異端児の武勇伝記

於保多ひろ

序章

第1話 目覚めし魔力

 ここは賢人けんじんアズマが治める東の国。連合の領土内の東に位置する国だ。

 その城下町の住宅街の一角に、大きな産声が響き渡った。


「あ、元気な男の子ですよぉー!」


 城下町の助産師が言った。

 赤ん坊は大きな声で泣きながら自分の誕生を知らせていた。

 その子の母親、サラ=ヴェルターはたった今外の世界へと飛び出した愛しい命を見て、満面の笑みを浮かべる。


「ヘリオス……私、今人生で一番、幸せだわ」

「ああ、俺もだよ」


 ヘリオスと呼ばれた赤ん坊の父親は、自身の息子を抱き抱えた。


「強く、育ってくれよ」

「優しくもね」


 無事出産できた事を聞き付け、町の人々が赤ん坊を一目見ようと集まって来る。


「まさか、あの戦士長に息子ができるとはね…、大物になるよ……」

「あら可愛い! おめでとうサラ!」


 次々と投げかけられる祝福の言葉に、ヘリオスの瞳が薄っすらと潤った。


「おいおいヘリオス、泣いてるのか?」


 どっと笑いが起こり、その場を和やかな空気が包んだ。


「そういや、名前はどうするんだい?」


 町人の一人が尋ねた。


「もう決めてあるんだ。女の子だったらアメリアにしようと妻と話していたのだが、男の子だったからな。ダグザ、にしようと思うんだ」


 そうだったよな、とヘリオスがサラに耳打ちしながら言った。


「そうかダグザか……良い名をもらえたな」


 町人達が赤ん坊に笑いかけた。

 サラは、赤ん坊の小さくも力強い手を、自身の手でしっかり包み込んだ。そして耳元でそっと囁く。


「愛してるわ、ダグザ……産まれてきてくれてありがとう……」





 そして惜しむ間もなく十二年もの年月が過ぎた。

 東の国の文明にはこれといった変化もなく、変わったことと言ったら戦士長ヘリオスの引退ほどしかなかった。

 東の国の風習では、魔法を使用できぬ一般国民の男児は十二歳から、城下町の兵士養成学校への入学が義務付けられていた。

 そこでは十七歳となり卒業し国を守る兵士となるため、また学者となり国の為に役立てられるよう、訓練を受けていた。

 もちろんダグザも兵士養成学校に通う身である。

 彼はまだ、入学して二ヶ月だというのにすっかり有名人だった。

 元戦士長の息子だから、という事だけではなく皆の期待を大きく上回る成績を叩き出したのが最も大きな要因だった。


「すごいなダグザ、先日の剣術の試合で、四つも年上の子を負かしたそうじゃないか」


 ヘリオスは家に帰ってきた息子を褒めそやした。


「たまたまだよ……」


 ダグザは肩をすくめながら答えた。


「先生から聞いたが、弓術や体術でもトップの成績だそうじゃないか。とんでもない才能を秘めていると言われて、父さん鼻が高いぞ」


 しつこく聞いてくる父に、ダグザは少したじろいだ。


「ヘリオス、それくらいにしなさいな。ダグザ困ってるわよ」


 サラがダグザの頭を撫でながら言った。


「おお、すまんすまん」


 サラが、気晴らしにとダグザを買い物に連れて行ったのは、町の商店街には彼の大好物の飴が売っているからだった。

