第21話 顔合わせ
『セントラル』出発当日、ダグザとマーベルは早朝にも関わらず、アズマの元に集まっていた。もっともダグザはマーベルに起こされてのことだったが。
「まだ出発までちと時間があるが、やる気のあることでよろしい。まあジジイの話にでも付き合ってくれい」
アズマが玉座に座り直しながら言った。
ダグザは辺りを見渡し、ここがアズマとの最初の顔合わせをした広間だと気付いた。
以前は周りに衛兵や臣下が大勢いたなと彼は一人上の空だ。
「そんな……アズマ様は"ジジイ"などでは無いですよ……。飛んだご謙遜を」
普段他の者に向けるものとは別種の声音で、マーベルがやや頬を赤く染めて言った。
その眼差しが尊敬であることをダグザは強く願った。
「そういえば……ヴェルター君はよく承諾したの。てっきりこういうことには消極的かと思っとったが」
アズマが別段悪びれもせず言った。
「元々はあなたが……! じゃなくて少し興味がありましてですね」
ダグザはマーベルが鬼気迫る視線を送ってきたので、吐こうとした暴言を途中で中断した。
「そうかいそうかい。そりゃあいいこった。それじゃあまぁ、一つ、主にヴェルター君に話しておこうと思っとったことがあるんでの」
「話しておきたい、こと?」
ダグザの表情が少し強張る。
そんな彼を安心させるかの様にアズマは柔らかい口調で話し始めた。
「ムーンライト君はもう知っていると思うが……、時にヴェルター君、『賢人の知恵』を既にご存知かな?」
「いえ……聞いたこと無いですが」
それを聞いたマーベルがここぞと言わんばかりに口を開く。
「『賢人の知恵』、というのは各連合国の賢人に代々引き継がれてきた魔法の事です。各国によって難易度や効果も全く違いますが、共通している点としては賢人しか、または賢人になり得る者しか会得していないことにあります」
「へ、へぇ」
まるで一語一句用意されていたかのようなマーベルの模範解答に思わず言葉に詰まるダグザ。
「説明ご苦労、ムーンライト君」
アズマが声をかけるとマーベルの顔はたちまち笑顔になった。
「それで……アズマ様の、『賢人の知恵』とやらはどのようなものなんですか?」
「そうそう、それを伝えたくてこんな前置きをしたんじゃが。わしの、東の『賢人の知恵』は『転移』じゃ」
「『転移』?」
ダグザが頭の上に疑問符を浮かべた矢先、アズマの体が眼前から消える。
「なっ……!」
「こっちじゃよ」
声の方向へ振り返ると広間の中央にアズマの姿が。
「このように、超至近距離、または場所を指定しない場合なら特に魔力を溜めることなく移動できるんじゃ」
ダグザは息を呑んだ。
なんて強力な魔法なんだろうと。単なる移動手段としてだけでなく、戦闘でも十分に使える魔法であることは間違いない。
「なんで僕にそんな話を……?」
「質問攻めに合いたくないから、と言ってもわからんか」
ダグザが首を傾げると、マーベルが含み笑いをこぼした。
そして、こうも続ける。
「身をもって体感しなさい」
ダグザがそれに答える前に、彼の意識は眩い光の中に飲まれていった。
「いつまで目を回しているつもり?」
目を開けると整った顔立ちの少女が出迎えてくれた。
ダグザは目を
外の日差しが爛々と輝き、周囲には森が点在ている。そして何よりも前方にそびえ立つ巨大な門が、少なくともここが東の国ではないことを物語っていた。
「ここは……?」
彼が間抜けな顔で門を見上げる。
遠くで何やら門番と話し込んでいるアズマが見えた。
「あれだけ前置きしていて……はぁ……」
マーベルがわかりやすく呆れた顔をしながら、嘆息した。
「お待ちかねの……『セントラル』じゃよ」
