第27話
「彼は死人となり、透明人間となり、どこか……この国のどこかに潜んでいる」
生きてるのは知ってる! 生きているから歌うんだ! てのひらに太陽を♪
嘘ぴょん。本当は知らなかった。知らなかったと言うより……
確証がなかった。リーホァと行動を共にするうち、朧気ながらなにかを感じてはいたが……
天動説。古代の天文学者は地球を中心にして太陽が周回していると考えた。
なのに……法則性だけで、未来に起こる日食を完璧に予測したそうである。
途中の計算式はどうでもよい。正解さえ噛み合えば、それが真実。
そとは雨か? 元々、金持ちが一夏のアバンチュールを楽しむために建てられたゲストハウスのウインドーを洋風の戸板が厚く閉ざしている。海が好きでここに居を構えたはずが、その匂いを暫くは嗅げそうにもない。まるで、引き籠もり。
雪掻きが終わり振り返ったら、始める前とまったく同じ光景がデジャブのように広がっていた故郷の日々を思いだす。白き地獄で己の肉体を
恋人のいる二階の窓に小石を放るような平凡な人生は求めていない。
これからもただヒリヒリと、焼け付くように生きたいと願っている。
さて……この物語の最大のミステリーとはなにか?
そう……それは言わずもがな機関銃の惨殺にある。
報道は捻じ曲げられ、でもそこにマスコミ工作や圧力の痕跡はない。
アフロのマッチョマンがロシア軍隊に一人で立ち向かうシーンでしか、お目にかかれない
目的は瞬殺。それが暴力団の縄張り争い?
民衆の心理が操作されている!?
方法が分からない…………だがそこに『不思議な力』は確実に存在している。
「彼の挙動は緩慢に映る。それほど無駄がない。重い荷物も『えいや』のかけ声なくまるで紙の箱を持つようで、ともすれば彼は愚鈍な人間として認知される。他人が抱く印象を自在に操り、その恐ろしさを感じる
まどろっこしいが白川が優秀だったのには違いない。だがまだ半信半疑。画面の男は仮にも企業群数百社の頂点。佐藤に至っては政権の中枢であり国内最強の警察庁警備局を手中にした人物である。それが操り人形?
「佐藤はリーホァを拒絶した。……だからリーホァは私に連絡を寄越し……」
それでも佐藤を敬愛していた。わたしからの監視を背中で感じつつ書かれた、あの脅しのような文面と髪の毛の束。その真意は……DNAの提供にあった。
共闘。リーホァは佐藤に協力し、共に戦おうとしたのだ。
「…………罪もないのに最後は育てた子に殺されるなんて……だからなにも残らないよう、リーホァを粉微塵にしようとした。私を味方だとでも思ったのか? 狂ってる。あの子は狂ってるよ。教えられたGPS携帯をたどらせ私が遣らせた」
話が前後している。なるほど一つ間違えれば、わたしも蜂の巣になっていた。――その点に関してはリーホァを甘く見ていた。山林の懐に入る計画などに彼女の興味はなかった。わたし含め4人の男達を、あの時点で殺すつもりでいた――
だがそんな話は……やはりどうでもいい。誰がやったかは問題ではないのだ。
「……そうそう天使の話だったね。ん? 天使なのか? 悪魔なのか? ……………………だがな、次元の違う存在はどこの世界にも生まれるものだ」
また前後している。うんざりして冷蔵庫になにか残ってないかと立ち上がり、
「Oder versuchen, Pizza bestellen?」
……外に出られるほどの、体力は戻っていない。
桜の国だからこそ生き延びた。無論、日本の警察は優秀で対応は的確だった。精神的にはそれなりに追い詰められ疲弊もした。仲間として、誇らしくも思う。でもそれは海外と比べ砂糖菓子のように甘く、マシュマロのように柔らかで……でなければ、今頃は再起不能………………それが世界標準。
やはりこの国はどこか浮ついている。
霜解けぬ、この屈辱的ダメージは、ヒグラシから与えられた一撃。
当然の報い。なにがわたしを曇らせた? 脇役に過ぎぬ彼に肩入れし過ぎた。
あの刹那コンマ何秒の世界。ある種の逡巡がなければ、引き金は引けたはず。
電圧で弾き飛ばされたコバルトのリングは、彼の動きを完全に止めただろう。
結果的に幼女の目の前でその祖父を殺すことになったとしても任務の重要性を
わたしが強くあらねば、桜はやがて枯れてしまう……
根っからの警察官なのだと自覚する。正義に裏打ちされた捕り物がなによりも好きなひよっこ。刑事ドラマの主役を前にしているような、浮き足立つ気持ちであった。だから……ミスを犯した。 ――彼の最後の事件――
県警ぐるみの冤罪隠蔽。彼はある殺人事件の真相を解き明かすため……過去のそれを掘り返した。同僚の刑事を、上司を、……罠にかけた。
許されることではない。正義の名の
県警全体を巻き込んだ、恐ろしい悪夢。警察官の懲役は地獄。刑務所の中で、元警察官の受刑者になにが起こるか。それを考えると自分でさえ寒気がする。
だが調書には、捜査資料には、なにも書かれてはいない。美しき公式が如く、事件の謎が解き明かされているだけである。……誰かが……事後処理をした?
