第6話 新天地
「いいか? 『二等級』ってのは『初等級』とは格が違うからな。ランク1の魔法をマスターしてるなんてのは普通の世界だ。まずお前はランク2の魔法の難しさを体感してこい」
『二等級』と書かれた扉の前で、ダグザは昇格試験後にガウルテリオから言われた言葉を思い出していた。
扉は『初等級』クラスと変わらず、そびえ立つような大きさだったが、あの時ほど緊張はしていなかった。
この扉の向こうがたとえ地獄だったとしても、彼は越えていく決意をしていた。
高鳴る胸を押さえて教室へ入る。
人数は『初等級』の半分ほどのようだった。
いきなりの登場に驚いた生徒達の視線が、ダグザに突き刺さる。
「おい……あいつ……」
「ああ、ダグザ=ヴェルターだ」
ぼそぼそと教室のあちこちから話し声が聞こえるが、これも今までとは違い、彼のことを警戒したものだった。
「ダグザ=ヴェルターです。ついこの前『初等級』から上がってきました。出来るだけ早く昇格できるように精一杯努力しようと思ってます。皆さんとはライバルでもありますが、同時に仲間だと思ってます。お互いに高め合いながら頑張れたらと思ってます。どうぞよろしく」
ダグザは大きく息を吸って、声を張り上げた。
彼にとっては自分の思いを正直に述べただけだったが、生徒達はますます険悪な雰囲気になってしまった。
「自己紹介ありがとうですわ。空いている席に座って下さいまし」
このクラスの担任を務めるクロエだ。
ダグザは指示された通り、前から二列目の席に着いた。
クロエはダグザが座るのを確認すると、大きく頷いて話し始める。
「何の話だったかしら? あぁ! 皆さん知っている人もいるかも知れないけれど、明日から選択授業制度が実施されますのよ。以前に選択した授業の教室に各自移動して下さいですわ。それと……ヴェルター君はガウルテリオ先生が授業を選択して下さっていたから時間割を聞いておいてですわ」
ダグザを含め、『二等級』生徒諸君は長めの返事をした。
「ヴェルター君、ちょっと……いいかな?」
同日の昼休み、ダグザは突然声を掛けられびっくりして振り向いた。
目の前には、少し女々しさが垣間見える童顔の少年。
ダグザは彼と昼食を共にすることにした。
ダグザにとっては学校内の食堂に行くのは初めてで、以前までの食事はガウルテリオが支給してくれていた。
彼らは食堂の奥の窓際の席を選び、向かい合わせで座った。
「いきなりごめんね。僕ワルシームって言うんだけど……朝の君の自己紹介に痺れちゃって、どうしても話したくなったんだ。あんな堂々と……自分を追い込むようなこと、僕なんか絶対できないや。それで……あの、できたらダグザ君と仲良くしたいなぁって」
初対面だが
特に彼は友人を作らないなんて決めてはいなかったので、快く返事をする。
「ぜひ、よろしくね。ちょうどわからないこともたくさんあったから、教えてくれたら助かるよ」
その言葉を聞き、ワルシームの顔がぱあっと明るくなる。
「何でも聞いてよ!」
「わかった……じゃあ……朝の選択授業について少し教えてもらおうかな。科目数……とか」
ダグザは特に気になってはいない質問をする。
「いいよ! 科目数は全部で六つ。武術、魔法学、魔法史、魔術、魔法研究と……試験特化。武術はその名の通り、体術や武器を使って自分の身を守る方法を学ぶんだ」
「魔法遣いも武術を学ぶのか……知らなかった」
ダグザは心底驚いた顔をした。
「習っていることは下民と変わらないと思うよ」
ワルシームの下民という言葉に彼は少しむっとしたが、悪気があったわけではないと悟り気にしないことにした。
「それから、魔法についての基礎や実習を行う魔法学。魔法の歴史を学ぶ魔法史。戦闘の中での魔法の使用を実戦訓練で学ぶ魔術。詳しくはよく知らないんですけど、魔法研究は将来の職業に影響するらしいよ。最後に、試験の為だけの授業を受けたい人用の試験特化だよ」
「試験特化か……いったいどんな人が授業を受けてるのかな?」
ダグザは自分も取ることになりそうだなと思いながら言った。
「あぁ、試験特化はもう『二等級』の範囲を学習済みの人が受けるんだ。僕もそうだよ」
ワルシームが笑って言う。
前言撤回。
受けることはなさそうだとダグザは考え直した。
「学習済み……?」
「うん、だって僕、もう三年目だから。そこの試験特化を受けてる人も皆、二年目以上の人ばかりさ」
「え……それってどういう……」
「皆『一等級』昇格試験に、合格することができないんだ。あれは年に一回しかない上に合格倍率は124分の1、つまり一人しか合格できないんだ。そんなんじゃ生徒が溢れちゃうって? 大丈夫。毎年何人かは『初等級』の生徒と入れ替えるんだ。だから毎年アホみたいに多くなっちゃう。まあでも、教室は腐るほどあるからね」
ダグザには後半の言葉は耳に入っていなかった。
何年間、自分はいることになるのだろう。
二年? 三年? もっとかもしれない。
彼はそんなのはごめんだった。
勢いよく席を立ち、自身の食器の乗ったトレイを返しに行く。
