第13話 昇格試験 part3

 暗い。突然の暗転にダグザは視界を失い、手探りで周りを確認した。


「どうなってんだ…」


 思わず愚痴をこぼす。二次試験を初めて経験するダグザはここが迷宮内だとわかるまで少し時間がかかった。

 小さな光を『生成』し、右手の人差し指にそれを集める。

 冷たい石畳の間には苔まで生えていた。彼は本当に細部まで作り込まれているなと感心すら覚えた。

 念のため鞘に収められた剣を『生成』し、腰にさしておいた。明かりをつけているとはいえ少し先の方は全く見えないので慎重に歩を進めるしかなかった。


「暗い上に宝物の見当がつくわけでもない……どうすれば……」


 そう呟くと同時に、ダグザは背後から気配を感じ振り返った。

 魔力で作られた矢が目前まで迫っていたので彼はとっさにそれを掴み取り、空いている手で弓を『生成』し慣れた手つきでそれに矢をつがえた。

 矢が飛んできた方向から声が聞こえてくる。どうやら矢が当たったかどうか確認しに来たらしい。


「ありがたい……」


 ダグザは無慈悲に敵めがけて弓を射る。矢羽が風を切った後すぐに鈍い音がして悲鳴が上がった。

 そしてまばゆい光とともに、地面に倒れこんでいた射手の体が迷宮内から姿を消した。


「戦闘に敗れたら退場するってのは生徒同士でもありなのか……。それより腕、なまってるなぁ」


 ダグザが上の空で呟いた。





 観客席から歓声が上がる。


「一体あいつは何者なんだ……?」

「やってくれるねぇ!」

「噂には聞いていたがあれ程とは!」


 話題の中心はもちろんダグザだった。それもそのはず試験開始早々、ダグザの新たな一面が明らかになったからだ。

 人々は画面に釘付けになり、終始騒いでいた。


「おい、見ろよ!」


 観客の一人が別の画面を指差して大声を上げた。


「あいつ……何の迷いもなく迷宮を進んでるな……!」


 一斉に人々の視線を不本意に集めた少年、エイバは分かれ道でも立ち止まることなく走り回っていた。





「やっぱりそうだ……! 今回の迷宮の構造は八年前と同じ……これなら余裕だ!」


 エイバが走りながら叫ぶ。彼はこの日のために毎日、試験のためだけの勉学に励んできた。抜かりなどあるはずがなかった。

 運良く教師や、他の生徒に遭遇しておらず全てが順調だった。

 入り組んだ迷宮内を縦横無尽に駆け回る姿が観客をより一層楽しませているなんて、彼には知る由もなかった。

 昇格。

 その二文字がエイバの頭の中に色濃く浮かんでいた。







 その頃ダグザは思った以上に動かすことの出来ない足に喝を入れていた。

 先の見えない道、いつ襲われるかわからない状況にダグザは恐怖を募らせ遂には前に進めなくなっていたのだ。


「これならまだ戦ってたほうがマシだな……」


 彼が寂しそうに呟く。その時かなり近くで断末魔が響き渡った。

 彼が壁の陰から様子を伺うと、大きな肩幅が目立つ仮面の男がたった今生徒を沈めた瞬間だった。

 シルエットではマッドのように見えるなと彼は思い、絶対に戦いたくないなとも思った。

 大柄な仮面の男が去っていくのを確認した後、彼もその場を離れた。

 少しばかり焦りを覚えたので早足で角を曲がると、何やら柔らかめの障害物に行く手を阻まれた。

「……痛っ……」


 尻もちをついた彼がゆっくりと顔を上げるとひどく落胆した。

 黒いローブに仮面。間違いなく教師だった。マッドではないことは不幸中の幸いだなと彼は心の中で卑屈に言った。

 予想外なことに彼の突然の登場に教師の方も驚いている様子だった。

 必死にエイバの言葉を思い出しながら次の行動をダグザが考えていた時、教師は口を開いた。


「ヴェルターだな」

「へ?」


 ダグザが間の抜けた返事をした次の瞬間、彼の腹に強烈な衝撃が走った。






「よっっしゃぁぁぁぁ! 行けぇぇぇ!」


 画面を見て叫ぶ観客達。

 司会進行のガウルテリオはダグザが映る画面を見て思わず言葉を漏らした。


「ハームか?」






「……ッゴホッゴホッ!」

 勢い良く咳き込むダグザに容赦の無い蹴りが間髪入れずに入った。

 彼は痛みよりも、先程の声に妙に聞き覚えがあることを気にしていた。

 鞘と刀身の擦れる音が辺りに響き、ダグザが剣を片手で構えた。


「ようやく戦う気になったか……ヴェルター」

「あなたは……?」


 教師の右手がかざされ、たける稲妻が彼を襲う。ダグザはそれを左手で作った防壁で受け流す。


「調子にのるな! 下民風情がっ!」


 教師は一瞬で『生成』と『伝導』を同時にこなし燃え盛る槍を作り出してダグザへと突いた。しかし、一撃は彼の体をすり抜ける。


「っちっ……『幻影』か……」


 急いで振り返る教師にダグザはゆっくりと話した。


「久しぶりですね……『初等級』以来、ですかね」


 ハームは決まり悪そうな顔をしたが仮面をしているためダグザにはわからない。

 ダグザが二歩で間合いを詰めハームの懐へ。振りかぶった片手剣を一気に喉元めがけ振り下ろすとハームがそれに反応する。

 その瞬間ダグザは剣から手を離し、ガラ空きになったハームの腹へ平手打ちを二発打ち込んだ。


「んぐっっっ!」


 衝撃に後退するハーム。膝を地面についてしまっている。

 彼は驚きを隠せずに言い放つ。


「下民……のくせに……ふざけやがって!」


 落ち着いた表情とは裏腹に、ダグザの動悸は早まっていった。

 それは自分が教師相手に太刀打ちできていることと初っ端から攻めが成功したことにより、彼の興奮は最高潮に達していたからだった。

 ダグザの猛攻をハームは受け流すので精一杯だった。ハームが彼の殴打をかわすために仰け反る。そこへ彼が的確に足払いを入れ、一瞬ハームの体が宙に浮いた。

 ダグザは怒号にも似た雄叫びを上げ渾身の力で衝撃波を叩き込んだ。

 爆発音が迷宮の壁に反響する中、ハームの体は光に包まれていった。









「もし、もっと落ち着いて判断していたらこんな負け方はしなかったじゃろうな……」


 アズマがガウルテリオにそっと耳打ちした。


「それはどうでしょうか? 彼は……ダグザ=ヴェルターは本物です」


 運動競技場の熱気と迷宮内の生徒達の温度差が妙に滑稽こっけいだなとガウルテリオは思いながら答える。

 彼等のこの話し声が例えあと三倍は大きかったとしても観客達の耳には届かなかっただろう。

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