第17話 自己嫌悪
「嘘だろ……」
ダグザは砂煙の中から現れた絶望に肩を落とした。
場外ギリギリに立つマーベルの
「どうやって防いだんだ? マーベルの奴」
「よく見てみろ。マーベルの周りに透明な薄い魔力の膜があるだろ? 咄嗟に防壁を作るために魔力を薄く引き延ばしたんだろ」
「こりゃ終わったか」
ダグザの渾身の一撃が決まらず、生徒達は残念そうにざわめいた。
もっとも、この光景に一番驚いていたのはダグザ自身だったが。
足が竦む。
無意識のうちに後ずさっていたことに彼はたった今気づいた。
マーベルは自身を包んでいた防壁を消し、ゆっくりとした足取りで進んでいく。
彼女は強い。恐ろしく強い。彼は自分が強者であるからこそわかるマーベルの真の強さを目の当たりにし、その心を恐怖に支配された。
マーベルの両手がダグザへと向かう。その瞬間ーー。
「やばいっ! 溺れる!」
ダグザは大声を上げて飛び起きた。その顔には大きな水滴が点々と見て取れた。
「バケツの水なんかじゃ溺れんでしょ」
ミランダが空のバケツを見せながら言った。
どうやら気絶していたらしい。ダグザは自分の情けなさに思わず顔を手で覆った。
直ぐ近くで生徒達の野次と爆発音が響いた。
ちょうどエイバの試合の途中のようだった。
「あなたはよくやったと思うわよ。正直マーベルとあそこまで渡り合うと思ってなかったし」
ミランダが試合の行方をしっかりと目で追いながら言った。
「気は使わなくていいよ。僕、無様だったろ? あんな恐がっちゃってさ。結局、負けた瞬間のこと覚えてないんだ」
ダグザがため息混じりに言う。
ミランダはそれに驚いた顔で答えた。
「マーベル相手に恐いと思わない人はいないわ。十分すぎるほどにあなたはよく戦ってた、と思うけど」
その時競技場内を大きな歓声が包み、試合が終了した。
「エイバも……負けたのか」
その後、試合は順当に進行し当然の如くマーベルが優勝した。
『一等級』の生徒達も、彼女自身も大して勝ち負けを気にしている様子でもなく歓迎試合は終了を迎えた。
グランノーデルが挨拶を終えると皆別々に解散していく。
「マーベル!」
ダグザがそそくさと競技場を去っていこうとしていた底なしの魔女を引き止めた。
彼女は何やら思いつめたような顔つきをしていた。
「何かしら」
相変わらずの平坦な声で答えるマーベル。
そんな彼女にボロカスに打ち負かされた彼は今更ながら自分が情けなくなり、次の言葉が続かない。
「用がないなら行くわ」
「あっ! 待っ……て……」
と叫んだ時にはもう既にマーベルの姿はなく彼は自分の不甲斐なさにため息をつく他なかった。
「ダグザ=ヴェルター君でよろしいネ?」
仕方なく自室へと足を向けようとしていた時突然ダグザは肩を叩かれた。
振り向くと、目を線にして笑っている青年。肩あたりまである黒い髪は一
「君は?」
ダグザは短く聞き返した。すると青年は右手を差し出してきて言う。
「僕はヨン。よろしく頼むヨ」
彼は慌ててヨンの手を握り返す。
「よろしく……えっと、何か用?」
「ちょっとついてきて欲しいヨ」
そう言うとヨンはダグザの手を引いて歩き出した。
入り組んだ学校内を彼らは少しの間、登ったり降りたり曲がったりしながら進み、古そうな扉の部屋に入った。
部屋の中は薄暗く、木の床の冷たい感触がダグザの足の裏を刺激していた。競技場より少し狭いがなかなかの広さだった。
「ここは?」
ダグザがヨンの手を離し、口を開いた。
「僕の部屋ネ。正確には、僕のための部屋」
「君の?」
彼は心底信じられないという顔をする。
「そう。改めて自己紹介するヨ。僕は東魔術指南学校の特待生のヨン=ロイ。得意分野は魔術ネ」
ヨンは相変わらずの細い目で言った。
「トクタイ……?」
聞き慣れない単語にダグザが反応するとヨンは嬉しそうに答え始める。
「特待生っていうのは魔法が使えなくても何か秀でた能力を持っていたり、その人にとんでもない才能があったりしたらアズマ様が飛び入りで入学させてくれる制度ネ。その中の魔術特待生ってのが僕ヨ」
「へぇ……そんな特待生さんが僕に何の用?」
ダグザが不敵な笑みを浮かべて言った。
「まあそう言わないでヨ……今から言うからネ」
ヨンの言葉にダグザは生唾を飲んだ。こんな怪しい部屋に連れてきたのだ。何かあるのだろうと思うのが普通だろう。
しかし、ヨンが口にした言葉は彼の予想だにしないものだった。
「僕と、手合わせして欲しいんだヨ」
「なんで……?」
ダグザは何とかしてヨンの意図を読み取ろうとしていた。
無様に敗れた少年なんぞと、戦いたいと願う理由を探ろうとしていた。
「そんなの決まってるネ。マーベル=ムーンライトをあそこまで追い詰めた少年の力量を測りたいと思うのは、男の性だヨ」
「追い詰めたって……」
そんな事は無いと謙遜ではなく、真面目な顔で否定しようとするがダグザの言葉は遮られる。
「マーベルの十八番の『重力』まで使わせといて追い詰めてないなんて事はありえないネ。御託はいいから、やるネ?」
ヨンが構えを取る。左手の平を下にして前へ突き出している。
ダグザが習っていた体術とはかなり異なる構え方だった。
「それは……
「その通りネ。僕が使うのは『
ヨンは愛想よく破顔したが、依然として構えはしっかりと保たれていた。
ダグザはため息をつき、自身が幼い頃から世話になっている体術の構えを取った。
「やる気になったネ?」
「まあ……お互い疲れてるだろうから短めに頼むよ」
そう言って彼が表情を引き締めた瞬間、ヨンが唐突に口を開く。
「剣、使いなヨ。本気じゃないとコロしちゃうかもヨ」
ヨンの言葉に彼は目を見開いた。そして感情を押し殺して、言葉を紡いでいく。
「僕は……何時だって本気さ。それに素手の相手に武器は使えないよ」
「それもそうだネ」
ヨンは特に悪びれもせずに言い放つと、ゆっくりと自身の右腕を後ろに回した。
そして、小さく一言。
「僕も武器をしまうヨ」
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