第15話 あれから一年

 静か過ぎる運動競技場に幾ばくかの居心地の悪さを感じながらも、ダグザはアズマから目をそらさず凛とした表情を保っていた。


「そんな怖い顔するでない。それに人の話は最後まで聞くべきじゃぞ、ヴェルター君」


 どちらかというと怖い顔をしていたのはアズマの方だろうと彼は思ったが、黙って話の続きを待った。

 アズマが軽い咳払いの後、口を開く。


「それでは、二人目・・・の二次試験合格者を発表する……エイバ=ルナ=スミス! 以上の生徒達が今年の栄光を手にした!」


 盛大が拍手がアズマの声に続く。


「……え?」


 ダグザは気が動転して、思わず声をあげていた。


「しかし、他の者達おっての栄光じゃ。皆よく頑張った!」


「ど、どういうことですか?」


 ダグザの問いは一層大きくなった拍手にもみ消されそうだったが、アズマはしっかりと聞き取っていた。


「言葉の通りじゃ……元々、合格者は二人いた。決めるのは……わしじゃからのう」


 そう言って彼に向けられたアズマの眼差しは海のように深く、飲み込まれてしまいそうだった。


「ほれ、来たぞ」


 アズマが指差した方角から、身体中を包帯でぐるぐる巻きにされているエイバが、周りの歓声に応えながらよたよたと歩いてきていた。

 ダグザとエイバは目が合うなり、無言で抱き合いたがいの健闘を讃えあった。


「ミイラ男みたいだ」


「うるせ」


 彼にとってエイバの体はとても温かく、肌に当たる包帯の感触も心地よかった。


「さあ今一度、彼らに盛大な拍手を」


 アズマが叫ぶ。

 さらに高まっていく運動競技場のボルテージの中でダグザは自分の意識が次第に遠のいていくのを感じた。


(そういや……まだ、休んでなかっ……)