アズマがそう言うと同時に巨大な門がそれに見合う大きな音を立てて、開いた。
どうやら入場許可とやらを貰っていたらしい。
魔法都市。そう呼ばれる街の内観を目にして立ち尽くす彼を置いて、少女と老爺は歩を進めた。
「ここが……、『セントラル』!」
そんなダグザの大声も街の喧騒の前では小鳥のさえずり程度だ。
一定の高さの店や家々が立ち並び、中心部にある総合競技場から六本の大通りが伸びていた。
人々は皆ローブに身を包み、胸に連合国の印である東西南北全てを向いた風見鶏のバッジを付けていた。
賑やかであるが、上品な気風にダグザは魅了されーー、
「悪いけど、今日は観光目的じゃないの。早くして」
マーベルがぴしゃりと言ってのけ、泣く泣く彼は連行されていった。
彼らの向かう先は会議が行われる、総合競技場だ。なんでも、ありとあらゆる施設や部屋が揃っているとのことだった。
「帰りは見てってもいいの?」
ダグザが通り過ぎていく飴屋を横目に見て言った。
「好きにするといいわ」
マーベルが平坦な口調で言う。
それに付け加えるようにアズマが口を開く。
「もし観光がしたいのなら、後で胸章を渡すからの。あれが無いと不法入国で連合国領土内を即追放じゃ」
それを聞いてダグザが身震いすると、アズマが大口を開けて笑い、
「まあ、さすがに即、ということはないがの」
と言った。
総合競技場に着くと、待っていた衛兵に会議室まで案内される。
円形状になっている建物内部を歩き回ること四、五分、
「こちらです」
衛兵が会議室の扉を開いた。
部屋にいた各国の重要人ーー賢人と競技会代表、その付き沿い達が一斉にアズマ達の方を向いた。
皆鋭い視線にアズマとマーベルが全く動じない中、ダグザは重圧に仰け反りそうになる。
「遅れてすまない。連合の皆」
アズマが笑顔で言うと、他の賢人達とそれに笑顔で応えていた。
和気あいあいとした雰囲気にダグザが安堵すると、突然賢人の一人が大声を上げる。
「ではまず、自己紹介といこうか。国と名前。賢人が言い終わったら代表もね。じゃあ、私から……西の国の賢人、イヌと、申します。何卒よろしくお願いね」
アズマよりも少し下だろうか、初老といった風貌で優しげな口調が特徴的だった。
歳は取っていても整った目鼻立ちは健在で、爽やかな笑顔からは若々しさまで感じられた。
「西の国代表、バラット。よろしく」
話し方もそうだが、目付きが悪く少し気にくわない奴だなとダグザは思った。
「同じく西の国代表、オエステだよ」
女性であることを除けば、バラットと殆ど同じ特徴だった。
唯一オエステ単独で印象的だったのは、腰ぐらいまである茶色がかった髪だ。
容姿まで似ているくらいだから、恐らく双子なのだろう。
「じゃあ、次は私だな。北の国の賢人を務めているノルテだ。今回の競技会の賢人代表でもある。貴様ら一人一人の頑張りで競技会を有意義なものへと仕上げよう」
透き通るような銀髪をオエステほどでは無いが長く伸ばし、厳粛なオーラを纏った
高貴ささえ感じさせる彼女の容姿に、ダグザは鳥肌が立つのを感じた。
「……………………」
「おい、カナド。貴様の番だぞ」
ノルテが呼びかけるが、彼女の隣に座る金髪碧眼の青年は半分眠ったような目付きのまま、一向に口を開こうとしなかった。
やがて、ノルテが溜息をつき話し始める。
「こいつは北の国代表、カナドだ。無口で無愛想な奴だが仲良くしてやってほしい」
「はいはーい。次俺な」
カナドの隣に座る青年が手を挙げる。
右側は短く、左側は長いという左右対称の欠片もないような髪型をしていた。
「俺はノーザ。北のノーザだ。よろしく頼むぜ。好きな食いモンは鴨のシチューだ。ありゃぁすんげぇ美味えな。北の国は冬場ぁ特に冷えるから、あったけぇスープとかシチューなんてモンは最高だ。それで」
