第一章 魔法学校編
第2話 栄達という名の強制送還
運動場での騒動の後、ダグザは逃げるように家へ帰った。
まるで何事もなかったかのように次の日の朝はやって来る。
明るい朝日を見て、もしかしたら本当に夢だったのではないかとダグザが思い始めた時、大きな物音ともに、一声。
「我々は魔法区域からの使者だ。魔法行使の報告があったため、ダグザ=ヴェルターを連行する」
乱雑に開け放たれた戸から使者と名乗る男達は言った。
ダグザが急いで様子を見に行くと、玄関には倒れている父と母。昨日の出来事を伝えなかった所為だとダグザは思った。
恐らく、突然家に入ってきた男達に立ち向かおうとして、父と母はこんな目にあったのだから。
ダグザは男達を睨んだ。
「もう一度言うぞ。お前を、連行する」
「うるさい!」
ダグザは雄叫びを上げた。
壁に掛かっていた護身用の剣を取り、男達に襲いかかる。
瞬間、彼の
廊下の一番奥まで飛ばされ壁に打ち付けられる。
「ぐっ!」
彼は咳き込みながら、恨めしそうに顔を上げた。
「だからガキは嫌いなんだよ。頼むからおとなしくしてくれ」
使者の一人がダグザに手をかざした。
再び身体を襲う衝撃。
彼の意識は闇に飲み込まれていった。
「本物じゃな。『
「でしたら本当に……」
「ああ……」
何やら話し声が聞こえ、ダグザは目を覚ました。
仰向けに寝転がっているようだ。高い天井が視界に広がっていた。
周りを見ると、たくさんの赤いローブに身を包む人々、その中で最も年配の者が彼の腹部に手をかざしている。
「お、目を覚ましたようじゃな」
そいつは言った。
ダグザはしばらくフリーズしていたが、やがて何か思い出したように飛び起きた。
「父さん……母さんは……?」
「大丈夫、危害は加えてないと聞いている。真相を知りたくば、私についてこい」
ダグザのいた部屋に誰かが入ってきた。
全身黒で統一した服装の、髪が長い男だった。
彼は言われるがまま、男へついて行き、部屋を出て長い廊下を歩いた。
床は透き通るようなガラスで出来ていた。
他にも周りの装飾がとても豪華なので、いったいどこなんだろうと彼が思っていた矢先、唐突に男が口を開いた。
「ここはアズマ様がお住みになっている、邸宅だ。先程の奴らには君のことを調べてもらっていた」
「僕のことを?」
男は頷いた。前方が突然眩しくなる。
どうやら長い廊下も終わりのようだ。
「ようこそ」
広間へ出ると、妙に引っかかりのある声が聞こえた。
声の主は広間の奥、玉座でダグザを眺めていた。
その周りには臣下のような人達と、召使い達が跪いていた。もちろん彼をここまで案内した男もだ。
「あなたが……賢人……様」
ダグザはアズマの放つ異様なオーラに気圧され、立ち尽くすことしかできなかった。
「無礼だぞ!」
固まっていたダグザに臣下の一人が叫ぶ。
「よいよい、ところでヴェルター君。何故ここへ来させられたのか……わかっているかね?」
玉座に座っていたやけに貫禄のある老爺は、ゆっくりと立ち上がったと思うと、ダグザの背後から現れて言った。
彼は驚きの余り声を失っていたが、やがて乾いた唇を動かした。
「魔法……ですか……?」
「そうだ。先程、君のからだを調べたところ君の中に魔力が存在していることがわかった。それはつまり、君が正真正銘魔法遣いだということだ」
ダグザは大きく目を見開いた。
薄々感づいてはいたものの、いざ事実を前にすると辛いものだった。
彼は自分は普通だ、潔白だと大声で叫びたい気持ちに苛まれた。
「そ……そんな……」
「これは異例の事態なんだ。恐らく、歴史上初のことだと思われる。こちらとしては、君のことをもっと見ていたい。つまりだ。君を魔法遣いの管理下とし、魔法区域への移住を許可すると言うのが、用件だ」
臣下の一人がダグザに述べた。
「それは……どういうことですか?」
ダグザはいまいち理解できず、聞き返した。
「これからは|魔法区域(ここ)が、君の家ということだ」
「なっ!」
それじゃあ今の生活はどうなるんだと、ダグザが言い返そうとすると、賢人アズマが制した。
「ヴェルター君。君に拒否権はない、などとはわしは言いとうない。すまんが、わかってくれ」
その言葉と、
「まずは魔法区域の案内をさせていただきます」
