第14話 昇格試験 part4

「あとでエイバに自慢してやろうかな……ははっ……」


 ダグザは先程ハームに蹴られた腹を押さえながら乾いた笑いを漏らした。

 絶体絶命の窮地から脱した今、彼の心身は限界を迎えていた。

 膝の関節がきしむ。

 ずいぶんと長いこと歩いている気がした。

 だんだんと意識が遠のいていき、ついには壁にもたれないと立っていられなくなった時、聞き覚えのある声がした。


「ダグザ! 大丈夫⁈」


 ワルシームはすぐに肩を貸してやり、そのまま『治癒』を発動した。

 みるみるうちに傷が癒え、ダグザは自分の足で立てるまでに回復した。


「なんで……助けてくれる? 知ってると思うけど今は敵同士だよ」


 ダグザは礼も忘れて問いただした。


「困っている友達を見たら普通助けるよ……。それに試験は来年だって受けられるしね」

「それは僕だって同じだろ」

「同じじゃないだろ!」


 突然声をはりあげるワルシーム。ダグザは驚きのあまり固まってしまった。


「僕聞いたんだ。君が家族に会うために頑張ってるって。君が……魔法遣いの生まれじゃないって。僕、全然気づけなくて……友達・・なのに」


 ダグザは目を見開いた。

 何で。いったい誰が。いや、この際それはどうでもよかった。腹の底が煮え繰り返りそうだった。


「同情、してくれたの?」


 彼はできるだけ刺々とげとげしい口調にならないように注意しながら言う。


「そんなんじゃ……」

「助けてくれたことには感謝する。ありがとう。でも、そんなことまで頼んでない。君には僕の気持ちなんて一生わからないし、わかって欲しくもない……もちろん僕にだって君のことはわからない。友達っていう形にすがりたいなら、他を当たって欲しい。じゃあ」


