第16話 最強に触れろ

 グランノーデルが教室へ入って来たので皆自席へと戻り、彼が話し始めるのを待った。

 すると彼はおもむろに筒状にしていた紙を広げ、黒板に貼り付ける。


「何ですか? それ」


 エイバが聞く。


「これはね、トーナメント表さ!」


 グランノーデルがキメ顔で言う。生徒の何人かは小さな拍手をしていた。


「僕ら『一等級』には伝統があってね、毎年新しい人が入ってくる度に交流の名義で一対一の試合を行ってるんだ。トーナメント形式で、全部で四回戦あるんだ。ほら、皆相手見とかなくていいの?」


 言われた通り皆ぞろぞろと立ち上がり、黒板の前へ移動した。


「またお前とか……」

「今度は負けねぇよ」

「新入りとやりたかったぁー!」


 途端にガヤガヤと騒がしくなる教室。

 ダグザも目を凝らして一回戦目の相手を確認する。


「マー……ベル?」


 名前と顔が一致するまで少し時間がかかった。

 誰なのか再認識した後、彼が声をかけようとマーベルの方を向くとトーナメント表を食い入るように見つめていたので話しかけられる状態じゃないなと悟った。


「ダグザ、誰とだ?」


 エイバがダグザの肩に手を置いて聞いた。


「僕は……マーベルさんとだけど……」


 ダグザの声に皆が反応する。正しくは一つの単語に。


「あー……気の毒に」

「かわいそうに……」


 彼はなぜ自分が同情されているか理解できず不思議そうな顔をした。

 しばらく悩んだ末、エイバに尋ねる。


「皆どうしたの? なんか僕の方を見てるんだけど」


 エイバの方はマーベルの実力を噂程度に聞いているため、苦笑いを浮かべるしかなかった。


「まあ、お前は知らない方がいいと思うぞ」


 戦意喪失するから、と言葉が続くことをダグザは知るよしもなかった。


「なんだよ、それ」


 彼が不満そうに頬を膨らませていると、グランノーデルの声が教室に響き渡った。


「確認が済んだら第三運動競技場に移動してね」


 生徒達は長い返事をして、次々と教室を出て行く。


「第三?」


 エイバが尋ねた。


「知らなくて当然! 第三運動競技場は『一等級』の生徒のためだけに作られた場所なんだ。広さは第一、二運動競技場と比べて二倍近くもある特大の演習スペースなのさ!」


 グランノーデルがすかさず説明する。

 そのまま、迷路のように入り組んだ廊下を歩き運動競技場らしき場所に着いた。しかし、地面がかなり大きな粒の砂で歩きにくくとてもじゃないが演習に向いているとは言えなかった。

 どうやらダグザもそう思ったらしく、何回も足踏みして地面の感触を確かめている。

 それを見た生徒が彼の肩を叩いた。先程の栗色の髪を後ろで結わえている少女だ。


「この砂はね魔力濃度が凄く高いのよ。だから、形状を変えるのに魔力を使わなくていいしかなり大規模な『生成』も容易に可能よ」


「へぇ、そうなんだ」


 ダグザは何やら地面に手を当て、『生成』を行っているグランノーデルを見て言った。

 しばらくすると戦いのステージとなる広めの土俵が出来上がった。かなりの出来栄えだ。


「私、ミランダ。よろしくね。あなたの相手マーベルでしょ? 災難だったわね」


 ミランダと名乗る栗色の髪の少女は彼に握手を求めながら言った。


「よろしく。さっきも聞いたと思うけど……ダグザ=ヴェルター」


 彼は差し出されたミランダの手を握り返す。


「災難って何が?」


「マーベルと戦うからだけど……」


 ミランダは悩んだ。

 なぜなら彼女が返答したにもかかわらずダグザはとぼけた顔をしたままなのだ。


(まさか、マーベルなんて怖くないって意味? いやそれは流石に……でもあり得るかも?)