すべて依願退職として処理された。幾人もの刑事たちがその警察人生の誇りも名誉もプライドも汚物にまみれさせそこを去った。マスコミに漏れてはいない。再就職は当然のこと用意された。が、彼らは断った。自分自身を許せなかった。
人間の内部から、命令で動いた良人たる仲間の魂を、ヒグラシは殺害した。
彼は ”断行” した。正義を貫くために。
似ていると思った。自分と似ていると……
「金にも権力にも白川は関心がない。そりゃぁ金は絶えず要求された。でもすぐにその何倍も波のように返ってきた。佐藤は更なる地位を……(ピンポーン)」
「毎度~竹ちゃん。ずっと注文ないから心配したよ。バイト? 不景気だそりゃ絵も売れないよ。俺? ダメダメ。箱も埋まらなくて、チケット配ってばっか。あっこれサービス。なんかしんないけどコーラの親戚。じゃあ頑張って! 夢はいつか叶う~なんつって。いいバイトあったら俺にも紹介してね(バタンッ)」
……既に注文していた。わたしは映像を止めて、3種のチーズとソーセージ・スペシャルシーフードのハーフ&ハーフの保温式のパッケージを開け(プシュ)
サービスのコーラを味見をした。親戚は親戚でも、遠縁のようだった。
雨は降ってるようです。配達人はカッパ着用。田所祐一28歳、三重県出身。進学で上京後、芝居に熱中。今はアングラ劇団の副団長をしている。妻子あり。収入を補う為ピザ屋でアルバイトしている。わたしのことは売れない画家志望の駄目人間として認識している。――――――――危険性は? ……なしよ♪
「我々は従った。50年、50年そんな生活が続いた。想像できるか? 命令は一方的で、白川が消えてからはこちらからの連絡手段さえなくなった。なぁ、私の資産は全て私のものだ。そうだろ? 何度も殺そうと思ったが殺せなかった。透明人間をどうやって殺す? それが2年前だ……2年前から命令が途絶えた。佐藤はおかしくなった。気持ちはわかる。我々も歳だ。いつ死んでもおかしくはない。だのに呪縛に縛られたままか? 彼が死んでいるならいつまで怯えなきゃならん? でも私は動けなかった。佐藤は動いた。確かめようとした。なのに、後継者と願い育てた人間に、自分の右腕に、いの一番に裏切られるなんて……」
DNAの提供など無意味。御手洗も佐藤も白川の影さえ踏めていない。そして佐藤は病魔になど犯されていなかった。……嘘のリーク。その死を確認する為の……
不可解な謎も時系列を追っていけば、単純なもの。話がここに差し掛かれば、わたしが遭遇した状況にリンクする。確信には至らぬまでも言えるのは機動隊に守られた要塞で佐藤豊は殺害された。それが不思議ちゃんの仕業だろうと不思議ちゃんの仕業でなかろうと暗殺を実行した不思議ちゃんがいることだけは確か。
不思議ちゃん。不思議ちゃん。不思議ちゃん。「ウゲェェェゲロゲロゲロ」
半分も食べないうちに吐き気が襲ってきた。チーズの匂い……
わたしは、しかしその前に、便座に顔を
口にする前から、体調の変化を、予測していた。
わたしの脳は、あくまで鋭敏に、機能している。
…………さて、
ミスさえなければ任務完了! 今頃は南の島でバカンス。海に鼻を突っ込んで、直接その匂いを嗅いでいたやも…………
だが……まだゲームオーバーじゃない。
リーホァは、白川拓馬に辿りつくなんらかの術を持っている。
わたしは職務として恋をした。誰よりも彼女のことをわかっている。
彼女には(それが脆弱であれなんであれ)何らかのとっかかりがある。
…………でなければ絶望し、すでに死を選んでいるはず。
わたしが解放される数日前まで、彼女が連絡をこころみた形跡がある。
