第10話 天才の感性

 ダグザは七度目となる夢へと誘いを何とか振り切ってうとうとと目を覚ますと、眼前に広がっていたのは見覚えのある老爺の顔だった。


「やっとお目覚めかね? もっとも目覚めさせたのは私だが」

「……あっ! アズマ様! ……何でここに……というかここは?」


 ダグザは真っ白のベットに横たわっていた。どうやらここは保健室らしい。


「医療担当の教師、いわゆる保健室の先生は今出払っているよ……」


 アズマはダグザのベットから離れ、近くの回転イスに座った。


「そうですか……」


 ダグザは曖昧な返事をする。


「今回の事件はすべて、我々の責任じゃ…。どうやら魔法研究所から実験動物が逃げ出したらしい……本当に悪かったね」

「いえ! 誰のせいかなんて……。ただただ怖かったです。あの……僕ってどのくらい寝ていたんですか?」

「丸二日じゃよ……ぐっすりじゃった……そう言えば君の部屋は壊されてしまったからの。別の部屋に移動じゃ」


 アズマはそう言って部屋番号のメモを渡した。

 出て行く前に振り返り、一言。


「ルームメイトと仲良くの」







「ここ……かな」

 ダグザはアズマからのメモを頼りに寄宿舎を彷徨さまよい歩いていた。

 メモに書かれた通りの部屋の前で止まると、戸を二回叩いた。

 すると中から「どうぞ」という声が聞こえ、ダグザは恐る恐る戸を開けた。

 部屋の造りは前の部屋と変わらない。少し荷物と家具が多いだけだ。ベットも二段だった。


「冴えないな。新しいルームメイトは」


 長身で足が長く、無愛想な顔に丸眼鏡をかけた少年が言った。椅子に腰掛けて足を組んでいる。

 机の上に筆記用具と分厚めの本が広がっている。恐らくたった今まで机に向かっていたのだろう。


「ダグザ=ヴェルターと言います。よろしくお願いします」

 ダグザは淡々と挨拶をすませる。

 少年は彼の姿をまじまじと見つめた後

「エイバ=ルナ=スミスだ」

 と答えた。自分が名乗るとエイバはすぐに机へと向き直った。

 ダグザは自分の荷物を二つ目の真新しい机の周りに置き、エイバと同じように自習を始めた。

 部屋の中にはカリカリという文字を書く音と、ページをめくる音だけが響いていた。





「あの……」


 二時間ほど沈黙が続いたあと、ついに耐えきれなくなったダグザが口を開く。


「ん……?」

「エイバさんは」

「エイバでいいよ」

「でも年下ですし……」

「敬語もやめてくれ。年上って言ってもたった三つだし。それに実力がモノを言う世界だってことは君もわかってるだろ?」


「は……うん。えっと……エイバはさ、何の授業を選択してるの?」

 エルバは何だそんなことかという顔をしたが、それを口にするほど性格の悪い奴ではなかった。

「試験特化だけ」

「そう、なんだ」

 特に共通の話題も見出せず、困っているダグザに気づいたエイバが補足する。

「もうすぐ四年目だからね。俺はこう見えて優等生・・・なんだ。ランク3の魔法も扱えるし、実戦でもなかなかだと思うよ」

 ダグザにとっては見たまんまだったのだが、自分で優等生と言ってしまうあたりが逆にエイバのユーモアを感じさせてくれた。


「四年目ってことは……合格できてないの?」


 言葉が口から出た瞬間にまずいことを聞いたかとダグザは思ったが別段エイバは気にしていない様子で答える。


「合格者が毎年一人だからね……。厳しいよ。大体普通の生徒は二十歳を超えた頃に正式な魔法遣いになると聞くよ。俺は二回の試験どちらとも、二次試験まで残ったんだけど…」


「二次?」


 ダグザが素っ頓狂な声を上げた。

 予想外の質問にエイバは面食らった。

「ああ、『一等級』昇格試験は二回あってね。一次は魔法の到達度。二次は実戦なんだけど…知らないの?」

「全く」


 エイバはあからさまに溜息をついた。

「呆れたな。話は少し聞いているけど本当に何も知らずに上がってきたらしいね。せっかくだから……教えようか?」

 少し口が悪いが良い人なのかなとダグザは思った。

「ぜひ頼むよ」

「わかった。まず一次。一次で見られることは今の段階で魔法がどれほど扱えるのかという点かな。最後に必ずランク3の魔法を一つやらされるのが特徴だ」


「ランク3? それ『二等級』でも必修なの?」

 ダグザは心底驚いたという顔をした。

「当たり前だろ。ランク3ごときできなきゃ昇格は無理な話さ」


「それは困る」


「……はぁ……じゃあ、これを貸しとくよ」

 エイバが自身のかばんから一冊の本を取り出してダグザに手渡した。

 本の表紙には題名が書かれておらず著者もわからない。

「これ『上級者向け 魔法指南書 第一巻』っていうんだけど……かなり役立つと思う。著者は未だ不明だし、第一巻とか言う割に続きは十年以上出てないけどね。でもランク3の魔法は載ってるからさ。俺もこれに世話になったよ」