 早口でまくしたて、彼はその場を足を引きずりながら去って行った。

 ワルシームは大口を開けてその場に立ち尽くしていることしかできなかった。






 その光は迷宮に反射してさらなる輝きを放っていた。


「見つけた……のか……」


 エイバはゆっくりと、そして優しく手の平で紅玉を包み込み腰にぶら下げた巾着の中に押し込んだ。

 この瞬間から彼の逃亡劇が、始まった。






 突然ダグザの頭の中に膨大な量の情報が流れ込んできた。

 めまいがして地面に膝をつく。

 そして一語一語、確かめるように声を絞り出した。


「エイバ=ルナ=スミス……。宝物を、手にした……場所は……」


 彼は頭を押さえていた手を離し、一目散に駆け出した。このままではエイバが脱出してしまうかもしれないのだ。痛みなど気にならなかった。

 頭の中で克明に指し示された場所に向かうと案の定すぐに見つけることができた。


「エイバっ!」


 背後からの声にエイバは肩をビクッと震わせて振り返った。その顔にはいつもの冷静さはなかった。


「ダグザ……」


 エイバが何も言わずともその目を見れば彼は瞬時に理解することができた。

 ダグザは腰に下げた剣のグリップに手をかけ、一気に引き抜く。

 それを見てエイバも慌ててレイピアを出現させた。

 全速力で走るダグザに電撃が襲う。彼はとっさに魔力の壁を作り出し、弾いた。

 明らかにエイバは焦っていた。魔法のキレがない上に、息の荒さがダグザにもわかった。

 レイピアの突きもまるでしおれた菜っ葉のように彼には遅く感じられた。


「甘いよ」


 ダグザは突きを、肩をすかしてかわしふところへと飛び込んだ。


「っっぐはっ!」


 エイバの横っ面に衝撃が走る。そのまま彼の体は勢いよく地面に倒れこんだ。

 ダグザは彼が身動き取れないよう押さえ込んだ。


「やれよ……。致命傷じゃないと転送されないぞ……」


 エイバが涙目で吐きすてる。

 ダグザは歯を食いしばって殴りたい衝動を抑えた。


「今のはフェア・・・じゃなかった。こんなものに……こんな戦いに何の意味もない」


 言葉の後ダグザはしばらく俯いていたが、背後から別の生徒の足音が聞こえてきたため、エイバの腰巾着の中から紅玉を取り出して自分の巾着に入れた。


「……じゃあ、な」


 その場をダグザが走り去った後もエイバはしばらくただ目を瞑り、地面に横たわっていた。






「あの小僧が取ったぞ!」


「これはまさか本当に……」


「もしかしたらもしかするかもしれないぞ!」


 歓声はいつの間にか静かに深いものへと変わっていた。

 もう誰も、ダグザ=ヴェルターから目を離せなかった。

 見たい。彼が成長し、進んでいく様を。

 見届けたい。彼の功績を。







 走れ。

 止まっている暇などない。

 自分の居場所は常に公開されているのだ。エイバがそうだったように。

 四方八方から声が響いてくる。


「いたか?」

「探せよ!この近くにいることは間違いないんだ」


 元々仲間のいないいくさだったがどうやら敵は増えたようだ。

 彼は肩で息をしながら壁にもたれる。

 二、三回深く息を吸い込むと右手に剣を構えた。

 そして、雄叫びと共に飛び出す。


「うあぁぁぁぁあぁ!」


「いたぞ!」

「止めろ! 狙い打て!」


 猛烈な勢いで駆けていくダグザの足元に爆発が起こる。

 太ももに矢が突き刺さる。

 それでも、彼の足を止めることはできない。

 猪のように目の前に立ちはだかる者をぎ倒し突進していく。


「っん……はぁ……はぁ……ぐあっっ!」


 足元から立ち上る火柱に左足を焼かれ彼は悶絶した。

 走れ。

 走れよ。

 彼は太ももの矢を引き抜き、自身の足に喝を入れる。

 右腕に激痛、思わず剣を落とした。


「くっっそぉぉぉがぁぁ!」


 切れそうになるアドレナリンを叫びで呼び戻す。勢いよく矢をまた一本、引き抜き投げ捨てた。

 闇雲に走っていたのがかえって良かったのか、出口の光が見えてきた。


(よし……このまま逃げ切る……)


 そう思った矢先、どこからともなくまばゆい閃光と灼熱の炎が彼の体を襲った。


「まんまと引っかかりやがったな」


『幻影』で姿をくらましていた生徒二人が通路の陰から現れる。

 もう足が立たない。疲弊ひへいしている上に両足ともにひどい火傷を負っていた。

 悔しさのあまり涙を流しそうになった時、出口の方から人の気配がした。

 誰だろうかと彼は思ったが、そう考えることが無駄なことに気づきやめた。

 目を瞑るとすぐに眠れそうだった。


「いつまで寝そべってんだよ」


 同じ部屋で何度も聞いた声にダグザの意識を現実に引き戻す。


「エ……イバ……」


 彼は乾いた唇を動かして、恨めしそうに人影を見上げた。

 先回りしていたのだろう。賢い選択だ。

 先程なぜとどめを刺しておかなかったのかと彼が後悔した。

 エイバの姿を確認した二人の生徒が宝物を横取りされると思い、魔力による攻撃を仕掛ける。

 エイバはダグザごと・・・・・防壁で包み込み、それを防いだ。


「……何の……冗談だよ……」


「ここは食い止めといてやるから、脱出しろ。昇格するのは、お前だ。ダグザ」


 言葉の意味が理解できずダグザは固まっている。

 生徒の数が二倍、三倍に増え、エイバの防壁にヒビが入った。


「急げ!」

 大声に正気を取り戻し、ダグザはふらふらと立ち上がると何か言おうとしたが、エイバの目が全てを物語っていたので迷いを振り切ることができた。

 そしてゆっくりと光の射す方へ歩き出した。

 振り返らず、ただまっすぐ歩みを進めた。

 後方からから雄叫びの後、一際大きい爆発音が響く。

 彼はエイバが為した所業に涙を流して感謝した。

 静かになった迷宮は歩きやすく、出口へと続く階段までもう目の前だった。

 今にも倒れそうな足取りだ。

 なぜ転送されないのか不思議なほどの傷を負っている。いや、正しくは全て致命傷を避けるように受けた・・・のだった。

 外の明るさが目にしみる。

 石造りの階段を踏みしめて上っていく。


「よく頑張った!」

「見てたぞ!」

「お疲れ様!」


 嵐のような歓声と拍手が彼を迎え入れた。

 そこへガウルテリオが駆けつけ、ボロボロのまま表彰台へ案内した。


「すまないね。終わったらすぐに治療させるからな」


 言葉では言わずとも何度も叩かれる肩から、ガウルテリオがどれだけ喜んでいるかを彼は悟った。

 アズマが咳払いをしてから話し始める。


「ここにはいないが、別室で治療を受けている生徒諸君に大きな拍手を送っていただきたい。本当によく頑張っていたと思う……。それでは表彰へ移る」


 拍手が止み、観衆の視線が一斉にアズマに注がれた。


「ここに! 『一等級』昇格試験二次合格者を発表する。……ダグザ=ヴェルター!」


「待って下さい!」


 ダグザは会場を包もうとしていた歓声を遮り、大声を張り上げた。

 運動競技場から全ての音が消える。

 彼はあまりの静寂とアズマの鋭い眼光にたじろいだが、言葉を続けた。


「エイバ=ルナ=スミスを……二次合格者に推薦します」






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