 町は普段と変わらない風景で、商店街は賑わっていた。

 ダグザは様々な店が建ち並ぶ商店街をぶらぶらと歩くことも好きだった。

 夕飯の食材を買い、飴屋に向かう途中、ダグザは突然声を上げた。


「母さんあれ、何だろう?」


 彼の指差した先には、何かの行列が商店街の奥から歩いて来ていた。

 サラはそれを見た途端、慌ててダグザを連れて道沿いへ避けた。

 行列の正体は、城下町の税金を徴収する魔法遣いの役人達だ。

 高級そうな赤いローブに身を包んでいる。


「どきたまえ、誰のおかげで安心して飯が食えると思ってる?」


 役人の一人が叫んだ。

 町の人々はおし黙る事しか出来なかった。

 やがて行列が過ぎるとダグザは口を開いた。


「何で誰も文句を言わないの? 道の真ん中を歩いたら迷惑だよ」


 それは純粋な問いだった。

 彼には教えたくない、一国の身分制度など知らない方が良いとサラは思ったが、彼女の口はそうは思っていないようだ。


「……私達は、アズマ様をはじめとする魔法遣い様方に守られて生きているの……だから」


「やめなさい」


 サラは突然自分の声が遮られ、驚いて声のした方を見ると、いつの間にか飴屋の前に来ていたことに気づく。


「子供にそんなこと話すもんじゃないよ、ほら」


 飴屋の主人は花の飴細工を手渡しながら言った。

 ホヤの花をかたどった飴細工は、とても綺麗な出来栄えだった。

 帰り道、サラは魔法区域ー魔法遣い達の住居などが一ー箇所に集められた場所ーーの方を見やった。

 高く、厚い城壁から、立派な城が覗いている。

 あの中はどんな景色なのか、城下町の人間は自分の目で見ることは絶対にない。

 それはまるで、目の前で大きな嘘をつかれているようで、サラはとても嫌な気分になった。



 翌日、ダグザはいつものように、兵士養成学校で剣術の稽古を受けていた。

 カコッカコッという、訓練用の剣の木製の刀身がぶつかり合う音が運動場に響いている。どうやら実戦形式の授業が行われているようだ。

 試合中の生徒を応援する声が聞こえてくる。


「行っけぇ! ルマン!」


 ルマンと呼ばれた少年は、雄叫びを上げながら試合の相手へと剣を振り上げた。

 しかし、その剣が目標に届くことはなく、稽古台けいこだいの素早い一撃によって、ルマンは尻もちをついた。


「やっぱりダグザには敵わないかぁ」


 周りの生徒達が残念そうに言った。

 ダグザは試合後とは思えない程軽やかな足取りでルマンへと手を差し伸べた。


「大丈夫?」


「ありがとう、ダグザ。毎度の事だけど、君は強いね」


「ルマンだって、どんどん強くなってるさ」


 ルマンはダグザより二つ年上で、最年少にも関わらず実力一位のダグザに比べれば、あまり良い成績ではなかった。

 だが、ダグザにとっては兵士養成学校で最初にできた大切な友人だった。


「お前ら、しっかりしてくれよ……」


 突然、師範の声が聞こえた。

 何事かと生徒達が見に行くと、最上級生の少年達が叱られていた。


「今年で卒業終わりだってのに……下級生に負けたら示しがつかないだろ? まあ、それは仕方ないとしても、学業の方もサボってるらしいじゃないか? こんなんじゃ兵士になれんぞ」


