第4話 はじめての調教

「十秒遅かったわ。はやく私の前にひざまずきなさい」


 昼休み。

 僕は霧咲先輩に日当たりの良い屋上へ呼び出されていた。

 何で呼び出されたのかというと、今朝登校して自分の下駄箱を開けたら、中にラブレターならぬ指示レターが入っていたのだ。


 予定の時間ぴったりに来たつもりだったが、どうやら十秒遅かったようでそれを見逃してはくれないらしい。

 僕は無駄な抵抗はせず、言われたとおり霧咲先輩の前に両膝をつく。


「あら素直ね。目線を低くしてそんなに黒タイツに包まれた私の美脚を拝みたいのかしら?」

「いや、先輩が前に来て跪けって――」

「黙りなさい」


 ごめんなさい。


「それとも、私が履いているこの黒タイツに興味があるのかしら? オカピは変態ね」

「僕はそんな変態みたいなフェチズムなんか持ち合わせていな――」

「黙りなさい」


 ごめんなさい。

 またこの流れか!

 どうにかして会話を成立させないと、一生このままだぞ!


「だ、黙りませんっ!」


 僕は立ち上がり、霧咲先輩の目を見ながら反論する。


「あら? あなた、ご主人様である私に刃向かう気?」


 ギロッと獣のような目つきで僕を見下す霧咲先輩。もしかして地雷を踏んでしまったのかもしれない……。

 霧咲先輩は僕を見下したまま、ポケットに手を入れる。


「あら偶然。こんなところに誰かを縛ったことのある縄があるわ」

「偶然じゃなくて携帯してるじゃないですか!」

「……質問をするわ」

「は、はい。何でしょうか?」

「ここはどこかしら?」

「え? ここは校舎の屋上ですよね……」

「――大正解よ」


 だが、時すでに遅し。

 僕は昨日と同様、全身を縄でぐるぐる巻きにされた状態だった。


「いつの間にっ⁉」

「さあ、調教の時間よ……快楽に溺れる準備はいいかしら?」

「いったい何のことですかっ⁉」


 僕は霧咲先輩に軽々と担がれ、屋上の端に運ばれる。

 そして僕は転落防止用の柵に別の縄で括り付けられた。もちろん、外側にだ。

 そう、いつ落ちてもおかしくない。


「あ、あの、お、落とさないですよね? 落ちたら確実に死にますよね?」

「そうね、死ぬわ。あらごめんなさい。それはフリだったのね」

「違います、違います! フリじゃないですからぁ!」


 そういうの今いらないから!


「じゃあどうすればいいの、オカピ?」

「助けてください」

「オカピが謝れば、助けてあげるわ」

「ごめんなさいっ! 許してくださいっ! 何でもしますからっ!」

「何でもねえ……じゃあ、死になさい」

「そんな理不尽なぁ」


 少し風が吹くだけで僕と柵を繋いでいる縄が左右に揺れ、僕の身体も比例して揺れる。ほんと、怖いんですけど。


「ああそういえば、生徒会の役職が一つ空いていたわね。どうかしら?」

「ちなみに何の役職ですか?」

「ペットよ」

「はい?」

「ペットよ」

「は、はあ……」

「決定ね」

「いや、何も了承してないですけど⁉」

「死にたいの?」

「やります」


 生徒会のペットになるということでなんとか危機は免れたが、僕は明らかに霧咲先輩の手の上で転がされていた。

 縄から解放された僕は生徒会のペット、つまり正式に先輩のオカピに……。


「さっそく仕事よ、オカピ。まずはグラウンドに向かってあなたの性癖を叫ぶのよ! 心置きなく!」

「心置きなく⁉ というかなんで性癖⁉」

「まずはあなたの羞恥心のレベルを測るわ。さあ、遠慮しないで言いなさい」

「遠慮しますよ!」

「そう……」


 その瞬間、僕の視界から霧咲先輩が消える。一瞬で僕の背後に立っていたのだ。

 そして僕を羽交い締めにした。


「わっ! な、何するんですか⁉」

「物理的に羞恥心を確かめるわ。さあ、気持ち良いと叫びなさいっ」


 か、感想を言えばいいのか?

 でもこれは僕より霧咲先輩のほうが恥ずかしいんじゃないのか?


「え? ん? ええーっと……」

「はっきりと言いなさい!」

「お、大きくて、柔らかくて、気持ち良いですっ!」


 僕ははっきりと言った。お望み通り。


「大きくて柔らかい? …………きゃっ!」


 霧咲先輩は僕の感想の意味を理解し、赤面しながらすぐに僕から離れた。

 そう、羽交い締めをされた僕の背中には、霧咲先輩の豊かな胸が終始押し付けられていたのだ。


 おそらく霧咲先輩は、僕に物理的快楽を覚えさせようと羽交い締めをしたのだが、まさかこうなるとは予測がつかなかったのだろう。


「先輩、大丈夫ですか?」


 僕はしゃがみ込んだ霧咲先輩に手を差し伸べる。


「……お腹が空いたわ。焼きそばパン買ってきて」


 目に少し涙を浮かべた霧咲先輩が小声でつぶやく。


「わかりました。すぐに買ってきます」


 先ほどまでと違う霧咲先輩を見て僕は一安心する。

 うまくいかない時だってあるんですよ。


 先輩のオカピとしての僕の初仕事は、よくあるパシリでした。

 もしかして屋上に呼ばれた理由もこれだったのかもしれません。

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