第15.5話 杏子のとある日常

 私の名前は岡島杏子。中学二年生です。

 ある日の買い物中にスカウトされて、アイドルを始めました。アイドルといっても、ローカルですけど。

 流されるようにテレビ番組に出演したり、町のPRをしてきたけど、最近はつまらなくなってきました。ぶっちゃけつまんないです。

 そろそろやめようかなあなんて思っている今日この頃。

 そんな今日は学校で体力測定です。


「今時ブルマって、この学校はどんな教育方針を掲げているの? 時代遅れね」

「でもこのフィット感、私は嫌いになれないなあ」


 私と一緒に体操着に着替えているのは、小学一年生からずっと同じクラスの小谷野沙耶ちゃん。黒髪のポニーテールでピンクのシュシュが可愛らしい。スタイルも良くてアイドルみたいな女の子です。胸は私の方が大きい……はず。


「ブルマだよ? 世の汗だくの親父どもがペロペロと舐め回すように見てくるのを沙耶ちゃんは黙って見過ごすの?」

「そんなわけないよぉ。私だって見られるのは嫌だよ」


 沙耶ちゃんは顔を赤く火照らせながら、自分の身体を両腕で隠そうとする。

 私はそんな沙耶ちゃんの横で着替えを済ませ、更衣室の外へと向かう。


「先行くよー」

「えっ、ま、待ってええええ!」


◇◇◇◇◇


「おおおおおおおおおおおおっ!」


 体育館に入ると、着替えの早い男子たちがこちらを見てうざったい歓声を上げる。

 そしてざわざわと騒ぎ始める。


「このクラスでよかったあ! 本物のアイドルの岡島さんと学校のアイドルの小谷野さんのブルマ姿を拝めるなんて……幸せすぎる!」

「二人とも高校生顔負けのナイスバディ! 眼福眼福ぅ」

「スラリと伸びる美脚もまた素敵だあ!」


 こっちにダダ漏れなんですけど。舐め回すように見てくるやつらはこんな近くにもいたことを忘れていました。


「私の身体はお兄ちゃんだけのものよ」

「――なっ⁉ 何を言っているのよ沙耶ちゃんっ!」


 私の顔はみるみる赤く染まる。冷や汗も出てきた。

 さらに、沙耶ちゃんは隙ありとばかしに、私をからかう。


「あれれー? その反応は……もしや図星ですか?」

「ち、違うからっ! 全然そんなんじゃないからっ!」

「おーいお前らー、そろそろ始めるから集まれー」


 体育の先生が全員に集合をかけた。

 のらりくらりと先生のもとに私たちは集まる。


「それじゃあ二人一組になって、各組それぞれ空いてるとこからじゃんじゃんやっていけー。男女の組は無しな、男子ども」

「えええええええー!」

「行こ、杏子ちゃん」


 男子たちが悔しがっているのをよそに、沙耶ちゃんは私の手を引いていった。

 最初は上体起こし。いわゆる腹筋だ。時間は三十秒。

 一人がやる間、もう一人は足を抑えて回数を数える。


「じゃあ私やるね」


 沙耶ちゃんが率先してマットの上で仰向けになり、膝を立てる。私はその足を抑えた。

 …………。

 こ、このアングルなんかヤバい……。

 足を抑えて沙耶ちゃんの顔を見ようとすると、その前にそびえる二つの膨らみが自然と視界に入る。体操着のせいか、その膨らみからよりエロスを感じる。

 それに加えて、横になってもあのボリューム……本当は私より大きい……の?


