第5話 これは病気?withお嬢様
上山高校に入学してから、一週間が過ぎた。高校生活にも慣れ始め、新しい友達が男女ともにできたことは素直に嬉しい。
屋上での一件以来、霧咲先輩に呼ばれることはなく、姿を見かけることもない。
よほど恥ずかしかったのか、あるいはいわゆる調教というものの失敗が響いているのかは、僕にはわからない。
だが、そんな簡単に諦めるような人ではないはずだ。また何かしてくるに違いない。気を抜かないでおこう。
「涼ちゃん、お昼食べよ〜」
昼休みになると、いつものように柚希が弁当を持って駆け寄ってくる。この一週間、何度言ってもちゃん付けは直してくれなかったため、今は訂正も求めていない。
「ご一緒してもよろしくて?」
「別に毎回断りをいれなくてもいいんだよ?」
「ええ、感謝いたしますわ」
お嬢様のような喋り方で話しかけてきた女子の名前は
これぞまさしく大和撫子というような風貌でとても気品がある。綺麗で白い肌に優しそうな瞳。制服は同じだというのになぜか周りとは違う清潔感が溢れている。
仲良くなったきっかけはごく普通なもの。最初のオリエンテーション的な授業の際、何をしていいのかわからずにあたふたとしていた東城に僕が声をかけたのだ。
東城はお嬢様が集まるような高校ではなく、普通の高校に通って普通の生活がしてみたいということから上山を選んだらしい。
僕たち一般人とは違う生活をしてきたものだから、毎日が勉強とのこと。
それから毎日のように会話をするようになっていた。柚希とも仲良くなってくれたようで、昼休みはずっと一緒にいる。
昼食の際は、だだっ広い中庭に移動し、シートを敷いて弁当を頂く。
今日は快晴。外でごはんを食べるには最適だ。
「柚希様、お口元にケチャップがついていますわ」
「ありがとう、教えてくれて」
「いえ、とんでもございません。乙女は見た目も大事にしなくてはいけませんわ」
東城は制服のポケットからハンカチを取り出し、柚希の口元についたケチャップを拭う。
「東城は母親みたいだね」
「とんでもありませんわ。当然のことです……あ、涼太様! 涼太様もお口元にケチャップが……」
東城が制服のポケットから先ほどとは別のハンカチを取り出し、僕の口元についたケチャップを拭おうとしたその瞬間、柚希の人差し指が東城よりも先にケチャップを拭った。
突然の出来事に僕は目を丸くする。
そして柚希はその人差し指のケチャップを舐めとった。
「ダメだよ? 涼ちゃんのは私がとらないと」
「な、なぜですか?」
東城が柚希の勢いに押され、怯えたように疑問を問う。
「涼ちゃんのことは私がやらなきゃ。なんでまりりんがやるの? なんで? 私のすることだよね?」
「え、えーっと…………はぅぅぅ」
さらに勢いが増した柚希に圧倒された東城は困り果て、目に涙を浮かべた。
「おい、柚希! 急にどうしたんだよ?」
「涼ちゃん、安心して。私が涼ちゃんを守るから」
「守る? 何からだよ?」
「わからない? 泥棒猫がそこにいるでしょ?」
柚希は東城を指差しながら言い放った。
「ど、どろぼーねこ……?」
東城は何もついていけてない様子であたふたとしている。
でも、もう僕はカチンときていた。
「――いい加減にしろっ!」
僕は柚希に向かって大声で怒鳴りつける。
僕の大声に柚希は身体をビクッと震わせ、僕を見た。
「そんな言い方することないだろ? せっかく仲良くなった友達に対してひどすぎる!」
「お、怒ってるの……涼ちゃん?」
柚希は怯えたように僕の顔を覗いてきた。
「ああ、怒ってる」
「――っ!」
それを聴いた柚希は真っ青になり、そしてすぐに僕に飛びつくようにしがみついてきた。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめん……なさい……」
「お、おい柚希? ど、どうしたんだよ?」
僕の胸に顔を埋めた柚希に問いかけるが、返事がない。
「……柚希様?」
心配そうに東城が歩み寄り、柚希の顔色を伺う。
僕は柚希を引き離し、様子を見たところ眠るように気絶していた。
「
「いや、東城が悪いわけじゃないよ。うーん……柚希はちょっと疲れてたんだろう。ごめん、東城」
「いいえ、私の勉強不足ですわ。それよりも柚希様を保健室へ連れて行きましょう」
「そうだね」
僕は立ち上がり、柚希を抱える。
「お片付けは私がしておきますわ。柚希様をお願いします」
東城はなんて優しいんだ。自分のことを泥棒猫呼ばわりした相手を気遣うなんて。まあ、泥棒猫という言葉を知らないこともあると思うけど。
「なあ、東城。今日のお礼を後でしたいんだけど……」
「いえ、とんでもございません。お礼されるようなことは何も……」
「いや、させてほしいんだ。何かやりたいこととかあるかな?」
「涼太様がそこまでおっしゃるのでしたら……。そうですね……あ! 私、部活というものをやってみたいですわ! 涼太様や柚希様と!」
「部活か……。うん、ちょっと考えてみるよ」
「感謝いたしますわ!」
東城は満面の笑みを浮かべながら、僕に向かってお辞儀をした。
僕は少しだけその笑顔に見惚れて……振り向き、保健室へと向かった。
それにしても、柚希はなぜあんなことになったのか気になる。何かの病気だったらどうしよう。誰か知ってそうな人は……ああ。
仕方ない。放課後、あの人に聞いてみよう。
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