第26話 恐るゝべきは才能
「はい。今日の鍛錬はこれにて終了、部屋に帰って疲れをとりなさい。勿論、寝るときは甲冑は脱ぎなよ」
グランノーデルが設定していた一日の修行の時間は合間に小休憩を挟んでの約六時間。
早朝五時に起床し、朝飯の前に一時間程走る。そして昼頃まで二時間、昼飯休憩後三時間、ひたすらに『魔力等価の法則』を駆使した細かい魔力操作の訓練を行う。無論甲冑に身を包んだままだ。
しかし、比較的短めな時間設定に焦るダグザは納得できなかった。
「何故もう終わりなのですか? まだ日は落ちていません!」
初め、彼はこう問いただしたことがあった。
対するグランノーデルは特に悪びれもせず答える。
「君の身体を考えての事だ。わかるかいダグザ。無理は、努力ではない。鍛錬、回復のサイクルこそが重要だ。焦るなよ」
別段、彼も考えなしに特訓に励んでいたわけではない。
身体的疲労は積み重ねると普段の修行に支障が出る恐れがあり、グランノーデルにバレれば厄介なことになる。そして一つの結論にたどり着く。魔力を使った修行に絞ればいいと。
図書館の魔法理論の本の隅々まで読みーー理解出来ないものも多々あったーー自分の弱点や足りないことを見つけ出した。
一つは魔力量の少なさ。
マーベルは勿論のこと、他の者と比べても自分は少ないことがわかった。しかし、これは扱える量が少ないことが大きな要因だった。魔力量は先天的な要素が強く、成長で増える事はまずないのだが、ダグザに至っては魔法を覚えてまだ一年程度。
そして二つ目、魔力操作の拙さ。
これは普段の修行でも訓練していたが、もっと深く角度の違う訓練をするべきだと彼は考えていた。
それは攻撃をする際にも、防御する際にも魔力がかなり重要な役割を果たすことがわかったからだ。
これに関しては既に良い修行方法を見つけていた。
「僕は魔力で武器を創ったりしかしてなかったけど……もっと単純な魔力そのものの扱い方がなってなかったんだ。手だけじゃなく全身から……」
彼は全身から魔力を『放出』し、それを長時間『維持』することでより正確で強固な『維持』を身につけようとしていた。
『
その他に、『放出』した魔力の一度に操る量を増やすなども試していたが、これも思いの外難しく、現段階では彼は同時に三つまでしか操ることができなかった。
ちなみにマーベルは同時に十八個の魔力弾を操ることができる。この事は直接マーベルから聞かされたのだった。自慢話を一度聞く程度で有益な情報が得られるのだから、安いものだとダグザは別段、気に留めていなかった。
最後に三つ目、魔法を発動する際などの反応速度が圧倒的に遅いこと。
これはもう無意識下で魔力を練り上げられるレベルまで慣れるしかないとダグザ自身わかっていた。
変化が如実に現れ始めたのはおよそ一ヶ月後。
行動の全てに魔力が付き
以前よりも魔力に慣れてきた証拠だ。
しかし、グランノーデルとの修行の方はあまり進行しておらず、やっと大剣持ち上げて構えを取れるようになった程度だった。そのおかげもあり、彼の特訓に気づく恐れはなかった。
(もっと……もっと……! 強くならなくちゃ!)
ある日の晩、何やら鬼気迫る表情をしていたダグザにエイバが声をかける。
「修行に意気込むのはいいけどよ……少し休むのも大切だと思うぜ。最近のお前、何か、変……」
そこで彼が言葉を切らざるを得なかったのは、ダグザの体から常に発せられている闘志のような、それにしては少し重い魔力に気付いたからだった。
(魔力は意思と直結しているって聞いたことがあるけど……こいつのは……)
「どうしたの……? エイバ」
先程と表情こそ柔和になったものの、魔力は途切れることなく発せられているダグザの姿に彼は鳥肌が立つのを感じた。
(やばい……!)
最初、ダグザは気のせいかと思っていた。
体の中を、空気の中を流れる魔力を以前よりもはっきりと感じ取れている。
しかし、
(変わっている……。確実に、着々と……! 扱える魔力の量も……!)
自身の成長を実感し、暫しの間達成感に浸っていた彼だったが、すぐに特訓の第二段階へと移る。
今まで全身から濃密な魔力を『放出』し、それを体の周りに留めることのみに集中していたが、今度はもっと範囲を縮めて、瞬時に集中したい箇所に魔力を送り込めるようにする訓練だ。
「ふっ……ん……ぐっ……!」
右腕、右手、人差し指と徐々に集める範囲を小さくしていく。
一箇所から魔力を『放出』することは慣れていたが、全身から発した魔力を一部分に集めるのは勝手が違い、難しいようだった。
(気を張ってないとすぐに空気中に逃げちゃうな……。こりゃ……頑張りがいがある……!)
そして、修行開始から二ヶ月が経った頃。
ダグザがいつも通り、
それもそのはず、彼の身体、正しくは魔力に起こった見違えるほどの変化をグランノーデルは感づかずにはいられなかったからだ。というか彼自身、もう隠し通せないと諦めていた。
「君……本当はもっと容易く大剣を振るえるだろう」
グランノーデルは珍しく狼狽えながらも厳しい表情だ。
ダグザはまっすぐ師父を見据えて答える。
「はい。一週間ほど前に自分も気づきました」
「それは……自分は既に『魔力等価の法則』に関しては完璧になっていた、という意味かい?」
「はい……」
「何故それを隠していた?」
相変わらず、グランノーデルが纏う空気は重いままだ。
「隠すつもりはありませんでした。ただ……出し抜いてやりたかった、というのはあります」
彼は全く物怖じせず、薄っすらと誇らしげに、かと言って自慢気ではない、自信に満ちた表情で言った。
それに対しグランノーデルは溜息をつき、こう述べる。
「では君の
ダグザは待ってましたとばかりに返事をする。
「了解です」
ごわごわとした布の感触を、今一度肌で感じながら精一杯集中する。
時間ならたっぷりいただいている。今はゆっくりと、魔力を練る。
肩の力を抜いて、グリップに手を掛けているだけのダグザの体から魔力の反応。
それは以前の彼とは比べ物にならない量だったのは言うまでもない。
(この短期間で……ここまで成長出来るものなのか? いや、もっと……もっとこいつは伸びる……!)
その様子をグランノーデルは固唾をのんで見守っていた。
魔力を練り終えると、今度はそれを体の内部のみに留め、ゆっくりと大剣へと流し込んでいく。まるで魚が掛かった釣竿のように、ぐいぐいと彼の魔力を引っ張る大剣だったが、今の彼には少し力不足だったようだ。
背丈以上ある大剣を軽々と振り回す彼を見て、グランノーデルは思わず言葉を漏らしていた。
「底が知れないなどとは……初めて思わされたよ……」
それは純粋に、ダグザの成長を見届けたいという思いからくるものだったが、善の思いの行いが全て善に働くわけではないとグランノーデルはまだわかっていなかったのである。
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