 などとミランダが必死に思考を巡らせていると、ダグザが不意に尋ねた。


「マーベルのことについて少し教えてくれないかな。彼女のこと何も知らないからさ、ほら戦い方とか」


「え? 知らないって……なにも?」


「ああ」


 ミランダは安堵したような残念なような不思議な気持ちになりながらも、ため息混じりに話し始める。


「マーベルの異名も? そう、わかったわ……彼女の異名は『底なしの魔女』。その名の通りべらぼうにうつわがでかいわ。魔法の技術以前に才能の差を感じるわよね」


 ダグザが大きく相槌をうつ。


「マーベルは学校に入学してすぐに『一等級』に上がったそうよ。なんでも最短らしいけど……ああ! そんなことより戦い方よね。んー……なんて言うのかしら。的確に強い、かな」


「よくわかんないよ」


 ついダグザは口を滑らせてしまった。

 どうやら一回戦の第一試合はもう始まっていたようだ。運動競技場内に声援が反響している。


「本当の本当に強いってこと! 魔法の技術とかタイミングとか、陽動も完璧よ。間違いなく東の国の学生の中じゃ一番の実力だと思うわ」


 ミランダが得意気に話した。

 その時、試合終了の鐘が鳴り響き、グランノーデルが終了を告げた。そのまま次の者達の名前を呼ぶ。


「ダグザ=ヴェルターとマーベル=ムーンライトは準備お願いします」


「お、早かったわね……まあどれほどのものか自分の目で確かめなさいよ」


 ミランダが親指を立てて言った。


「うん」


 試合のルールは、武器の持ち込み禁止、相手を続行不可にするか場外にした方の勝利の二つのみだ。

 両者共に土俵に登り終わったのを確認するとグランノーデルは試合開始の鐘を鳴らした。

 しかし、二人は一向に動こうとしない。


「『底なしの魔女』……だったっけ」


 唐突にダグザが口を開いた。


「その呼び名は好きじゃないの」


 ダグザはもうどぎまぎした話し方ではなかった。

 今目の前にいるのはただの強者だ。そうは見えないが。

 マーベルの左手に、樫の木で作られた彼女の背丈ほどの杖が現れる。


「今時珍しいよな……杖なんて……」

「まあ、恐ろしく強いからいいんじゃないか? 案外杖使ってるからかもよ」

「俺も杖使おっかな」

「ばーか」


 ざわざわと波紋が広がる。

 ダグザも負けじといつもより短めの剣を『生成』した。魔法を使うために左手は空け、右手でグリップを握っていた。


「ダグザって強いの?」

「さあ」


 心なしか野次も少なかった。

 これが現時点での自分への期待値だと思えば少しは気楽になれた。

 マーベルの目つきが変わる。これが真の試合開始だ。

 杖の切っ先から炎雷がほとばしる。ダグザは逃げずに防壁で防いだ。

 彼はジグザグに動きながら徐々に間合いを詰めていった。

 しかし、マーベルの炎雷がそれを阻みダグザのあとを追尾していく。


「走るねぇ」

「マーベルは機動力が低いからね。そこ以外じゃ勝負できないでしょ」


 周りの生徒達が気の抜けた顔で試合を見ている。この中に誰一人ダグザが勝つと思っているものはいなかった。


(魔法間のインターバルが短すぎる……!)


 ダグザは力強く地面を蹴りマーベルの周りを走り回った。

 先程の話から彼女の魔力切れを待つのは得策ではないと考え、彼は剣の刀身に薄い魔力の幕を『伝導』させた。

 そして一直線に……突っ込む!


「バカだなぁ」


 ミランダが腕を組みながら言った。

 彼はマーベルの連射を、防壁をまとった剣で弾きながら進んだ。

 次第に数が増え、速くなってくる魔法弾についていけなくなる。


「んぐっっっ!」


 腹に重い一撃が走る。

 それでも彼の足は止まらない。

 その右手に握られた剣は凛然としていて、彼の闘志を体現しているかのようだった。

 マーベルは小さな舌打ちをして、彼の右手を的確に熱戦で打ち抜いた。

 あまりの熱さに悲鳴をあげ、ダグザの右手から離れていくグリップの感触。


「うらぁぁぁぁあ!」


 咆哮に近い雄叫びに皆が息を飲む。


(あれが根性……なのかしら)


