしたいのです。
急に周りの頭が下がり始める。校長先生の話が終わったようだ。
僕は目立ってしまう前に、不自然にならないように合わせながら頭を下げた。
「続いて、在校生代表……生徒会長より祝辞」
次は祝辞か……また長話になりそうだ。生徒会長も大変だなあ。絶対に望んでいないはずなのに、文章考えてこんな大勢の人の前で話さなきゃいけない。
けれど生徒会長を引き受けるほど、頭が良くて心の優しい人なんだろうなあ……。
いったい、どんな人なんだろう?
顔を見てみたいと思ったが、僕の身体が小さいため、あまりマイクのある場所が見えない。
僕は隙間から覗き込むようにマイクの前に立った人物を見て、驚愕した。
「さ、さっきの人だ……」
僕は思わず声を漏らしてしまった。
しかし、周りの新入生や保護者がざわついていたため、僕の声はあっさりと埋もれてしまう。
「おい、美人じゃね?」
「あんな綺麗な人いるんだ~」
小声でひそひそ話を始める周りに対し、僕は忘れようとしていた約三時間前のことを思い出してしまう。
☆☆☆
「あ、あの、この状況はいったい……?」
僕は縄でぐるぐる巻きにされ、逆さまの宙づり状態で女性に説明を求めた。
なんでぐるぐる巻きなの? それに調教って……?
僕の頭の中で疑問が暴れ回る。
「良い質問ね。この状況において、最善の質問をしたことを褒めてあげるわ」
「いや、最善というか、それ以外に何があ――」
「黙りなさい」
ごめんなさい。
「あなたはもう私の豚なのよ? ああそれじゃあ、豚がかわいそうね。何がいい?」
「何って、僕は人間ですよ。僕の名前は岡――」
「黙りなさい」
ごめんなさい。
「それじゃあ、オカピにしましょう。かわいいもの」
僕の地位が決まったことで嬉しそうに笑う女性はバックの桜とマッチして、まるで映画のワンシーンのように美しく見えた。僕はこの状況にもかかわらず、顔が緩んでしまう。
「あら、縄でぐるぐる巻きにされる喜びが分かったのかしら?」
「ち、違いますよ! 僕はただあなたの――」
「黙りなさい」
ごめんなさい。
僕に喋る権利はないのですか?
「私はあなたのご主人様。でも今は調教している時間はないわ。解いてあげる。でも油断しないことね……」
☆☆☆
そんなことがありまして。
僕はあの人のオカピになってしまったらしいけど、結局訳のわからないことをベラベラと言われただけで、僕の知りたい本質には何一つ迫れなかった。
マイク前に立った女性は一礼し、一呼吸おいてから口を開く。
「新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます。そしてようこそ、上山高校へ。私は生徒会長の
あれ、さっきと様子が……というか喋り方がまるで違う。
さっきはこう、命令口調というか、相手を見下すような喋り方だったはずだ。
もしかして別人だったり――、
「私事ですが、私は最近オカピがかわいいなと思っております」
同一人物ぅぅぅぅ!
今オカピって言ったよ。祝辞でオカピなんて言う人、あの人しかいないよ。
「……オカピは絶滅危惧種になっています。皆さんの優しい心があれば、オカピは救われるでしょう!」
オカピについて語り続け、最後のまとめになった瞬間、パチパチと拍手が巻き起こる。一同、スタンディングオベーションだ。
ど、どういう状況ですか?
そして霧咲先輩は唯一座っていた僕を見つけると、ニヤリと笑った。
その小動物を見つけた肉食動物のような表情は僕の背中に悪寒を走らせる。こ、怖すぎる……。
スタンディングオベーションから十五分ほど。
無事に入学式は終了した。僕自身は無事なのかわからないけれど。
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