「ありがとう」

 ダグザは素直にお礼を言って受け取った。

 エイバは頷いて話を続ける。


「それで……問題の二次試験ね。実戦試験、通称『迷宮試験』と呼ばれている。一次合格者達は、教師が数人がかりで準備した迷宮の中に、隠された宝物を探すんだ。宝物は一つ。それを持って外に出た者が見事、昇格ってわけだ」


 何だ大して難しくないなとダグザは思いながら頷いた。

「それで、幾つか難所というかポイントがあるんだけど……まず一つが生徒間の戦闘が認められているところだ。たとえ最初に宝物を見つけたとしても奪いに来る奴らがたくさんいる。

二つ目が迷宮内には教師もいるってこと。遭遇したら教師も襲ってくるし、もし負けたら失格になって迷宮外に叩き出されるらしい。これは生徒に負けた場合も適用だ。教師からは逃げるのが得策だが、あいつらは迷宮の構造を把握しているから逃げるのは困難だし…出会ったら終わりだと思った方が良い」


「そんな……」

 ダグザの先程までの自信はどこか遠いところに行ってしまったようだ。

 エイバは気にせず話を続ける。


「そして最後、宝物を獲得した者の居場所が他の生徒達に知れ渡る仕組みになってるってことだ。頭の中に直接どこにいるか送られてくる」


「何だよそれ、それじゃあ袋叩きになるよ」

 ダグザは呆れながら言った。

「ああ。全員敵だからな。宝物から信号魔法とやらが働いてるらしいがよく知らない。以上だ」

 エイバが溜息をつきながら話を終えた。

「本当の話だったの? その信号魔法とやら」


「当たり前だ。まあまだ二次の事は考えなくていいと思う。ランク3の習得、頑張れ」

 そう言ってエイバは机へと向き直る。


「わかった……ありがとう」

 顔合わせ初日にしては、良い出だしなのではないかとダグザは一人思っていた。








 翌日の早朝、ダグザはクロエに『生成』を習得したことを報告した。

 クロエは「ありえないですわ!」とか言って少し怒ってきたが、ダグザが一度見せてやると彼女はいつもより小さな声で称賛の声を漏らした。

「やはり本物、ということかしらね」

 などと呟いてもいた。

 そのまま、ダグザは普段の時間割をこなした後ランク3の魔法の習得に取り掛かった。

 場所はいつも自習に多用している図書室だ。今日は都合良く人が少ない。

 彼はお気に入りの席でエイバから借りた魔法指南書を開いた。

 目次はなかった。中にはびっしりと魔法の解説や発動方法が書かれていた。とりあえず最初から試してみることにした。

 一つ目は『治癒』。

 外傷だけでなく病気や精神的な障害もある程度までなら治療できるらしい。ただしマスターすれば。

 解説では、魔力を撫でるように流し込むと書かれていた。

 何事も実戦だと彼は思い、最近できた横腹の擦り傷ー体術の授業で少し無茶をしたせいでできたーに向かって『治癒』を行う。

 彼が手をかざすとみるみるうちに傷口がふさがり、そこに傷があったのかさえ分からないほどになるわけもなく当然失敗していた。

 魔力を撫でるようにという解釈が難しく、加減を間違えて「いっっってぇぇ!」と大声を上げてしまったので断念した。

 次に挑戦した魔法は『魔纏まてん』。

 魔力を一部分ではなく全身にまとうことで高い身体能力を得たり、攻撃を防ぐ鎧ともなる非常に強力な魔法と書かれていた。

 近接戦闘を得意とするダグザにとって相性の良い魔法だと思い、意気込んで彼は取り組んだのだがこれはまるで駄目だった。

 魔力を均一に全身を覆うことさえできず、またもや断念。

 彼は不安になった。もしかしたら自分にはできないのではないかという思いが失敗の度に募る。

 もうこれを失敗したら今日の挑戦はやめよう。そう思い選んだ三つ目。『伝導』。

 武器等に魔力を流し、その内部で『生成』と似たようなことを行い、特殊効果を付与したり武器の性能を高めたりするらしい。

 ダグザは剣を『生成』し、深呼吸した。ゆっくりと刀身に魔力を流していく。

 魔力が充填されていくにつれて剣が重くなってきた。その上、魔力を制御するのがかなり難しい。今にも漏れ出してしまいそうだ。

 何とか剣に魔力を込めることには成功した。

 一歩前進した気がしてダグザはとても嬉しかった。

「次……は……」

 そして『伝導』の肝へと移る。

 解説では気を抜かないことしか書かれていなかった。

 彼は燃え盛る炎を想像イメージした。

 刀身を這う何層もの炎。

 彼のグリップを握る手に力が入る。震える右手に喝を入れ、魔力に命令した。瞬間、激しい炎が上がったと思うと剣が弾け、ダグザは後方の本棚に背中を強く打ち付ける羽目になった。