それがなによりの証拠。リーホァは白川拓馬に辿りつく絶望を握っている。
(優先順位は明白だったのに)
捉えられ、その
「(パチン)彼は中国共産党の刺客に狙われた。いや、内通者を使って狙わせた。台湾を見限り日本に潜むことを選んだ。いや元々、台湾になんか……(プツン)」
堪らずモニターを消した。話を前後させないくれ。要点だけをレジュメにし、纏めてはくれぬものか。時系列を追っていけば単純な内容も崩れれば複雑難解なパズルとなる。
……そう願う。が、まあ、官僚仕事とはこういった
インタビュー内容を一切の加工なしに順番通りにお届けされた。
この件は平等に三者統治されることとなった。
警察庁管理部門、警視庁公安部、そして……
御手洗は……に囲われている。噂にも聞いたことがないそのような組織が存在するとは日本も存外、奥が深い。加えて血統と呼ばれるものはそれなりの意味を持つものだと感心もする。どうやらそれは、木偶の坊、現警視総監の嫡流。
「(ピンポーン)毎度、砂場で~す。竹さん、おひさ~注文のカモ蕎麦……」
名前は、木村良樹――――――危険性なし。
開けた扉から小学生がチュンチュン鳴く声が聞こえる。雨なのに元気だ。
食えば吐くことは想定済み。次の出前がきた。
無闇に頼んでいるわけではない。食うことは生きること。原始的欲求を満たす行為の反復は徐々に精神を回復させる。アルコールや煙草に頼る人間は愚かだ。
まして薬物など……拷問の道具か、暗殺の手段でしかない。
人間本来の回復力に従わねば、最高のパフォーマンスは得られない。
わたしはわたしの最短距離で戦える状態になる。三者統治されたとてこの問題の最前線は今もってわたしなのだ。……とは言え、
リーホァと連絡がとれない以上、食って吐くしか現時点ではすることがない。
レアに焼かれた鴨肉から血が滲む。
これが最上の火の通し方だと、気づけたのは、いつのことだったか?
夏蕎麦の時期にも早いが、この店のつけ汁は相変わらずの味わいである。
果たして、味覚のない人生とは、どのようなもの?
食うことは生きること。生命の
わたしは職務として恋をした。彼女のことを誰よりも知っている。
彼女は味覚を失った。
母や兄弟を惨殺された。
そこに父親は居なかった。
彼女はなぜ壊れたか? 彼女はいつ壊れたか? 恋心は全てを解き明かす。
『卵を産む部屋』地獄の中にも地獄はある。地獄の連鎖はおそらく続いた。
その出身者に彼女は育てられた。罪悪感もなかった。夫婦は善人であった。
何度だって言う、恋をした…………職務として…………だからこそ、わかる。
旅は楽しかった。猫の目のようにコロクル変わる彼女は、まるで女優だった。それはつまり
彼女もまた、悪魔に支配されたひとり。
…………さて、
白川がこの国のフィクサーとして存在するのなら暗殺することは容易い。
あとさき考えねば殺すだけなら可能。だが、恐らくそうではないだろう?
洒落た映画ならシャンデリアの中にダイヤを隠す。ガラス玉に紛れ込ませる。
丸っきり
さぁリーホァ、連絡をおくれ。一緒に旅を続けよう。御手洗に裏切られた後、功名心に取り付かれたインテリヤクザは極めて有能だっただろ? 利用価値は、まだあるはずだ。気まぐれでいい。わたしを思いだせ。君は何もしなくていい。
聖域に守られたダイヤモンドは、わたしが粉々に砕いてやる。
わたしは職務として恋を知る。赤い糸はほぐれ、やがて直線となる。
この物語の主役と対面し準備万端、整えて置く。わたしは生まれ変わり、
彼女と
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