第20話 蠢く舞台裏

「その、東西南北なんたら……って何?」


「東西南北対抗魔法競技会」


「それ」


 名前の響きからして彼はおおよその予測はしていたが、敢えて尋ねた。詳細まで教えてくれるかもという目論見もあったのだがーー、


「文字通り、東西南北の国々で行われる競技会よ。それでどうなの? 参加、してくれないの」


 どうやらうまくいかないようだ。

 マーベルはダグザの答えを催促した。

 正直なところ、よくわからない点が多すぎて決めかねるというのがダグザの本音だった。


「詳しく……は今はいいとして、何で僕が選ばれるのか理由が知りたいんだけど」


「それは私が推薦したからよ」


「それは……どういう?」


 マーベルは溜息をついて言葉を続ける。


「競技会の代表は二人。普通はアズマ様が指名するのだけれど、今回に限りもう一人は私に任せると仰って下さったの」


「ごめん。それだけじゃ意味がわからないよ」


 ダグザは頭を抱えた。

 整理すると、彼女が自分を選んだということになるからだ。

 それはまずありえないだろうと彼は更に考え込む。


「話のわからない人ね。私があなたの強さを認めたってことよ」


「……ぇ? 今何て?」


 マーベルは照れる素振りを見せるわけでもなく淡々と、ただ億劫そうに述べる。


「あなたが、ダグザ=ヴェルターが代表に相応しいと思ったから、と言ったのよ」


 以前の彼ならば、昨日までの彼ならばその言葉を素直に喜ぶことができたかもしれない。


「……お誘いは、凄く光栄だよ……でも、僕じゃ力不足だと」


「じゃあ、引き受けてくれないのね」


「…………」


「逃げるのね」


 違う、そう叫びたいと願っても喉から声が出てこない。


「戦いもせず」


 そうじゃない。僕は弱いんだ。君の隣はふさわしくない。


「踏み出そうともせず」


 僕は、ヨンにはーー。


「たった一度負けただけで諦めるのね」


 マーベルの罵声の雨を、ダグザはただ黙って受けることしかできなかった。

 そんな情けない彼を前にして、彼女は静かに言った。


「でも私は諦めない」


「…………?」


「あの一戦で、確信したわ。あなたは、あなたならーー」


 マーベルはひどく自分勝手な言葉が続きそうになり、口をつぐんだ。

 ダグザは突然黙ってしまった彼女を見上げる。


「とにかく……私は諦めない。あなたが代表になれないとあくまでも言い張るのなら……私も策があるのだから」


「策?」


 こうまでして、自分に拘っている理由が理解できず彼は最も浅はかな考えを連想させたが、そんなはずはないと首を振る。

 彼女からそんな表情は見受けられないし、どちらかと言うとまるで縋るようなーー、


「卒業が、かかっているとしたら?」


 マーベルが唐突に言った。


「……は?」


「言葉の通りよ。あなたがこの代表に参加することに、卒業が、かかっているとしたら心変わりするのかって意味」


 ダグザは唖然としていた。

 まさかマーベルの口からその言葉を聞くとは思っていなかったからだ。


(知っているのか? 自分の事情を。もし、そうだとしたらーー、いや、逆に最初から知っていたということもあり得る……)


 彼は思考回路をフル回転させて、次に発するべき言葉を選ぶ。

 そして、たどたどしい口調で言う、直前だった。


「参加、してくれる?」


 マーベルが口にした勧誘の中でこれが彼にとって最も大きく、重いものだった。


「わかった……。や、る……よ」


 絞り出すように彼は言った。

 マーベルはもう一度聞く。


「二言はない? 絶対にやると誓える?」


「……ああ」


 ダグザは不審に思いながらも頷いた。

 その瞬間、固かった彼女の表情が心なしか緩み長めの息を吐いた。


「そう。じゃあ、少し競技会について説明させてもらっても構わないかしら?」


「ちょっと待ってくれ」


 ダグザが右手を挙げ、マーベルを制止する。


「何かしら?」


「君は、卒業と、そう言った……よね。それは一体」


「アズマ様から授かった奥の手、よ」


 ダグザは言葉を遮られ面食らいながらも、聞き返す。


「奥の手?」


「そう。私があなたを代表に選ぶと決めた時に先にアズマ様に報告したの。その時に、もしヴェルター君が了承を渋ったら、こう言いなさいと」


 あまりに見当違いな答えにダグザは溜息をつかずにはいられなかった。


「ごめんなさいね。強引に……。軽蔑されても仕方ないわ。でも本当にあなたの強さを認めてのことだから、私は嘘をついてないわ」


 ダグザは椅子に深く座りなおした。

 椅子の足が床に擦れて、鋭い音が図書館内に響く。

 彼の無言を悪い意味に取ったのか、マーベルは落胆したように目を伏せた。


「やっぱり……辞めたい、かしら」


「いいや」


 先程とは違い、自信のある声。

 彼女が咄嗟に顔を上げると光を取り戻したダグザの双眸が目に入った。


「二言はないからね。やるよ。それに、アズマ様の奥の手、だっけ? それでよかったよ。僕はてっきり……」


「てっきり?」


「いや、これはいいや。競技会の説明、どうぞ続けて」


 彼の言葉にマーベルは嬉しそうに顔を綻ばせる。

 そして、可愛げのあるせきばらいの後ゆっくりと話し始めた。


「まず、競技会の趣旨なのだけれどこれは表向きは連合の親交を深め、平和を保つためとされているわ」


「表向きは、か」


「ええ。『セントラル』ってご存知かしら」


 セントラルーー通称魔法都市。これは連合が設立されて100年ほど経った頃に、いつまでも四国が平和な関係を保てるようにという願いを込めて作られた町だ。


「連合の中心にあるんだっけ? 名前程度しか知らないけど」


 ダグザは視線を天窓に走らせて言った。

 もう大分日が落ちていた。


「そこが競技会の会場よ。正確にはそこの総合競技場がね」


「へぇ……ってことは『セントラル』をこの目で見れるのか……」


 ダグザの眼前に空想の魔法都市が浮かんだ。


「競技内容については後日、四国が『セントラル』で集まって会議を行う予定よ。これには代表も同行だから」


 マーベルが淡々と述べていく。彼はとても同い年とは思えない彼女の言動に心底驚いていた。

 この時、彼はまだ、尊敬や羨望の下に渦巻く大きな感情の存在に気づいていなかった。


「それで……後日ってのは正確には何時なの?」


 ダグザは『セントラル』見たさに尋ねる。


「あぁ、明日よ」


「明日か」


「そう、だけど」


 マーベルは怪訝そうな顔で答えた。

 どうやら同じことを尋ねられるのが嫌いらしい。

 ダグザは平然と言ってのける彼女に対し、清々しさを覚えながらも大声で叫ぶ。


「明日ぁ⁈」




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