 マーベルは生まれて初めて、鳥肌が立つという感覚を味わった。

 彼女の杖から、新たな魔法弾が放たれる。

 林檎ほどの大きさで砂埃すなぼこりを巻き上げながらダグザに向かっていく。

 彼はそれを顔面で受け止めた。


「え……?」


 ダグザを除いたすべての生徒達は何が起こったのかわからず、困惑した表情を浮かべる。

 マーベルもわけがわからず止まっていると、ダグザがおもむろに口を開いた。


「そういえば、一年前に魔法遣いに叩きのめされたんだった……思い出したよ。すっっげぇ強くて、それが魔法なんだってあとから知ったよ……この戦いもあの時と似てるんだ……。一方的で。でも、あの時とは違う。今回は、ただ負けたりなんかしない。しないんだ」


 彼は落ち着いた表情かおでマーベルへと駆け出した。

 その手には見慣れた剣は握られていない。

 マーベルは彼の足元から火柱を出現させた。

 彼はそれを難なくかわし、先程まであんなに苦労していた間合いを一瞬で詰める。

 彼女の防壁にダグザのかかとが当たる。


「通らないな。体術ごときじゃ」

「体術ごときじゃ、な」


 生徒達の中にはダグザの可能性に気づくものも出てきた。

 しばらく彼の連打はすべて防壁に弾かれていたが、ある一発。たった一発の突きが魔力の壁を貫通した。


(魔術か……! でも……関係ない!)


 マーベルは、後方へとひるがえりダグザの追撃をかわそうとする。

 しかし、彼の動きは流れるように素早く逃げ切れない。

 彼女の横腹に蹴りが入る。


「んっ!」


 蹴られた直後から全身に痺れを感じたことからマーベルは魔力を打ち込まれたことを悟った。


「形勢逆転……って言うのかこれ」

「マーベルが押されてる……!」


 生徒の野次などもはや彼らの耳には届いていなかった。

 少しでも集中力を切らせばやられる。

 チャンスは今しかなかった。

 ダグザは走りながら新たな剣を『生成』し、大きく振りかぶってマーベルへと振り下ろした。

 彼女はそれを杖で受けるしかなく、トンッという釘を打つような音が辺りに響いた。


「マズイな」


 グランノーデルが笑顔のまま呟く。と同時に剣の刀身が灼熱の炎に包まれ、マーベルの杖は焼き尽くされた。

 彼女は両手から魔力を放ち、今出せる最大の氷塊を出現させた。


「すっげ!」

「でも見ろよ。マーベル、杖失ってるぞ」


 五分五分となった勝負を生徒達は皆食い入るように見つめていた。

 両者とも肩で息をしている。体力的にはマーベルの方がきつそうに見えた。

 ダグザは燃え盛る刀身で足元の氷を溶かし、氷塊から脱出した。

 足の感覚がない。

 おそらく魔力も残り少ない。マーベルの方は大丈夫なのだろう。

 ここで攻めるしかないと彼は思った。

 間違いなく最後の攻めだ。これを逃せばどのみち負ける。

 彼は炎を消し、代わりに藍色の光で刀身を包み込んだ。

 悲鳴を上げている足に鞭を入れ、ダグザは走った。


(あの剣に何を付与したのか気になるけど……)


 マーベルは息を整えると、試しに二発の魔力弾を彼に向けて飛ばした。

 魔力弾は彼の肩をかすめる。彼女はそれを指で『操作』しダグザの背中を追わせた。

 彼はそれに気づいても尚、走り続ける。

 そして、マーベルの体が目前まで迫った時、彼はその手に握られた剣を後方へと投げた・・・・・・・


「なっ!」


 回転して宙を舞う剣はダグザを追尾していた魔力弾を巻き込んだ。


「でも、攻撃はできないはず!」

「武器がないからな」




「いや……」


 グランノーデルが生徒の野次に小声で答える。


「彼には別の切り札があるのさ」


 ダグザは、両手のひらに隠し持っていた・・・・ありったけの魔力を込め、己の拳を振り抜く。

 もう彼はマーベルの懐まで進入しているためこの一撃ラストアタックを避けることは不可能だ。


「おりゃぁぁぁあぁぁぁぁ!」


 拳がマーベルの身体と接触した瞬間、とんでもない爆発音と衝撃波が起こり、細い身体を吹き飛ばした。

 その威力には『一等級』の生徒達にはとっても凄まじいものだった。


「んっ……はぁ……はぁ……」


 疲労でくてんとなった右腕を押さえながら、ダグザは砂埃がおさまるのをゆっくりと待っていた。































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