 その場にへたっと座り込んでしまうダグザの顔は失敗とは裏腹に綻んでいた。


 この時、彼の試験に使うランク3の魔法は『伝導』に決まった。













 そして、鍛練を積むこと二ヶ月。試験当日が刻一刻と迫る中、ダグザは上達こそしていたがまだ完成とまではいかなかった。

 ある日の放課後、またいつものように自室で練習を始めようと彼が自身で『生成』した剣に魔力を込める。

 鍛練の成果もあり、もう刀身がブレることはなくなった。

 キーンという高い音が部屋に響く、刀身の色が所々青紫色になっている。これは魔力が隙間なく充填され安定している証拠だ。


「おい」


 準備万端だったダグザは突然の声に手を止めた。部屋にいるのは二人だから声の主はエイバしかいない。


「何だよ……今良いとこなんだけど」


 不機嫌そうにダグザが言った。


「そんなんじゃずっとできないよ」

 エイバが教材から目を離さずに言った。

 ダグザは自分のやり方を全面否定され言葉に詰まる。


「俺の予想だけど、お前は天才肌だから一からやるより人のを見て感覚的にやった方が効率良いと思う。魔法の才能あるのは見てりゃわかるし。今までもそのやり方だったのならその才能で何とかなってたんだな」

 エイバが教材を鞄にしまいながら言った。


「じゃ、じゃあ……どうしたらいいの?」

 ダグザが聞く。

「手合わせ、してやるよ」


「へ?」





 彼はエイバに連れられるまま中庭へと出て行った。

 外はまだ明るく、気持ちのいい風が頬を撫でた。芝生の感触も何だか懐かしく彼は心地よかった。


「それで……手合わせって普通にやるの?」

 中庭に出てから一言も発していていないエイバに向かってダグザが言った。

「ああ。俺は『伝導』をお前に見せて戦うから。それで何か掴めるかもしれないし」

 エイバがダグザの方へ振り返り、二人は向かい合った。


「ありがとう。エイバだって……自分のことあるのに……」

「いや、俺が手合わせしたいってのが一番の理由だから」

 そう言うとエイバが細い刀身が目立つレイピアを『生成』した。

 ダグザもそれに続き長剣ロングソードを作り出す。

 しばらくの沈黙。



「はじめっ!」

 エイバが叫んだ。

 それと同時に駆け出すダグザ。蹴られた地面がえぐられていた。

 鋭い金属音。重い長剣ロングソードの一撃を往なしきれずエイバの顔が歪む。ダグザの斬撃の速さはぐんぐんと高まっていった。

 ダグザの顔面に凄まじい速さの突き。レイピアの切っ先をギリギリでかわし、エイバの腹部へと手の平で魔力を打ち込む。寸前彼の体は見えない力によって吹き飛ばされた。


「んっ?」


 ダグザが顔を上げた。レイピアの刀身が青く光っている。恐らくあれがエイバの『伝導』なのだろう。

 しかし、気にしている暇など今のダグザにはなかった。

 彼はただただ全力でエイバを感じた。

 振り上げられた長剣ロングソードがレイピアに届こうとした瞬間、またもや見えない力。まるで重い殴打を食らったような痛みが彼の腹にのしかかる。


「んぐっっ!」


 痛みにうずくまりそうになりながらもダグザは剣を構えた腕を下ろそうとはしなかった。


「ぅうらぁぁぁぁぁあぁぁ!」


 ダグザの咆哮。

 気持ちが高まっていた。恐怖とは違う。この手合わせに勝ちたいという想いが彼の足を突き動かしていた。

 エイバに近づけば近づくほど、見えない力が強くなってくる。しかし、ダグザの足を止めるには取るに足らなかった。

 エイバは余裕の表情で彼の斬撃をその細い刀身で受け止める姿勢をとった。


 一際大きな金属音。


 そして、宙を舞うダグザの体。


 今までとは段違いの力が彼を襲ったのだった。

 まるで空砲のような大きな音が辺りに響き渡る。

 エイバがレイピアを魔力に分解し、仰向けに倒れたまま動かないダグザに近づいた。


「すまん。やり過ぎた……大丈夫……だよな?」


 エイバが彼の顔を覗き込みながら言った。と同時に彼は勢いよく起き上がり、高らかに叫ぶ。


「もう一回っ!」


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