「ありがとう。ワルシーム助かったよ」
そう言うとダグザはそそくさと部屋に帰った。
むしゃくしゃした気持ちでダグザは部屋に入ると、部屋の中にはコーヒーの匂いが立ち込めていた。
「ようっ、邪魔してるぞ」
ガウルテリオが片手を上げながら言った。
「何の用だよ……」
もうかなり慣れたため、ダグザも彼に敬語を使わなくなっていた。
これの本当の理由はガウルテリオの振る舞いにあるのだが。
「選択科目とかの事だ。これ、新しい教科書な」
ドサッという音ともに厚い本の数々が床に置かれる。
どれも古そうだ。
「図書室からの借り物だ、しばらく使っていいってよ」
「それで……時間割は?」
「ああ、そうだったな。えっと、まずは、武術、次に、魔法史、魔法学、魔術ってなもんかな」
無難な選択にダグザは胸を撫で下ろした。
「ちなみに言っておくと武術は俺が担当教師を務めてるんだ。よろしくな」
「そうなんだ……まあ、武術の授業僕には必要ないと思うけどね…」
彼はボソボソと呟いた。
ガウルテリオには聞こえてなかったみたいで、そのまま帰り支度を始めている。
「ま、頑張れ」
軽い挨拶とともにガウルテリオは部屋を出て行った。
ダグザは、彼が去った後しばらく何か考え事をしていたが、やがて長い溜息をついた。
テーブルの上にはガウルテリオが片付けずに帰った、コップが置いてある。
コーヒーがまだ少し残ってるようだ。ダグザはコップに口をつける。
「にがっ……」
以来彼コーヒーを飲まないようにしようと心に誓った。
東魔術指南学校では、選択した科目の中から毎日の時間割が不規則に決定される。よって、同じ武術を選択した生徒がいたとしても同じ日に授業があるとは限らないというわけだ。
翌日の朝。ダグザの一限目は武術だ。場所は、学校内にいくつか存在している室内運動競技場。
この運動競技場は、教師の『操作』で形状を自由に変化させることができる、授業を行うにあたって使い勝手がいいものだった。
「おはよう皆、俺が武術を担当するガウルテリオだ。この授業では魔法の使用は原則禁止だ。魔法使いにとって武術はとても大切な要素だ。確かに、魔法遣いは魔法だけしてればいいという時代もあった。これはまだ魔法
熱く語るガウルテリオを見て、ダグザはにやけが止まらなかった。
「今日は体術から入る。まずは実力を見たいから、体操し終わったら二人組で順番に組手をやってもらう」
ガウルテリオが皆に指示を出した。
ダグザは周りを見渡した。
30人程度の生徒達が談笑しながら、次々とペアになっていく。
もしかしたら余れるかなと彼が思った時、声が掛けられる。
「俺と組もうぜ」
振り返ると、ダグザより頭一つ分も大きく、明らかに屈強な肉体を持ってそうな青年だった。
ダグザが断ろうとすると、ガウルテリオが声を張り上げた。
「これで皆組み終わったな、余りもいないようだから始めようか」
どうやら諦めるしかないようだとダグザは青年の誘いを受ける。
「俺はサミーだ。よろしくな」
「ああ」
ダグザはあえて名乗らなかった。別に仲良くするつもりはなかったし、相手もその様子だったからだ。
組手のルールは簡単で、相手の動きを封じた方の勝利となるらしい。
自分達の番になった時、彼はあることに気づく。
運動競技場に生徒の大半が、彼を睨んでいた。
自己紹介の時に反感を買ったダグザ=ヴェルターを叩きのめしてくれと訴えているのだ。
ガウルテリオの合図とともに組手が始まった。
生徒達の野次が耳に入る。
皆の声援はサミーに向けられていた。
何だか見たことある光景だなと彼は思った。
「よそ見すんなよっ!」
巨体が踏み込む。
大振りの一撃がダグザを狙う。太い腕だなと彼は思った。まともに食らったらまずいな、とも。
右足を半歩引く。
一撃を往なし、回転しながら前へ。
サミーの間抜けな声が響いた。
ダグザは腰を落とす。標的の懐までたどり着くと、一気に右腕を振り抜く。
鈍い音の後、サミーが嗚咽を漏らす。
やり過ぎたかなとダグザは後悔しながらも、巨体の背後に回ると苦しんでいるサミーの腕を取り、投げ飛ばした。
いつの間にか生徒達は言葉を失っていた。
勢いよく巨体が地面に叩きつけられ、砂埃が巻き起こっている。
組手の終了を確認したダグザは辺りを見渡して、頭を抱えた。
自分が
しかし、ダグザの予想していたものとは違い巻き起こったのは歓声だった。
「すっげぇぇぇぇ!」
「強すぎるな……!」
「規格外だろ!」
たちまち生徒達の輪の中に飲み込まれていく。
胴上げまでされそうな勢いだ。
「誰か、サミーを保健室に運んでやれ」
ガウルテリオはかすれそうな声で言った。ある程度武術を学んだ者にはわかるダグザの凄さを、目の当たりにしたのだから無理もないことだった。
「久しぶりだったから、やり過ぎたよ」
へらへらと笑いおどけるダグザの姿が、ガウルテリオにはなおさら怖く見えた。
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