さらに話を続けようとするノーザの口をカナドが塞ぎ、アズマに一礼する。
アズマはそれを快く受け、口を開いた。
「わしは東の国の賢人、アズマじゃ。東は競技会で万年最下位という残念な結果に終わっとるが……今年は……一味違うと、信じとる。よろしく頼むの」
アズマの言葉に賢人たちは少なからず嘲笑を浮かべた。
「東の国代表。マーベルです。隣のダグザ君もそうですが、私達は東西南北代表の中で最年少だと聞きました。アズマ様のご期待に添えるかはわかりませんが、自分の力を試す場としても全力で頑張りたいと思います。どうぞよろしく」
場の空気は一瞬にしてマーベルの色に染まっていた。
ダグザはマーベルのこういうところが、一番の彼女の強さなのではないかと一人思っていた。
「これはこれは、してやられたね。まあこっちとしても君の出場を今か今かと待っていたからね。なぁアズマさん」
張り詰めた空気をイヌが断ち切った。
その言葉を聞いたマーベルが驚いた顔でアズマを見る。
「正しくは、温存じゃな」
イヌが訝しげに頷く。
「えっと……同じく東の国代表、ダグザです。……僕は……」
周りの視線と彼の視線が交わり、心にズレを生む。
「僕は……」
冷や汗がどっと湧き出てくる。それを拭うことすら今の彼には
ーー自分は、魔法遣いなのか? 簡単かつ複雑な彼の状況が、言葉の続行を邪魔している。
しばらくの沈黙の後、彼は生唾を飲み、決心する。
「マーベルの隣に居ても恥じないように、競技に臨みたいと思います。よろしく、お願いします」
喉まで出かかっていた言葉を慌てて呑み下す彼を見て、アズマは心なしか安堵したように一息吐いた。
「では……、お次は
まだ成人したて、といった風貌の若者が深々とお辞儀をした。
若者と言っても、纏っているオーラは本物であり、ローブのフードから覗く
「『炎雷の申し子』が未熟者とは、面白いのぅ」
アズマがからかうように笑った。
「その呼び方は不本意です。たまたま、手に入った産物に済みませんから」
「ご謙遜を」
隣に居た短めの赤髪をした青年が丁寧な口調で言った。
「君がセラタンの愛弟子か」
アズマが我が子を見るような目で言った。
赤髪の青年はそれに爽やかな笑顔を見せ、言葉を続ける。
「南の国代表、アピです。必ず、優勝させていただきます。良い競技会にしましょう」
彼が大本命だと、初対面のダグザにも肌で感じ取ることができた。
マーベルよりも大きな圧迫感。
それが地力の差なのか、それとも経験なのか今のダグザにはわからなかった。
「優勝、か……。軽々しく言ってくれるものだ。貴様が競技会でどれだけやるのか……この目に焼き付けてやろう」
ノルテが笑いを噛み殺しながら言った。
「ありがたきお言葉」
赤髪の青年はノルテの皮肉には動じず、一礼した。
「食えんのぅ」
「本当に」
アズマとイヌも、何故か悔しそうに笑った。
「最後となりましたが、南の国代表、ゲマールと、申します。こんな体格ですが、アピと、同じ、今年で十六になります。アピは少し、行き過ぎてしまう、ところもあると思うので、私が、緩和できたら、と、思います」
低く、野太い声が自己紹介を閉める。
かなり大柄な体格で、服の上からでも屈強な肉体が見て取れた。
体に似合わず優しい目をしていた。
沈黙をひと段落と見たのか、ノルテが声を張り上げる。
「皆、自己紹介は済んだようだな。まあ、お互いよく知らないから探り合いのようになってしまうかもしれんが……、とりあえず、会議を始めようか」
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