 彼が気を失う前に聞いた言葉はエイバの

「おい、ダグザ!」

 だった。






 ダグザが目を覚ましたのは真夜中だった。

 ベッドは自室の物ではなかったので辺りを確認すると、ここが保健室であることがわかった。


「痛っ……」


 体を起こそうとすると激痛に阻まれた。

 気を失う前に見たエイバと同じように、ダグザの体には包帯が巻かれていた。

 部屋には明かりがついていないにもかかわらずある程度の明るさが保たれているのは、月明かりのおかげだった。

 彼はもう一度眠りに就こうとしたが寝付けなかったので、散歩でもしようと外へ出た。

 外の冷たい空気はとても気持ちがよくて、痛みはあまり気にならなかった。


「静かだな……」


 視界の隅に映る高い城壁に妙に嫌悪感を抱いたのを誤魔化すように呟いた。

 腹が鳴る。

 気づけばもう日が昇りつつある。

 先程の嫌悪感とは反対に今の状況に心地よさを感じ始めていることにダグザは気づいていなかった。






 ダグザが部屋に戻るとエイバが何やら忙しそうにしていた。


「おう。おかえり」


「ただいま。どうしたの? えらく慌ててるけど」


 ダグザが尋ねる。


「さっき至急『二等級』の教室に来て欲しいって連絡があってな。ダグザも呼んで来いと言っていたぞ……まあ大した用じゃないと思うけどね」


「へぇ……なんだろうね」


「わからないけど、それは行けばわかるからとにかく急いで」


 ダグザはエイバに急かされるまま部屋着から着替えて教室に向かった。

 駆け込むように二人が教室に入るとクラッカーの嵐が彼らを包んだ。


「なんだ?」


 エイバが目をパチクリさせて素っ頓狂な声をあげた。

 小さな発砲音が幾つも鳴り響く。


「おめでとうですわ! ヴェルターさん、スミスさん」


 クロエの聞きなれた声がして彼らはこれが送別会なんだと気づく。

 周りには他の『二等級』の生徒達が拍手で迎えていた。


「皆あなた方の昇格を喜んでいますのよ! さあさ、一言ずつお願いしますわ」


 クロエが用意された飲み物を皆に配り、乾杯の挨拶をダグザとエイバに催促した。

 二人は戸惑った様子で顔を見合わせる。


「僕は遠慮するよ」


 これを言ったのはダグザだ。

 エイバは彼を睨みつけたが、やがて諦めたようにため息をついて挨拶を始める。


「私たちのためにこのような会を開いていただきありがとうございます。今回は僕らでしたが誰にでもチャンスはあったと思います……まあとにかく、乾杯!」


「「「乾杯っっ!」」」


 早朝から行われた送別会はかなり賑やかなものとなり、皆でゲームをしたり飲み食いなどをしたりして楽しんだ。

 ワルシームが気まずそうにしていたが、ダグザが気さくに声をかけてやると、すぐに互いに謝り合い打ち解けることができた。

 送別会は昼時まで続いた。

 クロエから『一等級』への正式な昇格は一週間後であることを彼らが告げられ、完全にお開きとなった。


「一週間は長いな……」


 部屋の二段ベッドの下に寝転がりながらエイバが呟いた。

 事実上もう彼らは『二等級』ではないため、授業を受ける必要がない。

 要するに暇になるのだ。


「まあ、手合わせでもして……」


 そうダグザが言いかけた時、部屋の戸が突然開かれた。


「ガウルテリオ……ノック、しようよ」


 ダグザは、大きめの包みを持って登場した体術教師の名を呼んだ。


「お、おい……」


 教師を呼び捨てにしたことを指摘しようとエイバがダグザに肘で訴えたが当の本人は気づいていないようだった。


「少しこいつ借りてくぞ」


 ガウルテリオがダグザを指差して言った。


「どうぞお構いなく」


 エイバはそれに笑顔で応じる。

 部屋を出るとダグザは不思議そうに尋ねた。


「何か用?」


 見たところ何か細長い物が入っている包みのようだった。


「誕生日祝いだ。お前の両親から」


 一瞬ダグザの表情が曇ったがすぐに包みを受け取り誤魔化すように話し始める。


「そういえばもう十三だね……早かったなぁ」


 包みの中には鞘に収められた長剣ロングソードの柄が見えた。


「これは……」


「城下町……いや、東の国一の鍛冶屋が打った剣だ。相当値が張ると思うぞ。まあ……値段じゃないと思うがな。お前の両親の伝えたいことは」


 ガウルテリオの言葉にダグザは強く頷いた。

 鞘の端に『フォーティチュード』と刻まれている。職人の名か、剣の名か彼にはわからなかったがグリップの感触や重さはよく手に馴染んだため、彼は気にしないことにした。

 両親から贈られた二本目・・・の剣。

 二度目でも一年前とは全く違うモノであり、また同じ分岐点でもあった。

 彼の目に涙の色はなく、その眼差しはこれから歩むであろう未来の道へと向けられていた。


「そういや……昇格おめでとう」


 ガウルテリオが去り際に言った。まるで呟きのようにぼそっとした一言だったが、ダグザは嬉しそうに笑っていた。











 そして、一週間後。

 ダグザとエイバは今までにないほど早く起きていた。

 彼らの仲はかなり親密なものになっていたが、この日ばかりは会話が弾まない。かと言って黙っていれば緊張がほぐれるわけでもなくダグザは気を紛らわすように『フォーティチュード』の手入れをしていた。

 部屋の中に時計の秒針が動く音だけが響く。

 迎えの者が戸を叩いた。


「エイバ殿、ダグザ殿。教室までお連れしよう」


 声に従い、彼らは案内役についていった。幾つもの廊下を曲がり、階段を気が遠くなるほど上ると、見慣れた光景が眼前に立ちはだかった。


「どこの教室も同じか……」


 ダグザ早まっていく鼓動を抑えるように言った。


「どうぞ」


 勢いよく引き戸が案内役の手によって開かれる。

 その大きな音に教室内の者は驚き、の者は肝を冷やした。

 どうやら何か話している途中だったようで、教壇に立っている教師も目を丸くしていた。が、二人の姿を見るなりすぐに顔を綻ばせ大声で叫んだ。


「待っていたよ! 今ね、ちょうど今日新しい仲間が来ることを伝えていたんだ。本当に楽しみにしていたよ……僕はグランノーデル。グランで構わないよ」


「は、はい」


 笑顔で握手を求めてくる愛想のいい教師というのはどうも苦手で、ダグザはみがまえてしまっていた。

 エイバの方は柄にもなく笑顔で応じている。

 教室内に視線を移すと『二等級』よりも更に少ない人数にダグザは面食らった。

 彼らを合わせて十六人という少なさだ。その中にマーベルの姿もあり、彼は無自覚にも心が躍っていた。


「センセー、早く紹介してよ」


 生徒の一人が不満気に言った。

 栗色の髪を後ろで結わえている少女だ。彼女も実力者なのだと思うとダグザは武者震いが止まらなかった。


「おっと!ごめんごめん。こちらはダグザ=ヴェルター君とエイバ=ルナ=スミス君だよ。彼らは新しい仲間だ。仲良くするように頼むね」


 グランノーデルが彼らを空席へと誘導しながら答えた。

 生徒達も歓迎している様子でダグザは以前のような息苦しさは感じなかった。


「じゃあ、とりあえず今は交流の時間ってことで。私は次の時間の準備に行ってくるね」


 そう言ってグランノーデルは教室を後にした。

 馴染めなかったら面倒だとダグザは思っていたが、かなりの質問攻めにあうのもどうかと思った。


「ヴェルター君ってあの噂の子でしょ?」

「教師を負かした時の話、聞かせろよな」

「武術もすごいんだよね!」


「え……えと、うん」


 エイバに助けを求めようと教室内を探すが、もう何人かの生徒と輪を作り談笑している。


「ヴェルターさん、困ってるでしょ。少しは遠慮してあげたら?」


 助け舟を出してくれたのはマーベルだった。まともに話したことがないため、ダグザはかなり驚いていた。

 彼と目が合うと少し微笑みを浮かべこう口にした。


「久しぶりだね」


 ダグザはどぎまぎしながらも礼を言って会話を続ける。


「ありがとう……まさか『一等級』だったとは、思ってなかったよ」


 ダグザとマーベルのやり取りを目にして黙ってなかったのは周りにいた生徒達だ。


「知り合いだったの⁈」

「ちょっと! どういう関係?」


 などと一層騒がしくなってしまった。

 仕方がないのでダグザは曖昧な返事でかわし、マーベルも無視を決め込んでいた。

 一向にダグザとマーベルが口を割ろうとしないので強硬手段くすぐり攻撃に生徒達が移ろうとした時、引き戸の大きな音とともにグランノーデルの姿が。


「ただいまーみんな。仲良くなれた? まあいいや。僕らの恒例行事。こいつの準備ができたよっ!」


 そう言ってグランノーデルは大きめの紙を筒状に丸めたものを高く掲げた。





















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