第23話 卓球対決①-杏子VS沙耶ー

「女の意地がぶつかり合う卓球大会第一試合! さあ、各チームの先鋒が卓球台の前に出揃った!」

「杏子と沙耶ちゃん、中学生対決ですね」


 僕も少し好奇心で解説をしていく。やってみると意外と面白い。

 じゃんけんでサーブをどちらから始めるか決めるようだ。

 勝者は沙耶ちゃん。

 沙耶ちゃんのサーブで試合が始まる。


「沙耶ちゃん、この場では親友なんかじゃない。一人の敵としてあなたを倒します!」

「う、うんっ! 私も頑張るよ!」


 沙耶ちゃんは大きく息を吸い込み、ゆっくりとそれを吐く。緊張を和らげているのだろう。

 そしてサーブの構えをし、球を真上に投げると同時にラケットを振りかぶった。

 そして次の瞬間、渾身の力でラケットが振り下ろされる。


 ――スカッ!


「あ、あれっ⁉」


 沙耶ちゃんのラケットは落ちてきた球の上を通過し、何事もなく球は卓球台でバウンドする。

 綺麗な空振りだった。


「も、もう一回、行きますっ!」


 二度目。

 今度は球の下をラケットが通過し、球は当然のように卓球台でバウンドする。


「も、もう一回だけっ!」


 三度目。

 …………言わずもがな。


「ストラックアウトォォォォォッ!」

「あれ、いつから野球になったんですか?」


 沙耶ちゃんはその場にうずくまり、その周りだけ重い空気が漂っていた。

 そんな沙耶ちゃんを見かねたのか、杏子が隣まで歩み寄る。

 さっきは敵とか言ってたけど、やっぱり友達なんだよな。良いところあるじゃないか、我が妹よ。

 杏子はなぐさめるように沙耶ちゃんの肩をポンポンと叩いた。

 沙耶ちゃんは目を潤ませながら、ゆっくりと顔を上げる――、

 杏子は詐欺師が相手をうまく騙すことに成功して喜んでいるような笑みを浮かべていた。

 我が妹よ、なんて奴だ。


 ――仕切り直して、杏子のサーブ。

 杏子は運動神経が良いので、軽々とサーブをしてみせた。

 対する沙耶ちゃんは何回かラケットに球が当たり、返すことができたものの、自身の得点には繋がらず、ついに杏子のマッチポイント。


「これで終わりです。あっけない試合でしたね」

「杏子ちゃん強すぎるよぉ」

「まさかの展開です。あっという間に杏子選手がマッチポイントです」

「まあ昔から沙耶ちゃんより杏子の方が運動できていましたからね。沙耶ちゃんも頑張って」

「お、お兄さんっ⁉ わ、私頑張ります!」


 沙耶ちゃんは気合いを入れ直して、大きく頷いた。卓球で動いたせいか、綺麗に着こなしていた浴衣が乱れ、胸元や太ももの辺りが見えてしまっている。

 それに気づかずに杏子に向き合う沙耶ちゃん。

 杏子も同様に浴衣が乱れており、肌色の部分の露出が増えていた。


 指摘してあげるべきなのか。

 黙っておくべきなのか。

 ――と思った瞬間、僕のケータイにSNSのメッセージが届いた。

 霧咲先輩からだ。

 同じ部屋にいるというのに、なぜSNSで?

 僕は不思議に思いながら、メッセージを開く。


『黙っておきなさい』


 その一言が書かれていた。

 霧咲先輩本人に目をやると、こっちを見てこっそりと笑みを浮かべている。

 ……黙っておくしかないのか。

 あまり二人を見ないでおいてやろう。


「さあ行くよ!」


 杏子は球を上げ、ラケットを振り抜いた。


「もう一か八かっ!」


 沙耶ちゃんは思いっきりラケットを振る。

 ――ボヨンッ!


 球は変な音とともに、杏子側でワンバウンドしてその後方へと落ちていく。

 杏子はあまりの速さに動くことができず、立ち尽くしていた。


「いったい何が起きたんでしょうか? こちらも肉眼では確認できませんでした。リプレイ映像を見てみましょう」

「え、リプレイ映像あるんですか?」

「あるんです!」


 ベンさんの胸元のポケットから小さなモニターが取り出される。

 映像では沙耶ちゃんが思いっきりラケットを振ったところが映っていた。

 よく見てみると、ラケットに球は当たっていない。

 けれど、球は返せている。

 ならば、何で球を飛ばしたのか。

 それはスロー再生ですぐにわかった。

 球は沙耶ちゃんの豊かな胸に一度沈み込み、反動で杏子の方へと飛んでいったのだ。


「な、なんてことなの……」

「はわわわわわ……!」


 その映像を見た杏子が事件現場を目撃してしまったかのように驚愕していた。

 横で見ていた沙耶ちゃんは顔を真っ赤にしてふさぎこんでしまう。


「えー、まあなんというか、卓球は球をラケットで打ち合う競技ですので、自身の胸で打つのは反則とみなし、杏子選手にポイントが入ります……。と、というわけでこの試合は杏子選手の完全勝利っ!」

「杏子すごいじゃないか……あ、杏子さん?」


 僕の声かけに何も応じず、また微動だにしなかった。少しすると、何かブツブツと独り言を始める。


「む、胸で……? 球が跳ね返るほどのだ、弾力があるっていうの? あの鋭い打球……まさにビ、ビックバンから放たれた流星のごとく……」


 何を言っているのか、さっぱりだ。

 試合は勝者と敗者がいるのだが、どちらも悲しみやショックなどと負の空気が漂っていた。

 しかも、二人とも卓球のことに関係ないよね。

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