ダグザは召使いに連れられて、宮殿を出た。連れてこられたとき、彼は気絶していたため、魔法区域内の景色を見るのは初めてだった。
魔法区域は城下町とほぼ変わらない広さで、まるで別の世界に来ているようだった。
周りにはたくさんの建物が連なっている、かと思えば散在もしていた。
それらの建物の中でも群を抜いて大きなものを指差し、召使いが言う。
「あれは、魔法の使用になれていない者達を育成する施設、いわゆる学校です。正式名称は東魔術指南学校と言います」
ダグザはまだ先程の事に納得しておらず、終始俯いていたが、一度学校を目にすると、その大きさに思わず声を漏らし、見入ってしまっていた。
「ヴェルター氏は明日から、学校へ通うようにとアズマ様が申しておりました」
「聞いてないよ? そんなこと」
「詳細は、別の担当の者がおりますので。ではお部屋まで案内いたします」
ダグザは困惑した表情のまま、召使いについて行った。
その時彼は、自身に多数の好奇の目が向けられていることに気づく。
服装から彼が
彼らは、魔法学校に隣接しているこれまた巨大な建物に入った。
どうやら学校とは渡り廊下でつながっているようだった。
「ここは学校の生徒達が生活している寄宿舎です。生徒は原則、入寮のようですね。ですが魔法区域内に御家族がいらっしゃる場合がほとんどですので、寂しくはないと思います」
召使いが、寄宿舎に入ってすぐの階段を階段を上りながら言った。
口調から自分が好かれていないことをダグザは悟った。
寄宿舎は四階建てで、彼の部屋は二階の端に位置していた。
部屋の前まで着くと召使いは軽く会釈をして去って行った。
彼は大きなため息をついて、部屋の戸を開けた。
ベッドと机の椅子しか家具がなく、かなり殺風景だった。
ベッドは二段になっているが、この部屋に住むのはダグザだけのようだった。
彼は部屋の隅にある何やら見覚えのある品に目が止まり、近づいた。
「僕……の?」
ダグザがよく使っていた訓練用の木剣だった。彼はすぐに両親が送ってくれたのだとわかり、木剣の柄を握りしめる。
しばらく黙っていたがやがて肩を震わせ、
「なんで……僕なんだよ……!」
彼の視界が歪んでいく。
一度溢れ出した涙はとどまるところを知らずに、彼の頬を伝っていく。
もう事情は両親に伝わっている。木剣はそう示していた。
それはもう、この運命からは逃れることができないのだと、示しているかの様だった。
翌朝、ダグザは戸が叩かれる音で目覚めた。いつ眠りに就いたか覚えていない。
窓からは気持ちの良い光が覗いていた。
家のベッドだったら、もっと目覚めが良かったのかなと思いながら、戸を開けると、見知らぬ男が立っていた。
端正な顔立ちには、似合わない恰幅の良い男だった。
「遅いな。早くこれに着替えろ」
そう言って男はダグザにローブなどの衣類を押し付けた。
それらはすべて藍色で、ローブの胸元には、太陽の中に風見鶏が描かれた
「これ何ですか?」
ダグザは状況を把握できずに言った。
「ここの制服だ。ったく、今日入学するって昨日伝えられてなかったか?」
「あ! すいません……ところで、あなたは?」
「俺はガウルテリオ。お前の監視役を任された…ここの教師だ。はぁ……まあ慣れてないだろうから、普通に教育係とでも思っといてくれ。担当科目は……っと! そんなことより!」
ガウルテリオはまだ着替え途中だったダグザを担ぐと、全速力で駆け出した。
いきなりの出来事にダグザはおとなしく担がれていた。
ガウルテリオはしばらく校舎内を走り回り、一つの教室の前で立ち止まった。
「ここだ。ここが、お前の
「……え」
ダグザはかなり驚いていた。
それは、教室と呼ぶには広すぎた。自身の身長の三倍はあるかという引き戸を前に彼は、いったい何人の生徒がいるんだと身震いした。
「お前の事情は何となく聞いてる。色々と辛いことも出てくるし、現に今もあると思う。でもな、もう後戻りはないんだ。だったら進むしかないだろ?」
ガウルテリオがダグザの肩に手を回す。
「まずは、二百四十人と仲良くやってこいよ」
ここは物語の入り口。すべてはまだこれからなのだ。
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