第22話 さあ、剣を拾いたまえ
「まずはじめに、競技会の日時についてだが……例年通りで構わんか?」
ノルテが周りを見渡すようにして言った。
「例年通り、というと今から約十ヶ月後程度だね。私はそれで良いよ」
イヌが賛同すると皆もそれに同調した。
「ちょうど、『一等級』昇格試験が行われる一ヶ月前くらいかの……本当に大変な時期じゃのう……」
アズマがそう嘆息すると、ノルテが鼻で笑った。
「まだクラス分けなんぞ古い風習をやってるのか。相変わらずの古臭さだな。私の代から北の国ではそれは取り止めたぞ」
「五月蝿いのぅ。戦好きの男女のくせに」
表情は依然として穏やかなまま、アズマは悪態をついた。
「何だと……?」
ノルテが勢いよく立ち上がり、ガタッという音とともに椅子が倒れた。それをそそくさと直すカナド。
「まあまあ……ここは両者引いて、話し合いを続けましょうよ」
イヌが仲裁すると、ノルテは舌打ちして腰を下ろした。
「そう言えば……、移動手段について注意して欲しい点がひとつ」
ノルテが思い出したように言った。
「魔法での移動の禁止じゃな。馬車が無難かの」
「そうだ。わかると思うがこういった大規模な催し物はテロ行為を行うにはうってつけのタイミングだ。なのでこれも例年通りなのだが、『セントラル』周囲に魔法を検知次第、拘束する結界を張ることとなっている。各自気をつけてくれ」
「なるほど」
セラタンが大きめの相槌を打つ。
「では次は、競技の内容、か。こればっかりは例年通りとはいかんだろうな」
ノルテが腕を組んで言った。
「いや、形式だけならいけるんじゃないか? 昨年は確か……予選を行って、そこの最下位を抜いた三国で本選をやったはず」
イヌが身振り手振りで説明した。
「それはいいかもしれんの。予選はともかく、本選なら勝ち上がった三国での総当たり戦が行える。先鋒、大将に分かれて、一対一で戦い合うのが理想じゃと思う」
アズマの言葉にすかさずノルテが反応する。
「それは具体的にどんな形式なのだ? 先鋒同士、大将同士が戦うのなら、必然的に引き分けが起きやすくなってしまうぞ?」
「その点に関しては問題ない。それはの、先鋒、大将の勝ち残りにすればいいからじゃ。例えば、先鋒の者が戦いに勝利し、次は相手の大将が出てくるという場合は、間に少し休憩を入れた後、その先鋒が相手の大将と戦う、といったようにじゃ」
おぉという声が室内に響き、皆顔を合わせ頷き合った。
「うむ。本選の方はそれでよさそうだな。まあ例年対人戦をやるのは、セオリーだったようだが……、予選でやる競技について何か案はないか?」
会議室に流れる沈黙。そう皆がうんうん唸っていると、自信なさげに上がる手が一つ。
「ん? 貴様は……ヴェルター、と言ったか。何だ。申してみろ」
ノルテの声にダグザはたじろぎながらも恐る恐る言葉を
「迷宮戦……なんてどうでしょうか?」
「ほう」
アズマの口角が上がる。
「迷宮戦、とはどんなものだ?」
ノルテの問いにイヌが説明する。
「迷宮戦ってのは私達のような魔法遣いが作成した迷宮の中で、ある種目を競い合ったりすることだよ」
「予選に関しては代表の方々には教えない方が良いのでは?」
セラタンが丁寧な口調で聞いた。
「うむ……確かにそうだな。では引き続き賢人達は残って会議をしよう。代表達は……そうだな。観光でもしているといい。あぁそうそう、胸章は忘れずにつけるように」
そうノルテが言うと扉から使用人が出てきて、代表達を案内した。
皆、伸びをしながら街へと繰り出していく。自分達も行こうとダグザがマーベルに声をかけようとするのを、阻む者が一人。
「何の用……ですか?」
「少し付き合ってくれ。なに、時間はとらせんよ」
赤髪の青年、アピは言った。
アピに連れられるまま、ダグザは街の喧騒を抜けていくと比較的人通りの少ない路地でナビゲートが終了した。
彼に背を向けていたアピがゆっくりと向きなおる。身体中から自信が溢れ出ているような立ち姿で、すでに気圧されてしまいそうだった。
「一体何の……」
「突然すまない」
アピは彼の声を遮って言った。
「君のような者が代表だなんて、心底驚いたよ」
一瞬、ダグザはアピの言葉の意味がわからず、しばらくとぼけた顔で立ち尽くすという痴態を晒してしまった。