 師範はかなり呆れた口調で言った。


「いいですよ、別に」


 少年の一人がぼそぼそと呟く。


「は?」

「国のため国のためって、魔法遣い達だけのためだろ? いざとなったら、町の人達を見捨てるような奴らの為に兵士になるんなら、俺は死んでもごめんだよ!」


 興奮して怒鳴り散らす少年に対し、師範は眉一つ動かさず答える。


「言葉を慎め。私達の生活は、賢人様方のおかげで成り立っているのは、お前ならわかるだろう? デューク?」


 少年の肩に手が置かれる。

 最上級生のなかで中心的存在のデュークは、手を振り払い、取り巻きを連れてその場を立ち去った。

 師範は引き止めようとはせず、すぐに他の生徒達の方へ振り返る。


「待たせてすまない。これで今日の授業は終わりだが……気をつけて帰るように。あぁ、それと、歴史の宿題は明日提出日だ、忘れるな」


 皆が運動場から出て行くなか、ダグザは一人、歩き出そうとはしなかった。


「どうしたの?」


 ルマンがそれに気づき、尋ねる。


「今日、弓術の演習授業で何発か|的(まと)の中心からずれちゃって……。だから少し練習したいんだ」


 ダグザははにかみながら恥ずかしそうに答えた。


「やっぱり君には、一生追付ける気がしないよ」


 ルマンは、今日の演習で最高評価をもらっていたダグザの姿を、思い出しながら言った。

 二人が軽い別れの挨拶を交わし、ダグザがちょうどルマンに背を向けた瞬間、突如運動場に響き渡る叫び声。

 急いで振り向くと、目前には地面にへたっと座り込むルマンに、六人の少年達。

 先程、師範に叱られていた連中だと、ダグザは思った。

 彼らの手には、どこから持ち出したのか儀礼用の真剣が握られていて、うち一人の剣の切っ先はルマンの喉元に据えられていた。

 ダグザは怯えているルマンの姿を見て、己の中で何かがふつふつと湧き上がってくるのを感じた。


「何の用だい?」


 ダグザは、じっとこちらを見据えてくる無礼者達に言った。


「随分とえらいご身分になったなぁ! ダグザぁ! こっちはお前のせいとんだ災難だったってのによぉ!」


 デュークの悪態を無視し、ダグザはルマンに笑いかけた。


「心配しないでね」


 それがデュークのかんに障ったようだ。

 デュークを含む少年達は一斉にダグザに襲いかかる。

 六対一、その上丸腰の相手。

 端から見れば勝敗は一目瞭然、少年達彼らも当然、一方的な戦いになるだろうと確信していた。

 しかし、対するダグザは物怖じせず、冷静かつ正確な判断をこなしていく。

 六人と自分の距離を確認。最も近い相手を把握。

 乱雑に振られた剣をかわし、そいつの腕へと回し蹴りを繰り出す。

 小さな悲鳴とともに手からこぼれ落ちる剣を、すかさずダグザは奪う。


「一人目」


 ダグザは奪った剣のグリップを握り直し構えた。


「うわぁぁぁぁぁぁ!」


 反撃に来たダグザに戸惑い、やけくそになって振り下ろされる刃。

 彼はそれをあえて自らの剣で受け、弾き飛ばす。鋭い金属音が響き、少年の剣が遠くに飛んでいった。


「くそったれ! 何やってんだよ!」


 デュークが叫んだ。このままでは返り討ちにされる、どうすれば、と辺りを見渡すと目に留まったのがルマンだった。


「お……おい! 止まれ! こいつを殺すぞ!」


 デュークは、ルマンを取り押さえている仲間に合図を出し、ダグザに命令した。

 ダグザは構えていた腕を下ろし、動きを止めた。その眼は依然としてデュークを捉えていた。


「よし! ……武器を置け……よ……」


 言葉通り、彼は剣を置く。

 デュークはゆっくりと彼の背後に回り、その背中を蹴り飛ばした。

 地面へと倒れこむダグザ。

 それを合図としたように、ダグザの身体中に浴びせられる暴力の嵐。

 耐え難い痛みにダグザは、歯を食いしばった。

 そんな姿を見て、ルマンは涙を流すことしかできなかった。

 こんなことをする少年達に、そして何より助けることのできない自分の弱さに、ルマンは腹が立って仕方がなかった。


「ごめん……! ごめん……!」


 ルマンは、鼻声で叫んだ。その横っ面に衝撃が走る。


「うるせぇよ」


 デュークは振り切った足を下ろしながら言った。


「ルマン!」


 ダグザが声を上げる。少年の一人が地面に落ちた剣を拾い、ルマンへと向けた。


「どうせこんなことしてる時点で、俺らはもう立派な犯罪者だ。ははっ……せっかくだから……お前ら殺すか……」


 そう言ったデュークの目も、他の者達の目も、すでに正気ではなかった。ルマンは目をつぶった。強く強く、夢なら覚めてくれと言わんばかりに。








 ひとしきり書類の整理を終えた頃だった。運動場の方角から、金属音が鳴り響いたのは。


「何事だ?」


 東の国で兵士養成学校の師範を務める彼は、外の様子を見に行った。

 先程、最上級生を叱りつけたこともあり、少し気分が優れなかったため、面倒ごとはごめんだと彼は思っていた。


「ここか」


 彼は、運動場前で足を止めた。

 音はこの中からしていた。喧嘩だな、と彼は思った。

 また叱らないといけないのかなんて考えながら、運動場へ入ると、その光景に彼は戦慄した。

 運動場に溢れるまばゆい光、それはまるで天使が降誕したかのような神々しさだった。

 その周りには、大きく口を開け固まっている少年達。

 そして光の中心にいたのは、ダグザだった。


「何で……」


 かすれるような声で、ルマンは最大の疑問を口にした。


「何で君が……魔法を使える?」

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