「杏子ちゃん? 始めるよ?」

「あ、うん。よーいスタートっ」

「く、うううう〜んっ!」


 私の合図とともに沙耶ちゃんは上半身を起こそうとするが、なかなか上がらずに唸っている。

 腹筋が弱いのだろう。

 ――いや、待って。まさかとは思うけど、あの胸のせいだというの⁉

 うーん、考えすぎよね……。


 結局沙耶ちゃんの上体起こしの記録は二回。

 その後の私の記録は二十回。普通かな。


 次の測定は反復横跳び。

 これって地味に疲れるから嫌。


「じゃあまた私からやるね」


 再び沙耶ちゃんが率先して所定の位置に立つ。

 三本の線を順に踏むかまたぎ、それが何回かを測るものだ。時間は二十秒。


「行くよー。よーいスタートっ! ――なっ⁉」


 私はスタートの合図を送った瞬間、目の前で起きた衝撃の現実に言葉を失った。

 そう、私の目には沙耶ちゃんが映っている。

 そう、沙耶ちゃんのが映っている。

 そう、沙耶ちゃんの胸が映っているのだ。


 横に飛ぶ度に、縦に、いや横に、縦横無尽に揺れ動く胸はそう、表すとすれば、主人の指示を聞くことを知らない暴れ馬のよう。


 私は一人、現実を突きつけられ、絶望感に浸っていた。

 それから体力測定は続き、全ての測定が終了。

 記録は全て沙耶ちゃんより私の方が上回っていたが……負けた気がする。


 更衣室へ戻り、隣で着替えをする沙耶ちゃんの身体をチラチラと覗く。


「どうしたの杏子ちゃん? 私に何かついてる?」

「し、失礼します……」


 私は我慢できずにゆっくりと開いた手を沙耶ちゃんに近づけ、数センチまでいったところで勢いよくそのたわわに育った胸を鷲掴みした。


「ひゃんっ! 何するの杏子ちゃん!」

「こ、これが……ビックバン級のおっぱ……」


 鷲掴みしていた私の目の前は次第に真っ暗になっていった。


「……あ……ず、杏子〜」

「――はっ!」


 誰かに呼ばれ、私は目を覚ました。

 白いシーツに包まれている私。

 見知らぬ天井が広がっており、私の横にはお兄ちゃんが座っている。

 そうだ、私は沙耶ちゃんのビックバンを味わって、意識を失ったんだ。


「心配したぞ。杏子が倒れたって中学から連絡がきてな、急いできたんだから」

「ご、ごめんなさい。たぶん軽い貧血だと思う」

「沙耶ちゃんがお前を保健室まで運んでくれたらしいから、ちゃんとお礼言っとけよ?」

「わ、わかってるよ」


 お兄ちゃんと沙耶ちゃんは面識がある。

 小学生のときはよくうちに遊びにきていたから。中学に上がってからはまだないかな。

 また顔を合わせてしまうと、私にとって悪い方向に行ってしまうから……。

 ガラッと保健室のドアが開く音がした。


「杏子ちゃん、大丈夫……って、お兄さん⁉」


 こちらへスタスタと歩いてきたのは、帰りの支度をした沙耶ちゃんだった。沙耶ちゃんの手には私のカバンもある。持ってきてくれたのだろう。

 けれど、なぜこのタイミングできたの⁉


「おお沙耶ちゃん! 久しぶりだね」

「お、お久しぶりです、お兄さん。ほ、本当に久しぶりで……あちゃちゃ……」


 沙耶ちゃんはお兄ちゃんを見ると、頰を赤く染めて、同じ言葉を繰り返してしまう。

 私が危惧していたのは、こういうことなのです。

 なんと沙耶ちゃんは、妹の私と友達であるにもかかわらず、お兄ちゃんのことが気になっているのです。

 フシギデスネー。


 きっかけはたぶん、私たちが小学二年生のころ、沙耶ちゃんがもらった風船を木に引っかけてしまい、その風船をお兄ちゃんが木に登って取ってくれた……なんてベタすぎて、私は呆れてしまいそうです。


 かといって、私はそんな沙耶ちゃんのことを嫌いにはなりません。なぜなら私は沙耶ちゃんに対して、嫉妬とかくだらない感情など抱いていませんから。

 だって、お兄ちゃんは――、


「ずいぶんと可愛らしくなったね。沙耶ちゃん」

「あ、ありがとうございます! すごく嬉しいです」


 ………………………………お兄ちゃんっ⁉

 わ、私というものがありながら、目の前で女子を口説くなんて……。


「今度うちに遊びに来なよ。杏子も家で暇してるからさ」

「い、いいんですかっ⁉ それじゃあ、お言葉に甘えて……」


 家に連れ込むですって⁉ お兄ちゃん、いつの間にそんな品性の欠片もないチャラ男へと成長していたの⁉

 もう見てられない……。


「お兄ちゃんっ! 沙耶ちゃんがうちに来たら、邪魔しないでよ? 絶対なんだからっ!」

「何をそんなにムキになっているんだ? それに邪魔なんかしないさ」

「だ、だって……」


 私が俯くと、沙耶ちゃんが空気を読んだように声を出す。


「そ、それでは私はそろそろ……あ、これ杏子ちゃんの荷物です」

「ありがとう。助かるよ」

「い、いえ大したことではないので。では、失礼します。お大事にね、杏子ちゃん」

「あ、うん。ありがとうね沙耶ちゃん」


 沙耶ちゃんはお兄ちゃんに一礼し、私に手を振ると保健室を出て行った。


「じゃあそろそろ僕らも帰るか。立てるか?」

「……立てない」

「じゃあおぶってやろうか?」

「……お願い」

「って、いいのかよ。みんなに見られるぞ?」

「私が寝たふりしてれば、問題ないでしょ」

「はぁ。わかったよ、ほら」


 私はお兄ちゃんの背中に身体を預ける。するとどうでしょう?

 自然と私の胸がお兄ちゃんに押し付けられるわけです。

 お兄ちゃんの顔をこっそりと覗くと、顔を少し赤らめて我慢していた。


 そんなわけで私の作戦勝ちでした。

 やっぱり誰が使ったかもわからない保健室の固いベットよりもお兄ちゃんの背中のほうが一番落ち着くのです。


 これが私のとある日常なのでした。

 え、つまらない?

 私がつまれば問題ないのです。ふふっ。

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