第9話 番外編 孤高のNO.1
賢人になるべくして育てられた少女。マーベル。
東の魔法遣いの名家、ムーンライト家の三人兄弟の末っ子だ。
彼女は両親の最後の希望だった。
長男と次男は魔法の才能には恵まれず学校を卒業こそしたものの大した功績を残したわけでもなかった。これはムーンライト家の人間として許されざることだった。
両親は彼女が魔法の才に恵まれていることをたいそう喜んだ。そして彼女を縛りつけた。
魔法を学べ。
休まず学べ。
死ぬ気で学べ。
両親の
そして彼女が十歳ーー東魔術指南学校へ入学した歳ーーになったころにはランク3までの魔法を全て完璧にこなせるようになっていた。
学校への入学は必要ないと両親は考えていたが学校側もマーベルのような逸材を放っておくわけがなく、飛び級で『一等級』からのスタートとなった。
彼女は初めこそ好奇の目で見られていたが次第に彼女の強大な力に気づき一目置かれる存在となっていった。しかし、それは決して彼女が望んだ関係ではなかった。皆が敬い、尊敬する。そんなものは友人とは呼ばない。彼女は友人が欲しかったのだ。
そんなある時、彼女がいつものように放課後読書をしている
「マーベルさん……よね?」
「そうよ」
「やっぱり! ずっと気になってたのよ!」
声をかけてきたのは『二等級』クラスのオリヴィアという女の子だった。
この時まだマーベルは、オリヴィアが自分の力目当てもしくは名前目当てで近づいてきているのだろうと思っていた。
しかし次のオリヴィアの言葉は彼女の予想だにしないものだった。
「あなたがいつも読んでるその本! あなたっていつもいつも図書館にいるでしょ? あっ悪い意味じゃないのよ。だからもしかしたら私と同じ読書家なのかなーって思ったんだけど……」
マーベルがずっと黙ったままなのでオリヴィアはだんだん心配になり、やがて何か合点がいったように頷いた。
「あ、ごめんなさいね……『二等級』のくせにでしゃばっちゃって……」
その言葉を聞いてマーベルは目を見開いた。
違う。私は普通に話しかけてくれたあなたに驚いているだけで、と頭の中では言えているのに口が動かない。
立ち去ろうとするオリヴィアにやっとの思いで声を絞り出す。
「違うの。あの……えっと……あなたとお友達になりたいのだけれど」
なんとひどい文章なのだろうか。頭をフル回転させた結果がこれだ。
マーベルは恥ずかしさとやるせなさで頬を赤らめなぜか先ほどから黙ってしまったオリヴィアを見上げた。
オリヴィアは大口を開けてマーベルを見ていた。その目には涙をため鼻の穴がヒクヒクと動いていた。
「……実は私もずっとそうなりたいと思ってた。今日は……人生で最高の日ね!」
オリヴィアが満面の笑みでそう言った。
オリヴィアは学校1の天才とではなく、マーベルという一人の女の子として彼女を見ていた。
それがたまらなくマーベルは嬉しかった。
そして月日は流れた。
マーベルも十一歳になり、ついに超越した魔法と呼ばれるランク4に手を出そうとしていた。
彼女は間違いなく最高の魔法遣いになるための道筋を進んでいた。
完璧だった。何より彼女の両親の策略が。
「その調子だぞ、マーベル。勉学を怠るなよ」
「はい、お父様」
「誘惑に負けちゃダメよ。あなたは違うのだから」
「はい、お母様」
十一年間だ。彼女が染まってしまうのも時間の問題だった。
私は違う。異端だ。完膚なきまでの頂点。
私は、違う。そう思うと自然と
「あなたは変わってしまったのね」
オリヴィアはそう言ってマーベルの前から姿を消した。
彼女は不思議と悲しいと感じることはなかった。自分の存在が不安になった時などはアズマの所へよく行った。
「強さこそマーベル・ムーンライトだと思えばいいのじゃよ。そうでなくともどこにだって自分を見出せる。おぬしという人間は一人しかおらん」
アズマの優しい言葉は彼女の心の深くに浸透していった。
あらゆる戦いで相手を打ちのめしてきた。
手合わせ、組手、稽古、試合。
マーベルが負けたことは一度もなかった。別段高威力の魔法を使わずとも生徒程度なら勝つことができた。
敗者には冷たく言い放つ。
「つまらなかったわ」
これでいいのだ。両親がそう望んでいる。
彼女はそう信じてきた。
しかし、ことはそう簡単にはいかなかった。
マーベルの父が死んだのだ。
国外調査中に事故で亡くなったらしい。マーベルは泣かなかった。
父が死んだ後彼女は母の様子を幾度となく見に行ったが結局事故の一ヶ月後に自殺するまで、母の目の焦点が合うことはなかった。
母の葬式の時もマーベルは泣かなかった。彼女は自由の身となった。
しかし、彼女は困っていた。今まで両親のためだけに生きてきたのに、今更自分の意思などよくわからない。
しばらくは生き方を変えずにいた。というか変えられなかった。
他に生き方を知らないからだ。毎日稽古をし、今まで通りに過ごす。
流れるように十二歳になった時、彼女が初めて興味を持った人間が現れた。
下民に魔力が発言した者がいるらしい。今年で十二歳の少年と聞いていた。
そしてその興味は数ヶ月後に格段に跳ね上がることになる。
少年がマーベルに次いで最短で『二等級』クラスに到達したのだ。
間違いなく異端の存在だった。自分と近しい存在に触れたいと彼女は強く願った。
今までの行いが良かったのか彼女の願いはすぐに叶った。
放課後いつも自主訓練に使っていた運動競技場に来ていたのだ。
少年は踊るように剣を振り、宙を舞うように走っていた。彼には人を惹きつける何かがあるなとマーベルは確信する。
「綺麗ね」
気づくと口から出ていた。はっとして口を押さえる。少年がこちらに気づき動きを止めた。
マーベルが丁寧に謝ると少年はどぎまぎと話し名を名乗った。
「え……あ……ダグザだよ。ダグザ=ヴェルター」
ダグザ=ヴェルター。
頭の中で何度も呼んでみた。とてもいい響きだと心からマーベルは思った。
そのまま彼女が稽古の邪魔にならないようにと立ち去ろうとするとダグザが声を張り上げた。彼女にも名を名乗れと。
それもそうだ、とマーベルは礼儀の作法がなっていなかったと反省し自分の名を告げた。
「マーベル。マーベル=ムーンライト」
ムーンライト家なんてきっと彼は知らないのだろうなマーベルは思い、またそうだといいなと願った。
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