第8話 日陰の企み

 最初の魔法学の授業から二ヶ月が経過したにも関わらずダグザはまだ『生成』を習得できずにいた。

 授業後一週間は自分で試したり、本を読むなりして試行錯誤を繰り返していたのだが次第に焦りが出てガウルテリオに尋ねたり、遂にはワルシームにコツを聞いたこともあった。しかし一向に進歩がなく、また初めての挫折ということもあり彼は半ば習得を急ぐことを諦めていた。


「パズルのイメージ……か……」


 ダグザはワルシームのアドバイスを口にした。

 ランク1の魔法とは勝手が違いすぎてイメージのしようがなかったダグザにとって頼りにできる情景はこれしかなかった。

 彼は雑念を振り払い新しく習った『幻影』の練習に戻った。




「アズマ様。どうされたのですか? なにやら考え込んでいますが……」


「うむ……どうやら少年は行き詰まっているようじゃのう……」


「少年とは例のヴェルターですか? ……魔力の発現なんて本当にあり得るのでしょうか?」


「わからぬ。ただ、彼は他の者とは違うのだ。本来なら自らの力だけで超えていかねばならない試練じゃが……時間がない……。研究班に連絡しておいてくれ。あれを使う」


「いいのですか? あれは未完成ですし、彼を死なせてしまう可能性も低くはありませんよ」


「背に腹はかえられぬ。それにこんなことで死ぬようなやつなら……見当違い、だったということじゃろう……なあ、ガウルテリオ君」


「では、用意させていただきます」





 真夜中。

 皆が寝静まり校内に静けさが張り巡らされている。そんな中、寄宿舎の廊下にペタ、ペタと足音が響いていた。

 足音の主は標的を捜していた。外界に放たれた瞬間から足音の主そいつの頭の中は標的を殺すことでいっぱいだった。

 見つけた。

 そいつは標的の部屋の前で足を止め、高く上げたその丸太のような右腕を勢いよく扉へ振り下ろした。




 ダグザは自室の扉が破壊される音で飛び起きた。

 暗くてよく見えないが何者かが自分を襲いに来たということは瞬時に理解することができた。

『操作』を扱い、すぐに部屋の隅にあった木剣を引き寄せる。武器としては心許ないがないよりはマシだろう。

 時計を見る。短い針が2を指しているのがなんとなくわかる。

 幸い眠りが浅かったようで目はすっかり冴えていた。

 そいつが動いた。凄まじい速さで彼へと走っていく。


「何なんだよっっ!」


 彼は人間業とは思えない速さの一撃を何とか木剣で受け止めた。数秒の押し合いの末、ボキッという音がして刀身が折れた。

 ダグザは勢いよく後方へ吹き飛ばされた。ずいぶん前に魔法遣いの使者にコテンパンにやられたのを思い出す。窓を突き破って外へ。ガラスの破片が刺さり彼は痛みに顔をしかめた。

 二階とはいえ人が死ぬのには十分な高さだ。ダグザは目前に迫る地面に死を感じ、恐怖に目を瞑った。

 とその時、彼の体が何らかの力によって減速した。安全かつ安心に地面に着地する。


「……? 助けられた?」


 彼は思考を巡らせていたが今がそれどころではないことを思い出し窓の方を振り返る。ちょうどそいつも彼の部屋から飛び降りてくるところだった。

 外には街灯のようなものが幾つかあり、そのおかげで真っ暗ということはなかった。敵の姿を確認するのには十分すぎるほどの明るさだ。


「何だ……あれ……」


 地面に着地したそいつの姿を見て彼は目を疑った。

 そいつは人間などではなかった。通りで人間離れしているはずだなと彼は納得する。

 漆黒に染まった体は筋骨隆々で、丸太のような腕の先の指からは鋭い鉤爪が伸びている。背丈もダグザの二倍はある。馬鹿でかい体の上に顔のない頭が乗っていた。

 そいつが地面を蹴る。とんでもない跳躍力だ。一瞬で目の前に現れた。

 彼は体術の基本姿勢ー兵士養成学校から教わった構えにダグザが改良を加えたもの。ダグザ曰く全ての攻撃を往なし、かつ攻めにも転じやすいらしいーを取り相手の打撃をすれ違うようにしてかわした。

 彼の類稀なる武術の才能は存分に発揮されていた。そのまま、そいつの横腹へと鋭い突きを繰り出すと同時に魔力を流し込む。習ったことは躊躇せず実践で使う。これが彼のモットーだった。

 突きの感触からそいつの体がちょっとやそっとの打撃じゃ倒せないことはわかった。だが内側からの攻撃にはわからない。

 少なからずのダメージを与えられればと武器のない現状の彼からしたら最善の策だった、がそいつの攻撃の足は一向に止まる気配がなく、彼は複数の切り傷とあざを作った。


「くっ……!」


 防戦一方となるダグザに容赦のない連続攻撃が襲いかかる。

 彼は持てる全ての力を駆使してかわし続けた。息が上がってくる。

 このままだといずれ体力が切れてしまうだろうとダグザは思った。その時は死ぬこと間違いなしだということはわかっていた。しかし、そいつに傷を負わせる武器が今の彼にはなかった。

 絶対絶命の窮地に立たされた彼の頭には不思議と『生成』の二文字が浮かんでいた。


「ぐあっっっ!」


 徐々にかわせなくなってきている。もう他に手はなかった。躊躇っている暇はない。

 ダグザは頭の中で精いっぱいパズルを組み立てていった。魔力が手を流れる感触はあれども、鋼の剣が現れる気配はなかった。

 彼の顔面が重い殴打によって強制的に右を向かされた。口の中が血の味一色だ。服も所々切り裂かれていた。 負の感情が彼を蝕んでいく。

 無理だ。


 終わりだ。


 死ぬ。


 ダグザは完全に絶望していた。 

ーーもう一度、家族の顔を見たかった。ルマンとまた仲良くしたかった。城下町の飴屋の飴がまた食べたい。父さんみたいな立派な戦士になりたかったーー

 彼の頭の中をぐるぐると思いが回っていく。走馬灯ってこんな感じなのかななんてダグザは不謹慎なことを考え始めたとき。


『死ぬんだな』


 心の底から声がした。


『こんな終わり方するのかよ。魔法遣い共に振り回されて死ぬんだな』


 うるさいぞと返事をする。少しだが意識がもどってきていた。


『お前は物事の表面しか見えてないんだよ……パズルって平面だけじゃないんだぜ』


 もう一度無視してやろうと思ったとき心の声の中である一言が引っかかったので思わず聞き返していた。

 ーー何だって?ーー

『立体的なパズルだって…』

 その時、彼の腹部を鋭利な一撃が貫いた。そいつの爪の先が腹から見えていた。口から血が溢れ出す。

 振り向くと漆黒の体が目に入った。痛みのおかげで逆に頭が冴える。最後のチャレンジだ。

 彼は勢いよく右手の平を開いた。残っている全てのの魔力を使い一つのパーツずつ思い浮かべていく。柄、つば、刀身、それらを頭の中で組み立てていくのだ。

 そして彼がもう一度右手を握った時、その手にはグリップの確かな感触。


「うおっっりゃぁぁぁあぁ!」


 雄叫びと共に敵を両断した。顔のない頭が地面に落ちる。

 長い戦いを終えたダグザは自分の腹を貫いている鉤爪かぎづめ苦悶くもんの表情で抜き取り、そのまま深い眠りの底へと落ちていったのだった。






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