そしてゆっくりと大きめの声で聞き返す。
「……何ですか?」
アピは小さく嘆息して口を開いた。
「まるで下民のような上品さに欠ける振る舞い、覇気の無い眼差し、自己紹介でのあのたどたどしさ。これらにより私は君に低い評価を与えざるを得ない。仮にも国を背負っていることに自覚がないと見える」
この時初めて、ダグザは自分が罵倒されていることに気づいた。
下民という言葉に少し反応しまったことに彼は少々の自己嫌悪に陥る。
一度深呼吸して、熱くなりかけた頭を冷やした。
「それで……その、結局のところ何の用なんですか?」
「あぁ特に用といった用はないのだが……君のあんな
ダグザは無意識にも自身の拳を握りしめていることに気づいた。
「わかったような口を……!」
「違うのか? それとも私を納得させる力が君にあるとでも?」
この時の答えをダグザは死ぬほど後悔することをもちろんのこと知る由もなく、即答した。
「試してみろよ」
ダグザの右手に
「野蛮だな。だが、簡潔で実に効率的なやり方だ。とはいえ競技会前に情報を与えるつもりはないから、魔法の使用は止めておこうか。君は使いたければ使いたまえ」
対するアピは彼の背丈よりも高い
「君の好きなタイミングで」
アピの手招きにダグザの眉間が引きつる。
その次の瞬間には、彼の足は綺麗な石畳を力強く蹴り、低い姿勢で突っ込んでいく。
久しぶりの剣術だけの手合わせだ。脳裏にヨンとの戦いが蘇り、慌てて目の前の敵に集中した。
眼前に斧の一撃。
跳躍。
リーチの長い敵は初撃をかわしての背後からの攻撃が有効だとダグザは自認していた。
(もらった!)
ダグザはアピの首元目掛けて剣を突き立てる。彼に当たる寸前で止めればこの決闘は終了、ダグザの勝利だ。
しかし、彼の剣先はアピが手首を返して振り回した
「詰めが甘すぎるな。まあ正直なところ、少し驚いている。
アピの体の周りをグルグルと得物が這う。
もう一度、ダグザは剣を構えた。今度は機動力重視ではなく、剣技で戦うしかないことは彼にもわかっていた。
剣のグリップを両手で掴む感覚が妙に懐かしい。
斧が振り下ろされ、槍の突きがくる。
本当に万能な武器だなと、今更ながらダグザは感嘆した。しかしそれに加え、如何にこの武器を使いこなすことが困難なのか知っていた彼は、アピの武術の腕を認めざるを得なかった。
ダグザは棒術の一つである足払いをかわし、一歩ずつ
食らえば彼の体を一撃で破壊するであろう薙ぎ払いの攻撃を、往なす。
また一歩。
一発一発に殺意が
続けて一歩。
視界の外からくる予測不可能な棒術を、かわす。
炸裂する剣技。
自然と彼の顔には笑みが浮かんでいた。
ダグザは、ダグザ=ヴェルターは本気だった。
文字通り火花が散る戦い。
残像が見えるほどの速さの攻防。
今という時間が全てこの一秒に濃縮されていく。
「何だよ……! その顔!」
ダグザが叫ぶ。
アピの表情は俯いているためよく見えない。
永遠に続くかと思われた剣戟はいとも簡単に終わりを告げられ、アピの右手は重そうな斧槍を抱えて真横に弾き飛ばされていた。
「僕の……、勝ちだ!」
ダグザは肩で息をしながらも、寸止めすることも忘れてアピへと剣を振り下ろしーー、
「危ないだろう」
見事、彼の空いた左手の殴打に弾かれた。
遠くで金属音が聞こえた。
「なっ……! というか、どうやって……?」
恍惚としていたダグザの表情が一瞬にして曇る。
アピの右手から離れた
「簡単だ。剣の刀身の
「そんな……! どういう……。じゃ、じゃああの剣戟は……」
「言っただろう。これ程のものとは、と。伝わりにくかったか」
ダグザは頭を抱えた。いっその事考えるのをやめてしまった方が楽になるのかもしれない。
「圧倒的な実力差に気づき、絶望しているといったところか……。だが、私はこの程度で許してやるつもりはないぞ。お前は私の期待を踏みにじったのだからな」
うるさい。頼むから黙っててくれ。
ダグザの体が恐怖のあまり小刻みに震える。今にも発狂しそうだ。
「さあ、剣を拾いたまえ」
アピの凛々しい声が建物の壁に反響した。
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